押し寄せる魔物の喧騒が響く戦場の中央に、一人の少女が立っていた。背丈ほどもある巨大な大槌を片手で担ぎ、朱鷺色の瞳には燃えるような闘志が宿っている。
「……さぁて、どいつからぶっ飛ばしてやろうかなぁ?」
唇に浮かぶのは、戦いを愉しむかのような笑み。迫りくる魔物が距離を詰める。しかし、彼女は臆することなく、一歩前へと踏み込んだ。
「行くよぉっ!」
その声と同時に、大槌が振り下ろされる。空気が引き裂かれ、地面が爆ぜた。衝撃波が奔り、魔物は次々と吹き飛ばされる。土煙が舞い上がり、無数の瓦礫が弾ける中、少女はすでに次の標的へ向かっていた。
重い武器であるはずの大槌を、まるで木の枝のように振り回す。地を抉る一撃、横薙ぎの一振り、そのすべてが圧倒的な破壊をもたらし、魔物の甲殻や鱗を粉々に砕いていく。
「まだまだ足りないよぉ!ばっちこぉ~い!」
戦場に似つかわしくないソプラノの声。花びらのような珊瑚色の髪が風に舞い、戦場の只中で少女は笑う。彼女の大槌が振るわれるたび、大地は鳴動し、魔物の悲鳴を上げる。
「あれが巫女の力……。」
呟いたのは誰だったか。護衛役であったはずの騎士たちははっとして、自分の武器を構え守るべき人のもとへと駆ける。
両手に握られた大斧は、陽光を受けて鈍く光り、椿は大きく振りかぶり空を裂くように振り下ろした。一撃で敵の鱗を粉砕し、その衝撃で足踏みをする魔物たち。だが、椿は動きを止めない。
「はぁっ!」
裂帛の気合とともに、大斧が横薙ぎに振るわれる。空気が唸り、刃が魔物の胴を両断する。赤黒い光の粒が舞い、空気に泡と消えた。さらに、体勢を崩した魔物の頭上に向けて、刃を叩きつける。骨が砕ける音が響き、残る者たちは感情もないはずなのに本能から恐怖に震えた。
しかし、椿は休まない。大斧を回転させながら駆け抜け、鋭い刃が再び振り下ろされるたびに、空気には光が溢れ、戦線を押し上げる。
巨躯の魔物が剛腕を振り下ろす。しかし、少女は風のように身を翻し、大斧の柄を短く持ち直して、魔物の膝を狙って横薙ぎに振るった。ドンッ!骨が砕ける音とともに、魔物は苦悶の声を上げて光と消えた。
「さぁさぁ!まだまだいくよ!」
叫びとともに、大斧は再び振り下ろされる。
「さすが椿ちゃん!力業ぁ!」
「麗がいうな~。同じ脳筋じゃんかっ!」
うかつに近寄れば巻き込まれるか邪魔になってしまうのが目に見えている。そのため護衛であるはずの騎士も一定以上近寄れず撃ち漏らしたものを狩り採ろうとして
「二人とも大振りすぎだよ~。」
緊張感のない声が影とともに躍り出てひと薙ぎでそれらを撃ち払う。
手にするのは長大な蒼鋼(そうこう)の矛と、黒曜の大盾。流れる二つのおさげ髪と、燃えるような蒼き瞳が、まるで戦場の守護者のように輝いている。
「さて、私も口だけじゃなくてしっかり働かなくちゃね。」
鋭い矛が閃いた。突き、薙ぎ、払う。一撃ごとに敵を貫き、赤い光の花を咲かせる。
並みいる魔物に、少女は容赦なく踏み込む。宙に浮いた盾がひとりでに突き出し、ドンッ!と正面の魔物を弾き飛ばす。
だが、次の瞬間、後方の魔物が咆哮とともに矢のような棘を放った。狙いは少女の無防備な背。
「甘いよ。」
棘が届くよりも早く、彼女は足を踏み込み、盾を旋回させる。ガキンッ! 鋼のような音を立てて棘が弾かれ、地に落ちた。
「じゃあ、こっちから行くよ!」
矛が舞う。弧を描く刃が魔物を薙ぎ払い、戦場にさらなる混乱をもたらす。
「まさかの巫女様と引けを取りませんね。」
「犬鳴なくして戦えるのは巫女のみだからな。」
その戦いぶりが、けた外れの力がその存在を証明していた。その働きぶりは一騎当千。
「あれは何者なんだ?」
青白い顔、驚愕を隠せずにいるのは長毛種の日本スピッツ。
「小柴なんて我々は知らない。」
『はぁ!?』
まさかの小犬氏族長の言葉に周囲の視線が集まる。
「だが、彼女は入國の際に小犬氏族長を身元引受人に下と聞いたが?」
「確かに我らの中に豆柴の一族はいる。だが小柴という家名はない。」
「じゃぁ、彼女は一体だれなんだ?なぜ巫女の秘密を知っている?」
困惑を隠せないお偉方の中、一人我関せずで木にもたれかかっていた黒柴が迷うことなく言い切った。
「何者だって関係ねぇ。今わかってるのはアイツが敵じゃねぇってことだ。」
その言葉に何人かがはっとして少女を見た。ここにいる大半の男たちよりも歳は若く、ここにいる大半の男たちより体が小さく、ただ神通力が人より大きい器を持っている。言ってしまえばそれだけのことだ。
それだけのことで魔物討伐の前線で傷つきながら命を懸けて戦っている。
波が落ち着きを見せるどころか、どこからか騎士の上級が出たと声があがる。
「麗まだ大丈夫?」
「へいきぃ~!さっきグラッセ食べたもん!椿ちゃんこそ眠くない?」
「まだ大丈夫~。天結は?」
聞かれて天結は矛を地面に突き刺すと一枚絵を取り出し神通力を込める。もう一枚絵を出すと半透明のその盾はまっすぐにお偉いさん方の前に飛んでいき壁のように広がって地面に突き刺さる。
「余裕。」
「まだ増やす余裕あるんかい。」
「欲しいなら出そうか?」
「いらないもぉん!」
「本番はこれからよ。」
全身を黒い鱗に覆われた異形の巨獣。その尾は鉄のように硬く、四肢には鋭い爪が生えている。目を光らせ、獲物を求めるように唸りを上げる。
しかし、その前に立ちはだかる二つの影が。
「まずは……ぶっ飛べぇっ!!」
椿が戦斧を振り上げ、地面に叩きつける。
ドンッ!!
大地が震え、神通力が解放される。地面が砕け、無数の岩が槍のように突き出し、突進していた魔物の脚を貫いた。
「グガァァァッ!!」
魔物がバランスを崩した瞬間、麗が微笑む。
「つぅかまぁえたぁ~。」
彼女が槌を振ると、大槌から無数のツタが伸び、魔物の四肢を絡め取った。力強く締めつけ、動きを封じる。
「椿ちゃん、いまだよぉ!」
「任せてッ!」
椿が全力で駆ける。跳躍し、斧を高く掲げ……
「大地砕斬(だいちさいざん)!!」
大斧が唸りを上げる。土の力をまとった刃が、魔物の背中を叩き斬る。これが椿の巫女としての力なのだろう。
轟音とともに、大地が震えた。
ズバァァッ!!!
血飛沫が舞い、魔物の叫びが響き渡る。
だが、魔物はまだ息絶えていなかった。最後の力を振り絞り、ツタを引きちぎると、鋭い爪を振りかぶる。
「くっ……!」
椿が身構えたその瞬間。
『させるかぁっ!!』
二つ重なったアルトとソプラノの声が響く。魔物と椿の間に滑り込んだ黒い盾と同時に、麗の槌に、緑の力が宿る。
「樹王の裁き(じゅおうのさばき)!」
振り下ろされた大槌から、巨大な根が地面を突き破って現れた。魔物の体を絡め取り、締めつけ目標は光の粒と消え残されたのは落とし物と呼ばれる戦利品。
「まだまだいくよぉ!」
改めて武器を構えなおす少女たちはケガなんて何のその。元気に戦線を支え続けた。
その波が押し寄せてどれほど経っただろうか。押し寄せる魔物の群れは上級ばかりになりその難易度を上げている。気づけば騎士たちも加勢しているが焼け石に水で上から押し寄せる魔物は減る気配もない。涼しげな表情とは裏腹に衣服はほころび、かすり傷ではあろうが所々負傷も観られる。
あの姿を見て誰が部外者などといえよう。今誰よりも戦っているその少女を。この地に柵も守る物すらないはずの少女が傷つきながらも戦っているのに。
黒柴の男は背負った弓をきりきりと引き絞り唸る犬鳴に乗せて矢を放つ。少女に迫る魔物の額を的確に射貫くと驚きの顔で矢の主を振り返り、一瞬だけふわりと笑った。
強靭な爪が彼女の盾に叩きつけられる。しかし、砦のごとき防御は揺るがない。まるで岩壁のように、すべての攻撃を受け止め、弾き返していく。