ツネヨシの小舟から離れてまた露天を見て回っていると、山の方から喧騒が聞こえてくる。買い物を楽しむものや、露店の店主たちも皆一様に同じ方向を見ていた。
「始まったな。」
そうつぶやいたのは藤右衛門だったか、小犬丸だったか、それとも別のだれかだったのか。
街の喧騒とは違う喧騒が遠くから響いているからか、見て回っている巫女に対して街の人たちの期待感が強いのだろう。
地元の人達からかかる応援の声が一層増えたが二人には慣れたことなのだろう。椿と麗は応援の声をもらってにこやかに笑顔で返すし、知人には少し声をかける余裕すらある。
商業ギルドの前まで歩いてから折り返す。すると人々の流れが次第にテルクニへと向かっていることに天結は気づいた。主に動いてるのは歳若い者たちのようにも感じる。
「なんか、あっち方がにぎやかですね。」
「あぁ、打倒した魔物の運搬が始まったんだろう。」
なんてこともないように藤右衛門が答える。
「討伐もそうだが、倒した魔物の解体作業の最初のうちは子供が中心でスライムや角兎、大王ネズミといった扱いやすいものが出やすい。郷中単位で協力して年嵩のものが解体方法を教える。」
「今日はどの階級もまんべんなく大量に出てくるから経験を積んで少しでも食べれる肉、や毛皮なんかの仕える面積を多く残せるように体にしみこませるにはちょうどいいのです。」
最初は遠慮がちで藤右衛門の後ろに控えるだけだった小犬丸だが、ツネヨシのところで大分話をしたので打ち解けたらしい。進んで話しかけてくれるようになってきた。
「では我々も移動を始めましょうか。」
「さぁ〜てぇがんばるぞぉ〜!」
「凪の不在がどれくらい響くかわからないけど、やれるだけやらなきゃね。」
「やれるだけっていうかぁ、ボス倒すまでか、三日三晩だよねぇ。流石に最長記録作りたくはないなぁ〜。」
「水の巫女さまはそんなに強いの?」
「そうだねぇ〜。」
「水の巫女はこの300年で一度しか代替わりしてないからその分血だって私たちより濃いからやっぱり強いんだと思う。」
考え込む麗に対し椿はそう説明した。この手の話は普段していないのか、護衛として同行している十一番隊の副隊長狛犬が率いる二班の騎士たちも興味津々でこちらを見ていた。
それでも全員の足はしっかり山に向かって歩いているが、警戒役でもある先導がちらちら振り返るのだからよほど聞いてみたいことなんだろう。
「と、いうことは土と緑は大分薄いってこと?」
「そうだねぇ~。」
「基本的に寿命事態はどうしようもないからね。龍氏族は500年は生きるでしょう?」
「じゃぁ、初代は?」
「高齢ってご本人は言ってるけどやっぱり300年前の責任を感じてるんだと思う。400歳を超えると神通力が抜けていくって言ってたし。」
「老衰で神通力も抜けるってこと?」
「牛族ではそんな話聞かないけどね。」
「兎も聞かない。」
「私もないけど……藤さんと小犬丸さんはご存じですか?」
「いや。ない。」
「わたしもないです。」
「ということは、長命故の弊害?」
「ありえるわね。」
関所を超えて橋を渡ると、天結が殺魔に入國するときに入ったトンネルがある。あの時はこれからやって行けるのかと不安もあったが、まだそんなに経ってもいないのにずいぶんと前のことのようにも思う。
それほど濃い日常を送っているということなのであろう。
今回はトンネルに入ることなくその手前で左に上っていく。
「どういう原理かはわかりませんがトンネルの手前を曲がるとダンジョン判定されるようです。先に進んでい射る騎士たちが掃討してはいますが物陰から出てくることもありますので注意をお願いします。」
「このダンジョンは年四回、春分、秋分、夏至、冬至のみ現れますが、普段はただの道で出てくる魔物の難易度は山頂に向かうにつれて上級まで難易度が上がりますが近づかなければ降りてくることはありません。」
「だがこの年四日だけは違う。上から波のように初級、中級、上級、そして採集強敵である頭。これを討伐しなければ魔物津波は終わらず三日三晩続く。」
「つまり、三日三晩魔物の襲撃を耐えるか、頭を倒さなければ魔物津波は終わらないって事ですね。」
「そういうことだ。なので、いいにくいがその……。」
「今回は一番の戦力である凪ちゃんいないからぁ~。」
「最悪三日三晩コース。」
言いづらそうにしている騎士二人を丸ッと無視して麗が悪びれもなく言い放ち、椿はげんなりした感じでいう。上っている間に何台か駆逐された魔物を山のように積んだ荷車が駆け下りたり、空になった荷車が追い越して行ったりした。今のところ重傷者が運ばれるような様子は見られない。
「他國からきたばかりでお手伝いをお願いして巻き込んだばっかりにこんなことになって申し訳ないけど。」
「一つ確認したいんだけど。」
お気楽麗以外げんなりと、ちょっと疲れ気味な様子。まだ何も始まっていないのに。そんな中でキョトンとした天結が問いかける。
「夜は今日の討伐でとれた肉を振舞うって話だったと思うんだけど、全部巫女が払って落とし物に変えちゃっても大丈夫なんですか?」
「問題ない。落とし物からも肉は出るし、素材も出る。被害が少ないならそれに越したことはないだろう。」
「持ち足りないときは騎士団で後日強化訓練で山に登るのでその時に多めに狩ってくるから大丈夫ですよ。」
多めに……などと控えめに言っているがつまりそれだけにっすが伸びるということではなかろうか。あまり早々に切り札を出すのはよろしくないな。と一人納得するである。
そうこうしているうちに一行の耳には険遷と喧騒が一段と大きく聞こえ、視界に最前線で戦う騎士の背中が見えてくる。
犬獣人所属の十一番隊を中心に魔物を狩っている。魔物には鉱物でできた刃物は通らない。犬鳴に神通力を込めた共鳴を神木の武器に乗せることではじめて魔物に効果を発揮するのだ。
騎士たちは木刀を振ると同時にけたたましい掛け声を上げているので、討伐を初めて見るあゆは討伐 という戦いの恐ろしさより1周回ってこの けたたましい様子にドン引きした。木刀のぶつかる音、魔物の威嚇や鳴き声に混ざって騎士たちの「えいぃぃぃ!」っという甲高い声がいくつもいくつも混ざるのである。
しかし、よくよく見ればその手際の良さ、無駄のなさに日頃の努力が伺える。
討伐を繰り広げている騎士の中には負傷している者も見られるが、そこは前線で戦う部隊とは別の部隊が素早く回収し 医療班へ引き継いでいる。この手際の良さが彼らが子供の時から見慣れた光景であり、日常なのだと天結に思わせた。
それと同時にこれほど大規模な魔物津波を年に何度も討伐している土地であるからこその殺魔と呼ばれる所以を垣間見た気がした。ましてそれはここだけではなく、殺魔の中にいくつかそういった特殊ポイントがあるらしい。
その喧騒の中を古の賢者が海割りを行ったと言われる伝説のように、並みいる騎士と魔物の間を矢のように駆け抜ける。
戦場の最前線にたどり着くと魔物の波が一段落したようで魔物の姿は見えない。
革袋の水筒で喉を売るをすものや、足回りを気にしているものなど様々いるがその顔は一様に疲弊の色が濃い。この短時間の戦いがいかに激しいのもなのか予想できようといったところである。それでもその目に宿った闘志は消えていないのだからさすがは殺魔。
実際、この場に残っているものは多少のケガは見えるが動けないというような者はなく次の先頭に向け準備をしているような手練れだけがいるのだろう。下の者たちとは面構えが違う。
そんな騎士に交じって別の者たちが魔物の回収をして回っている。
だがこれは訓練では鳴く命のやり取りをしている前線。無駄口をたたくものはなく淡々と事を運び、ただならぬ緊張感が空気を支配していた。
が、それをものともせぬ我らが麗の独特の間の声は戦場を切り裂いた。
「ヤッホー!みんな来たよぉ~!大丈夫ぅ?」
「疲弊したものは一度下がって補給をしてください。前線は我らが押さえます。」
「あとちょっとだからねぇ!みんな頑張ろうぅ!」
何とも戦場に似つかわしくない 声に気が抜ける面々であったが、巫女 2人の鼓舞にその表情から疲労と緊張の色が消える。
こんなもんでいいのかね?と思わないでもない天結だが、それがここの流儀と思えば、こんなものなのだろうとひとりでうんうん頷いているとさりげなく横に来た藤右衛門が呟く。
「今中級の波が引いたところですね。騎士や冒険者に疲労の色も見えるが、ああやって巫女様方が声をかけて下るから無駄な力が抜けるし息をつける事もできる。」
「ありがたいことです。」
「本音を言えば自分たちよりも年若い少女たちにこのような血なまぐさい前線で戦わせるなんで殺魔男児の名折れ。我々だけでどうにかできればいいのだが。」
いつの間にかそばにいた小犬丸も周りの騎士も下を向いてしまう。
「守られるのは祭祀の巫女だけで十分です。」
あまりにも迷いなくはっきりと言い放った天結の言葉は意外とその戦場に響いて、命令指示系統を統率していたものさえその口を閉じて視線を向けた。
「私たち巫女は守られるだけでは役目を果たせない。その言葉はこれまで血をつないできた一族すべてに対する侮辱です。」
急に現れた部外者の発言に顔色の変わる者もいる。だがそんなことを気にするような天結ではない。中には気色ばむ者もいるがそれを歯牙に掛ける事はない。むしろ視界に入ってないのかもしれない。
「私たち巫女は来るべき日にこの地を守るためにいる。この魔物討伐だってそのための必要なことです。露払いをしてくれる人がいるから私たちは疲弊することなく重要な場面で役目を果たせる。ただの適材適所です。それ以上でもそれ以下でもありません。」
あまりにもまっすぐに言い切るので藤右衛門は言葉をなくす。
「ありがとう。巫女を大事にしてくれて。」
まさか急にお礼を言われて微笑まれるなんて思ってもなかった者たちはその柔らかな表情に別の意味で言葉を失う騎士たちである。もちろんその衝撃を一番に食らったのは藤右衛門に間違いはない。
「そうだよぉ~。私たちは強くならなきゃ役目が果たせないもん!」
「なんだ、毎回なんか変だと思ってたけど騎士はみんなそんなこと考えてたわけ?」
一方の巫女たちは天結に同意と言わんばかりにあきれた様子で周囲を見渡す。
それぞれ手に獲物を取り出し、椿は金剛石でできた大物の両刃斧、麗は榊でできた巨大な槌。
「椿も麗も武器でっか!」
「牛氏族はこれ使う人が圧倒的に多いよ?」
「それはなんとなくわかるけど、片刃でもよくない?」
「非効率じゃん。」
「まぁ、椿のはわからなくもないけど麗のそれは?」
「いいでしょ~?これぇ!」
「なんでどや顔なのよ。」
『遠心力でブッパできる!』
「うそでしょぉ!?巫女なのに脳筋かよぉ!?嘘だと言ってくれ~受け狙いだよねぇ!?ねぇ!?マジか。マジなんか。マジでそれなんか。」
「えぇ~便利なのにぃ。」
「そういう天結はなに使うのよ?」
ちょっと不満そうな椿と興味津々の麗を前に天結は二枚の絵を腰から取り出し神通力を込める。まさか本当に戦うと思っていなかった騎士たちは驚きを隠せないといった様子でそれを見つめる。
「天結、無理に前に出なくても……。」
心配する藤右衛門を気に留守こともなければ止まらない天結は同時に2枚の絵を具現化させると、木製の一本の蒼銅(そうこう)色の矛を両手に握り、漆黒の玉璽を薄くしたような盾が一枚宙に浮いている。
「それ触れるのぉ!?」
「自分で描いたものなんだから触れるよ。他の人だと無理みたいだけど。」
「っていうかそんな大きな絵を二枚も同時に顕現できるんだねぇ!」
「大きくないと耐えられないと思うんだよね。ちなみに枚数は今のとこそこそこいける。」
「そういうもの?」
「単純に大きさと耐久性が比例してる?って感じだと思う。」
「へぇ~。」
「なるほどね。……ちょうど来たね。」
最初から参加していたわけではないので今押し寄せようとしている魔物が第なん波なのかは知らないが、迫りくる魔物津波に椿と麗が飛び出した。
獲物を手に魔物を見据えて踊りだす2人は嬉々としており、迫りくるそれらを片っ端から薙ぎ払っていく。その姿に騎士からは畏怖ののか呆れなのかよくわからない声が上がる。
「つばきぃ~!うららぁ~!もう少し前に出て~。抑えきれてないよぉ~。」
迫りくる魔物を打ち払ってはいるが、それから漏れたものがちらほらと周辺に散っている。すぐに騎士の手も借りなければならない事態にはなりそうだが、ひとまずは彼らが休めるように自分が飛び出すべきだろうと踏み出そうとして、押し留まる。
「大犬氏族も小犬氏族も忘れたようなので言っておきますが。」
振り返って見つめる藤右衛門の後ろに今到着したであろうお偉方様の一団とそれに混ざってこちらを見上げる蓮犬の姿が見えたがこれだけは言っとかねばならない。
「殺魔の三巫女はただの巫女にあらず。我ら巫女は神を屠るものなり。」