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第54話 タケミカヅチ

 静寂。


 立っているのは、少女ただ一人。彼女は槍を軽く回し、肩に担ぐ。


 そこにいたはずの魔物は一掃されけれども何一つ草木は変わることなく元より魔物だけいないような風景が広がっている。周囲の驚愕をよそに、


 「手応えねえな。」


 と、悪態をつくアルトの声と肩に担いだ矛でそこをトントンと叩く仕草に、誰が呟いたのか……。


 「神降ろし……。」


 すると上機嫌に振り向いた天結は誰に向けるでもなくまた癖があるにいぃぃ という笑いを浮かべて次は二人の巫女を黙って見つめその瞳の奥で何かを探るようにしてから宣う。


 「なんだ 殺魔にはもう神降ろしでる巫女がいねぇのか。どぉりでここんところ呼ばれないはずだ……。」


 矛を持たない方の手でいつの間にか晴れ渡った空に手をかざして陽を見上げる。伸ばした手を引き寄せて拳を握ると、誰かに聞かせているのかそれとも独り言ちていたのかわからぬ程の声量で呟く。


 「だが帰郷して一番に儂を呼んだのは褒めてやる。」


 その確たる言葉にもはや口を開けるものは誰もいなかった。


 その場を完全に支配しているのは少女の姿をしたなにかであった。圧倒的な力と場を支配し何物をも寄せ付けぬ貫禄とひれ伏したくなるほどの神々しさ。みしったしょうじょであるはずなのにこうも違うのはそのうちに今宿っているもの気配。


 ここでの用事は終わったといわんばかりに歩を進める少女……の皮をかぶったそれの前に、まだここに自分がいるのだといわんばかりに轟く地響きとともに現れる。



  人の三倍を超える巨体。剛鉄のような赤黒い皮膚、紅蓮の双眸、岩のように硬い皮膚。頭に生えた二本の角。


 「鬼……。」


 そのつぶやきは少女のものだったのか、それとも巫女か騎士か。


  鬼の禍々しい双眸が赤く輝いている、その手には岩をも砕く金棒が握られていた。


 「グォォォオオオッ!!!」


 鬼の咆哮が大気を震わせ、山々に木霊する。怒号のような衝撃波が周囲の樹々をなぎ倒し、霧を切り裂く。


 「ちったぁ骨のあるやつが出てきたな。お前さんはいくつ耐えられる?」


 矛を構えた少女は静かにだが不敵にまたは蠱惑的に笑った。刃先には青白い雷が踊り、唸りを上げる。


 「まずは一つ!」


 瞬間、少女の姿が掻き消えた。否、雷光のごとき速度で駆けた。


 ズバァッ!!


 一閃。


 鬼の膝を鋭く突き、雷が炸裂する。


 「グアァァッ!!」


 巨体がわずかにぐらつくが、鬼は咄嗟に金棒を振り下ろした。


 ゴォォォン!!


 大地が砕け、轟音とともに衝撃波が周囲を吹き飛ばす。


 粉塵が巻き上がる中またも少女の姿はすでに消えていた。もはや周囲の人は誰もその姿をとらえることができない。


「二つ!」


 宙を舞う。槍を旋回させながら、鬼の肩口へ着地。 勢いを乗せ、刃を深々と突き刺した。


 バチィィィン!!


 雷撃が閃光となり、鬼の皮膚を焦がす。


 「グォォォ……ッ!」


 鬼が咆哮しながら手を振り回す。


 「遅ぇなぁ。」


 少女は槍を軸に反転し、肩を蹴り飛ばして再び跳躍。頭上でくるりと回転しながら——


 「三つ!」


 ゴォォン!!


 槍の柄を打ち下ろし、鬼の額を叩きつける。その衝撃で鬼の顔がのけ反る。


 しかし、鬼は怯まない。


 「グオォォォォ!!!」


 今度こそ渾身の拳を振り上げた。


 大気を裂くような破壊力が少女を襲う——


 だが、


「四つ!」


 雷が疾る。


 少女は鬼の拳を踏み台にし、逆手に持ち替えた槍を突き出した。


 ズガァァァン!!


 刃が鬼の胸を抉り、稲妻が体内を奔る。


 「グ、ガアァァァ……!」


 鬼の巨体が痙攣し、脚を震わせた。


 「五つ!」


 そのまま槍を回転させ、雷を纏った穂先で顎を突き上げる。


 バチィィィッ!!


 鬼の巨体が宙に浮く。 雷の力が全身を駆け巡り、鬼の動きが完全に鈍る。


 「六つ。」


 槍を高々と掲げた瞬間、空が変わる。暗雲が渦を巻き、雷鳴が轟く。


 天が呼応するかのように、無数の稲妻が槍へと吸い込まれていく。


 鬼が最後の力を振り絞り、咆哮を上げながら突進する。


 「グォォォオオオ!!!」


 ゴロゴロゴロ……。


 天が鳴り響く。


 「轟(とどろ)け雷鳴、貫け雷槍(らいそう)、稲妻ひと閃(いなずまひとひら)その身に刻め!雷槍・轟穿(ごうせん)!!」


 雷を纏った槍が、一閃する。稲妻の刃が空を裂き、雷光が全身を包む。


 ドォォォォン!!!!!


 刹那、鬼の全身を貫く閃光。鬼の胸を貫いた槍が、内部から爆発的な雷撃を放つ。


 「ガ、アァァァァァ……!!!」


 鬼は断末魔の叫びすら上げることなく……。


 雷撃が爆発し、鬼の体が崩れ落ち光と消えた。


 少女は槍を肩に担ぎ、にぃぃっと笑う。


 残されたのは山のように詰まれた金銀珊瑚の宝たち。


 「なんだこれで仕舞か。」


 雷雲が晴れ空に光が差し込み静寂が戻る。それは全ての終わりを指していた。それは不動不変不屈にして王者の貫禄。何物をも寄せ付けないぜってい的な力を前に伝説の勇者も名だたる英雄たちもただの人であることを痛感させられた。


 「やはり矛じゃ全力が出せんな、次は十束だ十束。伝えとけ。」


 山頂の開けた場所、晴れ渡った空を後ろに少女は振り返りながら矛を地面へ突き立てた。金色の瞳が色をなくすと見慣れた淡い花紺青が星屑のように浮かび上がる。


 「わざわざ伝言なんか残さなくても聞こえてますよ。」


 それは誰に向けた言葉だったのか天結はぼそりとつぶやくとドン!とやってきた衝撃にひっくり返らないよう足を踏ん張ってそれらを受け入れ抱きとめた。


 「天結ちゃぁぁぁぁぁぁん!」


 「え、ちょ、麗?」


 「もう、びっくりするじゃない!」


 「椿までどうしたの?」


 『どうしたのじゃないよ!!』


 「急に神様降りてくるからびっくりしたぁぁぁ。耳めっちゃ痛いぃ!」


 「え~と。それはごめん?」


 「それより平気なの?神降ろしなんてただでさえ体に負担なのにあんなに動き回っちゃって!ケガは!?」


 「かすり傷だから平気。」


 「もう寿命が縮むかと思ったぁぁぁ!」


 「だから言ったじゃない。私が一番強いって。」


 「そりゃぁ、あんなの出てくれば。」


 「反則だよぉぉ~!」


 娘たちは身を寄せ合うと互いの無事を確認して笑うのであった。


 「うう〜ん。手がピリピリする。」


 「そりゃぁあんだけド派手に雷打ちまくってたら帯電もするでしょ。」


 「天結ちゃんお腹空いてない?グラッセあるよ?」


 「いや、空腹とか眠いとかはない。ありがとう。」


 改めて互いを見やって笑いあう。天結が危惧していたようなことはなかったようで、神降ろしの後も二人の巫女はこれまでと変わらぬ態度で寄り添ってくれた。


 故郷で初めて彼の神をその身に宿したとき、同じ立場の巫女もそれを指導する老師達ですら天結を影ながら畏怖してこう呼んだ「バケモノ」と。


 だからこそ天結は怖かった。


 故郷ですら感じられなかった距離感が、はじめて知った人のぬくもりが失われた時自分は笑っていられるだろうかと。


 だが、そんなものは杞憂で麗はあの間延びした独特のしゃべりはそのままに、開口一番に正面切って文句を言うほどには変化がない。まじめな椿はどうだろうと様子をみればまさか最初に自分の心配をしてくれるなんて思わなかった。


 あまりにも予想外の反応にお揃きすぎて二人の安否確認を忘れる程だったのはあとで反省することとなるがまたそれは別の話。


 圧倒的な力を前に何もできなかった男たちは普段と何ら変わることない少女たちの姿に驚きを隠せずに暫しその光景を見つめるしかなかったが、最初に動いたのは狛犬統合藤右衛門その人であった。何はともあれ巫女たちの現状把握をすべくそのそばに侍る。


 「ご無事ですか!?」


 「大丈夫ぅう!」


 「問題ありません。」


 「大丈夫です。」


 口々に帰ってきた返答に胸をなでおろす。素早く状況を判断した彼らは互いにうなずきあうと麗を見た。


 すると麗も心得たと言わんばかりに頷くので何事かと思い麗はを見るといつもの間延びした独特の口調で右手を掲げ宣言する。


 「私、緑の巫女の名においてここに春の大討伐の収束を宣言する!」


 ぴょんと飛び上がり、ガッツポーズで着地すれば騎士からは「わっ!」と喝采が上がり、氏族長たちからは拍手が贈られた。


 その後の動きは早かった鮎が払った魔物たちはみんな光のつゆと消え山の中に大量の落とし物をあちこちに落とすこととなったため動ける 岸 総出で 広い 集めることとなった。


荷物を運び出す騎士を尻目に、一人座って人参グラッセをもぐもぐししてた麗が立ち上がって伸びをする。


「さてー。あと一仕事だねぇ!今回は何人いるのかなぁ?」


 「さ、移動しますよ〜!希望者はついてきてください!」


 騎士に向かってそう声をかけると年若い者たちが巫女のそばにぞろぞろ集まってくる。


 「何事?」


 状況が分からない天結は一人首をひねる。


 「行くってどこに?」


 「神殿。春分と秋分のときだけこの先にある前文明の建物にある神殿で神事をするの。それに参加する騎士は武芸が上達するって言われてるからどんなに疲れてても外せないんだよね。」


 「あとひと踏ん張りがんばろう!」


 神殿での祭事は椿が主体となって行い無事に完了した事をここに記しておく。 




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