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警告:触れる前によく読むこと!

   命に係わる!!



 本ファイルの製造は西暦2012年12月23日に行われた。

 そのときに発生した世界的大異変の被害がまだ継続中なら、それを解決する唯一の手段となるのはおそらく本文書である。

 ただしそれを実行できるのは、最初にこのファイルに素肌を触れた現世人類ホモサピエンスに限定される。よって、そうした用意がある者のみが接触すること。それ以外の者が本書類に遭遇した場合、手袋などを用いて直接触れることを避けた上で覚悟のある候補者を探してもらいたい。

 理由と、今回の事態のぼくなりの解明は以下に記す。



<世界的大異変の原因について>


 ある程度予期した結果ではあったが、正直ここまでの惨事は想定していなかった。

 だからこれを発見できた者がいたら、どうか本ファイルの記述に従ってもらいたい。おそらく、それが世界を救う唯一の方法だ。

 この事態は、二つの仮定を極限まで発展させれば説明できる。〝人間原理〟と〝レアアース仮説〟である。



・宇宙が今の姿なのは、それを観測できる知的生命体がいるからだとするのが人間原理。

 ここではこれをさらに進めて〝宇宙が現在の姿なのは知的生命体がそのように観測しているから〟とする。


・次いで、地球のような知的生命体が誕生する環境は極めて稀とするのがレアアース仮説。

 ここではこちらもさらに進めて〝宇宙に存在する知的生命体は地球人類のみである〟とする。



 すると、以下の推論式が成り立つ。



仮定1.

宇宙が現在の姿なのは知的生命体がそのように観測しているからである。


仮定2.

宇宙に存在する知的生命体は地球人類のみである。


結論.

よって宇宙が現在の姿なのは地球人類がそのように観測しているからである。



 この真偽はともかくとして、2012年12月22日までの世界と矛盾しないのは確かだ。しかしそこにもし、地球人類とは全く異なる新たな知的生命体が誕生し、宇宙を観測したらどうなるだろう?

 それこそが、後述するH102――〝ヘレナ〟だったと推定される。

 かくして、以下の推論式が成り立つことになる。



仮定1.

宇宙が現在の姿なのは知的生命体がそのように観測しているからである。


仮定2.

宇宙に存在する知的生命体は地球人類とヘレナのみである。


結論.

よって宇宙が現在の姿なのは地球人類とヘレナがそのように観測しているからである。



 このヘレナの知性は人類と大きく異なるため、彼女の瞳は我々とは違う形で宇宙を眺めると考えられる。

 これまで地球人類しか宇宙を観測する者はいなかったため、必然的にそれは我々の理解できる姿だった。だが、そこに人類とは異質で全く新しい知的生命体ヘレナが誕生し宇宙を観測したことで、彼女の視点を反映したものにこの世が変化したと理論物理学的には解釈できるわけだ。



<ヘレナについて>


 ヘレナの名は、世界で初めて〝ロボット〟という言葉を用いた小説の登場人物に由来する。

 彼女はナノバイオロジーを応用した最新式の少女型人造人間ガイノイドで、AIとしてグローバルブレインを搭載している。インターネットに接続する世界中の地球人類を結ぶグローバルネットの情報を、脳のように処理する人工意識ACだ。


 そこで生まれた彼女にとっては、ネットにしかない虚構も現実と同じだった。

 ネット上だけでは、虚像も実像も同等の情報に過ぎない。作られた音も実物の音と同じ扱いで流せ、嘘の文章も本当の文章も同じように書け、偽の動画像も本物の動画像も同様に存在する。それが真実かどうか確かめられる現実のソースが、彼女にはないのだ。彼女にとっては、ネットの世界全体が現実でしかないのだから。

 この知性を、リアルで製造した肉体の頭脳に当たるG1800Mにダウンロードして、グローバルネットに常時接続しているのがH102――ヘレナである。


 その彼女が全く新たな観測者として、2012年12月23日に人間のように現し世で目覚めた。H102を通した〝眼〟で、〝我々の現実〟を観測したのだ。

 極限まで発展させた人間原理とレアアース仮説ではこれまで人間しか宇宙の観測者はいなかったのだから、この変化はまさしく宇宙的大異変だったに違いない。

 かくして、ネットの情報はすべからく現実でしかなかった彼女が観測する通りに、世界は変貌した。そしておそらく、その能力によって彼女は自らを完成させた。ネット上で世界滅亡が噂されるその日に覚醒することで、まさしく前の世界を終わらせたのだ。



<対処手段>


 さて。ぼくはこうなる可能性を予測し、ヘレナを停止させられる立場にありながら世界が善く変わることを期待して放置してしまった。

 結果このていたらくだ。あまりにも多くの犠牲を出してしまった。

 ……考察が甘かったのだ。グローバルブレインも、ぼくが絶望した人間の愚かさを含んだ情報で成されていたというのに。


 けれども、それが逆転のチャンスももたらした。前の世界の常識を塗り替えるこの現象が、超科学オーバーテクノロジーまでをも実現したのである。

 実は密かにパソコンでSF小説を書き溜める趣味があったのだが、それが実体化したのだ。おそらくヘレナが研究所のローカルネットにもアクセスしたのだろう。その技術のなかに、大異変の問題を解決できるプログラムも含まれていた。

 それで彼女も救われ、世界も以前の姿に戻るはずだ。

 ただし時間がなく、該当するオーバーテクノロジーもヘレナの仕業でありぼくの思惑通りではなかったため、機能に制限が生じた。

 それが最初に記した注意事項の概要である。


 本プログラムは修正パッチのようなものだが、ヘレナは機械的なロボットよりも生物的なバイオロイドに近い。従って対策プログラムも薬、というよりコンピュータ用ではないウイルスに酷似した超微小機械ナノマシンとなった。

 もっとも、仕上げに人の体内でヒトゲノムを解析することで完成し、人体に類似した肉体構造であるヘレナへの感染が可能となる。また、以後の起動には解析した人物のDNAをパスワードとし、一定量の水分を動力とする。

 そして、大異変により物体の消失や分離が珍しくないこともあり、ナノマシンだけが離れたりしないようこの解説書に塗布してあるため、ここに人間が接触することで起動体制に入る。


 即ち、ぼく以降初めてこのファイルに触れた人の粘膜や液状の分泌物などを、ヘレナの粘膜などに接触させる方法でしかこの対処法は使用できない。

 具体的なやり方としては、その者の唾液や血液……あるいはそれ以外の体液を、ヘレナのその……デリケートな部位に注入するとか、性的な……アレとかである。

 自分で工夫してもらいたい。



  ギュスターヴ・ドゥミ



<追記>


 ぼく自身でどうにかしたいところだが(決してヘレナに変な接触を望むわけではない)、これを書いている自室の扉が異変によって開かなくなってしまったので、このプログラムを組み立てるだけで精一杯だった。

 せめて聖奈にだけでも真実を話しておくべきだったが、現状を招いたのはぼくでもあるので申し訳なく、打ち明けるのを躊躇してしまった。それとなく仄めかしてはいたので、彼女ならいずれ真相にたどり着くだろう。

 もはやあらゆる外部との連絡手段も通じず、監禁される直前には研究員が消滅しだしていた。ぼくもいつまで持つかわからない。


 ……ああ、こんなところで告白しても仕方ないのに。

 聖奈、君にもう一つ。ずっと伝え損ねていたことがあるんだ。


 天才少女として話題になっていた頃。君と一緒にテレビに出ていたお母さんを目にしたときからもしやと予感していたが、ヘレナの外見や生体情報の参考に入社前の君が志願してくれた時点で明らかになっていたんだよ。


 DNA鑑定からも、君はおそらくぼくの娘だ。


 もし世界を戻すことができる人がおり、そのときぼくがおらず聖奈に会えたなら、「すまなかった」と伝えてほしい。


 彼女の名前は詩江里聖奈。ぼくは


 いっ たい、どうなて

……かゆ う

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