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ヘレナ・アーカイブ3

「翻訳朗読どうも」


 祝馬、発言。わたしの手から雑誌の切り抜きを受け取って自分の目前にかざし、壁に寄りかかりつつしゃべります。


「ファフロツキーズなら、大異変の数年前に石川県かどっかでオタマジャクシが降ったときちょっと話題になったな。けど、この古いオカルト雑誌のトンデモ記事がなんだよ? 本人もふざけた感じで書いてるし、ただのジョークじゃないのか」


「昔ならそうでしょうけど」


 発言は聖奈。自分の机に備え付けられた椅子に掛け、続けます。


「――超常現象の実在が確定した今、そこに記されていることは実際に起きうるのよ。というより、現在確実に実行できるのはヘレナだけ。もしそれが史実なら、彼女が役割を放棄した場合、生命が誕生せずあたしたちもヘレナを生めないタイムパラドックスが発生する。

 その記事も、さっき大異変の参考になりそうなものを探してたらパパの書斎で見つけたの。大事そうにスクラップされてたし、同じことを睨んだんでしょうね」


「……冗談だろ」祝馬、驚きから思案するような様相に変化。「いや……電話で言ってたのはそれか。ならヘレナが地球生命の始祖なのか? 信じられねぇ……」


「わたしもですが、どうやらそのようです」解説します。「先程、約40億年前の地球にファフロツキーズを起こし、生命の源を降らせてきました。昨夜、聖奈とお母様が寝静まったあとに、お父様――ギュスターヴ教授がわたしに頼んだためです。

 聖奈が話したような内容を告白されたので、断れませんでした。でなければ人間も誕生しないとなれば、みなさんとお別れしなければならないことになります。それは嫌です」


「そ、そりゃもちろんおれも嫌だよ。でも気軽にそんなことしていいのか、もし早とちりだったらどうすんだよ?」


「タイムパラドックスがもたらすとされる結末は主に三つ」

 聖奈、発言。立ち上がり、室内を歩き回りながら継続。

「第一に、原因と結果の法則の乱れから“宇宙が消滅する”可能性。おそらく、パパはこの第二次大異変をそのせいと判断して止めようとしたのね。でなくとも残る予測は二つ。

 二番目は〝時間移動の結果も史実〟な可能性。この場合、生命の始祖がヘレナなのが史実でなければ、偶然などによってそうなることが妨害されるようになってるはず。

 三つ目は、〝並行世界に分岐する〟可能性。これだとヘレナが生命の始祖じゃなかったとしても、ヘレナが生命の始祖である別な歴史の世界が生まれるだけであたしたちの現在に影響はない。どれにせよ、これ以上世界を危ぶませるものじゃないから」


「いやいや」首を振って、祝馬が異議。「でも憶測に過ぎないわけだし、現に事態が終息してないなら予測がはずれたんだよな。なのにやっちゃう辺り、教授はなんかずれてる気がするんだが」


「そうね。前回も、大異変の発生を予期しながら自分の望み通りになるのを期待して見過ごしたわけだし、なによりパパは異変の影響をまともに受けるから。もしかしたら……」


「今度こそゾンビになったとか?」

 聖奈に睨まれ、祝馬が言葉を止めました。

「……ん、んで」話題を逸らした祝馬、わたしの方を向きます。「肝心の教授はどこにいるんだ?」


 応答します。


「はい。この時間軸に戻ったあと、彼は自身をパリに移動させるよう頼みました。生命の源をわたしが生んでも事態が好転しなかった以上、思い当たる節は一つしかなく、それに対処するためとのことです。ただ、事情を説明するわけにはいかないとのことでしたので、委細は存じません」


「……そう」発言は聖奈。「じゃあ、ロンドンに急ぎましょ」


「なんでやねんっ!」祝馬、ずっこけて応答。「教授はパリに行ったってのに、どっからロンドンが出てくんだよ?」


「簡単よ」反論は聖奈。「前回の傾向からすれば全部の時計が大異変発生地点の午前0時に固定されるはずだけど、フランスとの時差はこっちが8時間進んでる。あたしが最初に異変を察知したのは9時数分後みたいだし、やっぱり電波とかが乱れてるようだけどたまに得られる情報でもその頃始まったのが有力なの。発生源はもっと西寄りになる」


 机に戻って椅子に掛けた聖奈。背もたれに掛けられていた白衣をセーラー服の上に羽織り、自分のパソコンを操作し始めました。


「けど」祝馬、発言。「スケーリーフットのパリ支部にはまだ、前回大異変の原因になった世界中のネット情報をヘレナの脳みたいに処理してたあの巨大コンピュータ、グローバルブレインがあんだろ。そいつがなんかの理由で第二次大異変を起こしてるのを把握したとかで、教授は出かけたんじゃないのか?」


「あたしたちに協力を要請しないところからして、パパはなにかを隠してる。詳細を明かさないのにパリに移動したことを口止めしないのも怪しい。おそらく、一連の言動はフェイクだわ」


 聖奈、キーボードとマウスを操る手を止めました。動画と画像をまとめて表示したパソコンのディスプレイを動かし、わたしたちに向けて示します。


「――ほら、日本時間の9時で確定みたいよ。朝のテレビの時刻表示で目撃した人も多いし、ソースの動画像もいくつかアップされてる。この状況でこんなにコラ作る余裕ないでしょ。時差が9時間前というとロンドン、だとしたら辻褄も合う」


「っていうと?」


「スケーリーフット、ロンドン本社よ。最初のヘレナの研究はあそこで始まったの。でも失敗して放置された試作品プロトタイプがある。パパが大異変関連のことは隠して報告した情報をもとに、別の目的のために最近稼働し始めたって研究員時代の友達からも小耳に挟んでるわ」


「そ、そうか」やや嬉しそうに、祝馬がわたしに呼び掛けます。「そうとわかりゃ、ヘレナあれだ。第一次大異変のときにマンションと研究所を繋いだどこでもドアもどき!」


 第一次大異変時のバックアップデータを参照。――〝ワームホール〟が該当。

 応答します。


「あれ、ですね。了解しました」

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