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手紙

 主よ。枢機卿という立場にありながら、これからなそうとしていることをお許しください。


 ……悪魔に攻撃されるスペースシャトルが天使に守護されながらコロッセオに不時着したときは、信仰の正当性が証明されたようでした。けれども、すぐあとに現れたギリシャ・ローマ神話の神々と天使軍団との間で戦争が起きてからは、心が揺らいでいます。

 キリスト教の正当な教義に従えば、異教の神々はいないはずでした。それらを悪魔や天使ということにして取り入れてきた歴史もありますが、あれらは最初にシャトルを襲っていた悪魔たちとは明らかに別物で威厳に満ちています。


 いいえ、悪魔とも異なるようなギリシャ・ローマ神話の怪物たちも天使たちや神々と争っているのです。なにより理解しがたいのは、例えば容貌が酷似しながらユピテルを名乗る神とゼウスを名乗る神が同時にいるようなことです。


 おわかりいただけるでしょうか?


 古代ローマはギリシャ神話とローマ神話の神々を同一視しました。いわば、ユピテルはゼウスと同じ神なのです。

 他にも、あらゆるギリシャの神々が出現すると共に、ローマ名で同じ神々も一緒に出現しています。これはいったいどういうことなのでしょうか。


 ローマ教皇も懸命に対応されましたが、ヴァチカンも平穏ではいられませんでした。

 現在はイタリアの古い教会に避難していますが、かくまった市民たちの持ち込んだ携帯端末により、世界中で起きている驚異が聖書に基づくものだけではないのも理解しています。様々な宗教や神話の存在はもちろん、創作されたものたちまで実体化しているようです。

 もう真実を見失ってしまいそうですが、気掛かりなことがあります。


 複数の多神教の神々まで実在するとするならば、同時に全てのそれが矛盾するのではないでしょうか。

 あらゆる神話における世の成り立ちの伝承もおのおの異なるのですから。だとすれば、全部の神々や神話を含めて真に宇宙を生んだ原因たるなにかはどこにあるのでしょうか。


 カトリックの信徒として、それこそが父なる神であると信じたいものです。であるならば神は、なんらかの形であらゆる神話や伝説どころか創作にさえ通じていることになるのではないでしょうか。それらをことごとく実現しておられるのですから。

 ……それとも創世記にあるように、唯一ただ一柱の神であるはずの主が、ご自身に似せて人を造られたとされる箇所で、ご自分のことを「我々」と称しておられるように、神はお一人ではなかったとでもいうのでしょうか。


 ……ああ。外はまるでヨハネの黙示録のような終末のありさまです。

 このまま世界は終わってしまうのでしょうか。それとも、自らを終わりであり初めでもあるともされる神は、ここからなにかを始められるのでしょうか。


 ともあれ主よ。改めて、これからすることをお許しいただきたいのです。

 異教の神々であろうと偶像であろうと、人の味方をする存在もいることを見て見ぬふりはできません。宗教に限らず個人的な信仰にも囚われ、この期に及んで人同士の争いも起きていると聞きます。


 これよりこの人の子は、どのような存在であれこの状況では、人に味方するものたちと共闘し、共通の脅威に対処してみるよう世に訴えるつもりでいます。



  敬愛する主へ

  しがない一人の枢機卿より

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