茜色の鮮やかな空が宵闇に呑まれ、微かな星々の瞬きが大地を照らし始めた頃。
「ぐ、ハァハァ……やっと、着いたか」
「もう、ムリ! 本当にもう一歩も動けないっ! レンくん、おんぶしてっ!」
「クゥ〜ン」
一度王都近郊へと全力ダッシュで引き返し、途中に広がる魔物の生息域である森を突っ切る形でルイン村まで戻ってきた蓮斗、柚月、クロマルは村の入り口に到着するなり全員見事に倒れ込んでいた。
「予定の時間はオーバーですが、まぁ及第点ですね〜? はい! では二人ともギルドカードを出して結果を確認しましょうっ! クロちゃんの〝討伐数〟はわたくしのカウントとして集計しています」
同じ距離を二人以上の速度でダッシュし、森ではゴブリン以外の魔物を相手取っていたベルは微塵の疲れも見せずにケロっとした様子で言い放った。
「一位にはわたくしから特別報酬をさしあげますよ〜、さっ、結果発表〜」
明らかにテンションのズレを感じながらも渋々従う蓮斗、柚月はギルドカードを手に取り魔力を注ぐ。
ギルドカードの機能の一つに討伐数のカウント機能というものがあり、討伐した場所、魔物の種類、数を自動で記録してくれるというものだ。
ベルはこの機能を利用してゴブリンの討伐数を蓮斗と柚月、クロマルに競うよう指示していた。
「……この機能がありゃ、あの耳剥ぎなんて作業しなくてよかったんじゃねぇのか」
もうトラウマレベルで行わされた解体作業に、いつもの威勢をごっそりと削られた蓮斗がボソリと呟く。だが、実際この荒業を乗り越えたおかげで蓮斗もゴブリンを討伐することに躊躇することもなくなっていた。
「以前もお話ししたように、このカードの機能は画期的ですが、討伐場所や対象などある程度自分で調整が必要な部分と、やり方次第で不正に討伐数を操作したりも出来てしまうので、現物とギルドカードの情報、この二つが揃って初めて〝実績〟として扱われます。
あ、ちなみに討伐依頼を受けていなくても魔物を討伐した実績はギルドランク昇格に加算されますからご心配なくっ! ささっ、早く結果を見てみましょう」
なんでかハイテンションが過ぎるベルに促されるまま、二人は朦朧とする意識を起こしてギルドカードに表示された情報へと意識を向ける。
《名前》レント
《ギルドランク》ブロンズ
《職業》拳闘士
《討伐情報》躊躇いの森:ゴブリン128体
《名前》ユズキ
《ギルドランク》ブロンズ
《職業》戦士
《討伐情報》躊躇いの森:ゴブリン129体
《名前》ベル(暴風姫)
《ギルドランク》ゴールド
《職業》白魔導師
《討伐情報》躊躇いの森:ゴブリン285体 イビルマンティス93体 ヘルウルフ43体 ドロップスパイダー28体 オーク15体 ゴブリンキング1体
「はいっ! ということで今回の勝負は圧倒的な差でクロちゃん! 続いて僅差ですがユズキ、最後にレントでした〜っ! うふふふっ! 一位のクロちゃんには特別報酬のお肉をお腹いっぱい食べさせてあげますからねぇ〜」
「ワンッ! ワン、ワン!」
なんとなく結果を予測できていた蓮斗としてはクロマルに負けた事に思う所がないわけではないが、やはり野生の為せる技というべきか、ゴブリンとの戦闘においてクロマルは情け容赦など微塵もなく、返り血を浴びようが、臓物が零れようが、スプラッターなど意に返すことなく淡々とその牙をゴブリンに突き立てていた。
とてもじゃないが子犬の所業ではない。ここまでの差を見せつけられて文句を言うほど蓮斗も幼くはなかった。
同じく最初から魔物を狩ることに躊躇いがなかった柚月ではあるが、体力的な問題と流石に返り血を浴びすぎたのか途中から顔色を悪くしてそのペースを落としてしまった。
蓮斗としては、なんとか柚月だけには追いつこうと必死に戦ったが、躊躇わずにゴブリンを仕留められるようになるまでそれなりに時間を要してしまい、本来の実力を振るえなかった、と、言い訳がましい自分の思考に喝を入れ前を向く。
「ゆずき、次は負けねぇぞ」
「ん? ふへへへ……ボクは、ゲームとかアニメでなんとなく耐性がついてたから」
こそばゆそうに歯に噛みながらも自嘲的に溢す柚月の姿をジッと見据えるが、蓮斗は特に何も返さず意識を夜の帳が完全に降りた村へと向けた。
「んで? いまからどうすんだ?」
「そうですね〜、まずはこの村の名物〝シープダイナーのお肉〟を酒場で頂きましょうっ、そこで今後の方針を話し合った後——次の町までまた猛烈ダッシュですよっ!」
食事をした後は当然、宿に泊まって明日からまた修行の旅——そんな既定路線を軽くぶっ飛ばすベルの可愛らしい声色に柚月は驚愕、蓮斗も思わず目を開いて固まった。
「え? え? ベルさん? 聞き間違いだよね? 走る? 次の町まで? なんで!?」
「……きゅ、休息を与えない極度の負荷は筋肉の成長効率を著しく落とす、なんでもやりすぎは禁物だっ、ひ、非効率はよくねぇ」
わかりやすく絶叫する柚月に続いて、額からツーっと汗を流し、らしくない早口でよくわからない理屈をこねて死地を回避しようとする蓮斗の言葉に軽く小首を傾げたベルはなんでもないように応えた。
「ん〜、レントの言う事も分からなくはないですが、却下、ですね。なにより、わたくしこの村の宿には泊まりたくありません。
かと言って野宿もしたくないので、それなら次の町まで頑張って夜通し走った方がマシ、という結論です」
ここに来てまさかのお嬢様的発言に困惑する二人。
それがタチの悪い事に一方的に理不尽な我がままという訳でもなく、曲げられないお嬢様もとい姫としての矜恃を努力で貫き通そうとする姿勢には最早尊敬の念すら抱きそうな蓮斗。
ただ、巻き込まれる側の身も案じてほしいと切に願わずにはいられない。
「ラン、ランララランランラン…ラン、ランラララ……」
ベルの意思を曲げることが最早不可能だと悟ったのか、柚月は幻想でも見るような遠い目をしながら無の境地へと堕ちていた。
「そんなことよりもっ! 流石にお腹が空きましたし、クロちゃんにも報酬のお肉をあげなきゃいけないので酒場に行きますよっ」
そんなこと、ではすまされない。
流石に空腹だとベルは言うが、早い朝食を王都で食べてから今の今まで何も口にしていない蓮斗たちの空腹は限界をゆうに超えている。
ベルと自分達とでは常識的感覚が明らかに逸脱している、と今更ながらに気がついた蓮斗は、これからの旅を思い戦慄するのであった。