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第27話:不良といえば熱血指導

 最初のゴブリン遭遇から街道をひた走る事数時間。


 かれこれ十回は四〜五体のゴブリン小隊と遭遇し、その都度解体を行わされ続けた蓮斗の瞳が段々と死んだ魚のようになってきた頃。


「おかしいですね……コレだけのゴブリンが街道に出てくるなんて——この辺り一体は王家の直轄領です、なので街道付近は魔物の被害を抑えるため兵を巡回させ、定期的に駆除もしているはずなのですけど」


 ベル曰く、蓮斗が解体させられたゴブリンは全てまだ力の弱い若い種だったようで、増えすぎた群れから追い出された個体だという。


「ってことは、森の奥には増殖したゴブリンがうじゃうじゃいるってこと? ——ひぃぃ」


 ゴブリンが森の中にひしめく姿を想像したのか、柚月が両腕を抱えて身震いする。


「おや? 皆様は最近の〝野盗〟騒ぎをご存知ないのですか?」


 思案顔を浮かべていたベルと柚月に、話を聞いていた護衛対象の行商人が声をかけてきた。


「野盗騒ぎですか? すいません、最近国を離れていたもので……詳しくお聞きしても?」


 召喚の巫女になってからは王城に引きこもっていたせいで冒険者家業が出来ていなかったベルは勇者関連以外の情報に少し疎くなっていた為、ふんわり誤魔化しつつも事情を聞いた。


 行商人の男は、なる程と頷いたあとで〝野盗騒ぎ〟について教え始めた。


「今向かっている〝ルイン村〟ですが、本来ならこの〝躊躇いの森〟近くの道よりも〝ダマルガスタ共和国〟へまっすぐ伸びた街道のほうが整備もされている上に安全で近いのです。

 ですが最近は、あの街道付近に貴族様や私共のような行商人を襲う野盗が頻繁に現れているようで、定期巡回の兵士もそちらに掛かりきりな上、警備という名目で街道の要所要所で簡易的な関所が設置されておりまして……。


 まぁ、後ろ暗い品物を扱っている訳ではないのですが、一々検問を受けるのは時間もかかりますし、あまり気持ちの良いものではないですからね? なので今回皆さんに護衛を依頼し、わざわざ魔物の出現するこの道を通っている、ということです」


 男の話に耳を傾けながら、検問の煩わしさよりも魔物を選ぶあたり多少詮索を受けたく無い品があるのだろうな、と考えながらも蓮斗は鉄臭くなった指先を必死に布で拭いていた。


「……なるほど。あんなに出る野盗というのも可笑しな話ですね? まるでような」


「ええ、実際妙なんですよ。行商人の仲間内でも数名襲われた者がいるんですけどね? 特に危害を加えることもなく、盛大に荷台を倒された後で少しばかりの食糧を盗られただけ、と、荷台が壊れたこと以外は大した被害も受けてないんです」


 ベルは何かを考えるようにしばし沈黙し、眉根を寄せる。

 そこへ行商人が何かを思い出したように付け加えた。


「そういえば、一年ほど前にも似たような騒ぎが起きて……その時は〝勇者様〟が野盗達を見つけ——確か皆殺しだったと記憶しています。まだ若い青年の集まりだったそうで無法者ながらにも居た堪れない思いになったのは記憶に新しいですね」


「……」

「……」


 その言葉にベルと柚月が鎮痛な表情を浮かべ黙り込む。


「野盗を行ったからには、何をされても文句は言えませんがね……。

 中には親を亡くして腹を空かせた子供らが泣く泣く手を汚してしまうこともある——私が商人を始めたのも、食糧が満足に行き届かない地域へ少しでも多くの物資を行き届かせたい……そんな思いでした」


 どこか重くなってしまった空気を払拭するように行商人の男が咳払いを一つ。


「暗い話になりましたね、申し訳ありません。

 そろそろ〝ルイン村〟が見える頃です。ルイン村は〝シープダイナー〟の畜産で有名な村です! シープダイナーの肉は殆どがこのルイン村から王都に流通しているのですよ」


 男に促されて三人が視線を向けた先には、民家の並んだ敷地よりも広大に広がる牧地。


 そこには数多くの白いモコモコした毛皮を纏った、


「え、なにアレ。なにあの生き物」

「羊の体に……顔だけティラノだな」


 まさに蓮斗の言う通りの出立をした奇怪な生き物が牧地にひしめき合う光景に柚月も目を点にして、顎を落とした。


 手触りの良さそうなふわふわの毛に覆われた体にアンバランスな大頭は凶悪な太古の爬虫類そのもの。


「あれがシープダイナーです。王都でも串焼きを食べましたよね? 見た目は少し怖いですが、大人しいです」


「草食!?」

「っ動物……」


 さらっと語られた衝撃的な生き物の驚愕な事実に蓮斗も珍しく声を上げた。


「え? ええ、魔獣は魔素をため込んでいるので食べられませんし……魔法も使えない、攻撃性もない、大人しい動物ですよ? アレ? わたくしが何かおかしいんですかね?」


 二人の反応に思わず自分自身を疑ってしまうベルは額から汗を流し、蓮斗たちは未だ衝撃的な生き物の光景から立ち直れないでいると。


「到着です。いやはや、思ったよりもゴブリンの出現が多かったので本当に助かりました。

 この〝カーゴウルス〟も多少の魔物なら問題はないのですが戦闘用に訓練された魔獣ではないのでゴブリンでもあの数に囲まれれば危ない所でした。こちらが、報酬の十万ギリアです。お納めください」


 男は馬車を引いていた熊のような魔獣を撫でながらエサを与え、ベルが報酬の〝紙幣〟を受け取る。


「異世界といえば金貨なイメージだったけど、紙幣が流通してるんだねぇ〜」


 城で行われたベルの講義で当然そんな事は理解している蓮斗は、今更な柚月の感想などよりも、見た目完全に熊の——多少手足は長い——カーゴウルスが魔獣というカテゴリーで、どう見ても怪物としか思えないシープダイナーが動物という不条理な現実を受け入れられずに混沌とした思考へ陥っていた。


「さ、初依頼達成ですっ! 今回は特にユズキが頑張った賞で六万ギリア、レントはもう少し頑張りま賞ということで二万ギリア、残り二万ギリアはわたくしのお小遣い兼クロちゃんのお洋服代という分配になってまーす」


 行商人から報酬を受け取ったベルがそれぞれに分配して手渡し、現実的な数字となって柚月への敗北を知らしめられた蓮斗は思わずグっと紙幣を受け取った拳をプルプル振るわせる。


「えと、貨幣価値はそんなに変わらなかった筈だから……六万円ってことだよねっ! 

ぬはぁあ〜リアルなのに、リアル異世界なのにっ! 逆に課金出来ないもどかしさっ‼︎」


 浮かれる柚月、震える蓮斗。そこへ追い討ちをかけるベル。


「報酬は二人分ですが、ランキング的には一位ユズキ、二位クロちゃん、三位がレントですねぇ」


 ゴフッ、と、なけなしのプライドで立っていた蓮斗にクロマル以下という強烈なボディブローが炸裂。完膚なきまでに膝を折らされた。


「商人さんのお見送りも終わりましたしっ、任務も完了したところで——」

「はい! まずは宿の確保と、村の観光ですねっ!!」


 ノックダウンされた蓮斗と、その頬をチロチロ舐めるクロマルを余所に今からの方針を打ち出そうとするベルに、勢いよく手を上げた柚月。


「うふふ、いいえ♪ 来た道を戻りましょう! ダッシュで」

「————はぇ?」


 とてもいい笑顔のベルと、その言葉のギャップに柚月の思考は追いつかず停止。


「さ、レント起きてください? わたくしたちの旅の目的はあくまで〝修行〟をかねたものですっ! なので基本移動は全て、魔力を纏った状態での〝ダッシュ〟のみ!!

  今から馬車以上のスピードで王都まで戻り、次は〝躊躇いの森〟を突き抜ける形でゴブリンを集落ごと殲滅しながらこの場所まで夕刻までに戻りますっ‼︎」


 現時刻は丁度正午。王都を出発したのが早朝であり、馬車移動で約六時間の道のり。


 ベルは柚月の想定を遥かに超える熱血指導者であった。


「……上等だ、喰らいついてやんよっ!」

「ワンっ!」


 蓮斗とクロマルもまた熱血指導のノリにヤラれる側の生徒であった。


「ええ……ぇえええ!? だる過ぎるんですけどっ!?」


 柚月だけが今時の子であった。


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