火曜の放課後、女子に囲まれた俺は居心地の悪さを感じていた。
「大沢さん、化粧上手だね」
「プチプラコスメでも、こんなに可愛くできるんだ」
「百均でも、使い勝手いいのあるよ」
「ねーねー、参考にしてる芸能人とかいる?」
「このビューラー、使いやすそう。どこで買ったの?」
「SNSの動画とか見てる。そのビューラーもSNSで見つけたんだ」
「美羽ちゃんって、いつもナチュラルメイクなのに、アイドルメイクも上手だよね」
「服飾部で、衣装の撮影する用に練習したから」
俺や委員長、滝、それと他数名の女装アイドル班を前にして、女子の会話が続いている。その中心人物は、美羽だ。化粧道具を机に広げ、今、俺の顔をキャンパスよろしく、色々と書き込んでいる。
メイクって大変なんだな。
化粧水をこれでもかと塗られた。さらに、下地にファンデーション、アイシャドウ──液体に粉とやたら色々塗られただけじゃなくて、目の際までペンでなんか書き込まれた。めっちゃ怖いんだけど。目にペンが突き刺さるかと思った。
「星ちゃん、動かない!」
ぴしゃりと何度注意されたことか。
最後に口紅を塗って終わりと思ったら、その上から艶々したグロスとかいうのも塗られ、すっかりオモチャになった俺の顔が完成した。
きゃっきゃと騒ぐ女子たちから視線を外した美羽は、滝の方を見た。
「そっちどう?」
「うーん、ニキビと日焼けが気にならない?」
「そこまで気にならないと思うけど……ベースカラーにグリーンがよかったかも」
すでに会話の意味が分からない。
グリーンって、肌色を緑にするのか? どこの宇宙人だよ。
俺の困惑は滝も感じていたようで、緊張した面持ちで、ちらちらと美羽を見ている。
「滝くん、学園祭まで洗顔と保湿、頑張れる?」
「は、はい!」
美羽に聞かれて、滝はびっしっと背筋を伸ばした。なんだ、この反応。どこかで見たことがあるような。
首を傾げていると、美羽はこっちを見て「星ちゃんもだよ」と目で訴えてきた。
「安い化粧水でも良いから、毎日ちゃんと保湿してね。それだけで、化粧のノリが変わるんだから」
「化粧水……そういうの、買ったことないな」
滝が困ったようにいうと、他の男子たちも頷く。まあ、そうだよな。男子高校生なんてそんなもんだよ。俺だって使わないし。
「それじゃ、これから一緒に買いに行くのどうかな?」
「行こう! 私も、大沢さんのオススメコスメ聞きたし!」
「私も知りたい!」
女子から声が上がり、たじろいだ美羽は「そんな大したの使ってないよ」と口籠りながらも、ちょっと嬉しそうだ。いつもファッションやコスメの話をしたいとか言ってるもんな。
女子に囲まれる美羽の顔を見て、内心、良かったじゃないかと思いながら口元を緩めると、目の前に谷川と東の顔がぬっと現れた。
「何だよ、お前ら」
「大沢さんに瓜二つだ」
「は?」
「いや、大沢さんには劣るが……大沢さんが星ちゃんって呼ぶ気持ちが分かった気がする」
「俺らも、星ちゃんって呼んでいいか?」
「……お前ら、何言ってるんだ?」
「こんな美少女になるとは。女装アイドル企画考えた奴は天才だ!」
いや、それをいいだしたのは、谷川、お前自身だろうが。最初はコンセプトカフェだったけどな。
「わかるー! 谷川、天才!」
「それに、若槻くんがダントツで可愛いよね!」
頷く女子たちに、他の女装メンバーも大きく頷く。いや、そんなに賛同されても、微塵も嬉しくないんだけど。
「大沢さんと従兄妹だからかな。二人が並ぶと双子みたいじゃない?」
「それ、思った! 美羽ちゃんも、アイドルメイク似合いそうだよね」
「あたしは、そういうのはちょっと……でも、星ちゃんって昔から可愛くて、どうして女の子じゃないの、てずっと思ってたの」
「……どうしてっていわれても、男に生まれたから男なんだが」
「ぜーったい、可愛い洋服似合うのに。もったいない」
「わかるー! ロリータとか着せてみたい」
「え、相沢さん、ロリータ好きなの?」
「えへへっ、実はね。でも、高いからなかなか買えないんだよ」
また知らない単語が出てきたぞ。
だけど、どうやらロリータっていうのが美羽も興味あるのか好きなのか、目を輝かせ始めた。
何かよくわからない状況に変わりはないが、俺がちょっと我慢していれば皆楽しそうだし、まあいいか。