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第29話 ご機嫌な従兄妹と疲労困憊な俺と

 ドラッグストアで楽しむ女子に振り回され、さらにファミレスで夕飯食べながら化粧談義に付き合わされ、ほとほと疲れた帰り路。

 当然、美羽とは帰る方向が同じなため、道すがら、今日のバカ騒ぎについて話しながら歩いていた。


「女子って、本当に化粧が好きだよな」

「好きじゃない子もいると思うよ」

「そうなのか?」

「今日のメンバーはメイクが好きな子ばかりだったけどね」

「嫌いでもやらないといけないのか。女子って大変だな」

「皆、可愛くなりたいんだよ」

「男には分からない世界だ」

「今時は、男子でもするじゃない。家庭教師のお兄さんだってそうでしょ」

「あー、まあ……でも、しない方が多数派じゃね?」

「そうだけど。あ、滝君は凄い真剣だったよ。もしかして興味あるのかも」

「滝が? そういや、化粧水選びもそうだったか」


 つい数分前のことを思い出す。

 いわれてみれば、滝は美羽にオススメを聞いて真剣に悩んでいたな。美羽が日ごろ使ってるのを聞いたり、どう使うと効果的か聞いたりもしていた。聞かれて、美羽もまんざらじゃない様子で、楽しそうに話していたな。


「滝くん、身体は大きいけど顔が整ってるから、メイクしたら綺麗になると思うんだよね」

「そうか? ゴリラだろ」

「体型はそうかもしれないけど。別に、化粧って女装するためだけのものじゃないよ」

「あー、まあ、確かに……」


 淳之輔先生の顔を思い出し、頷かざるを得なかった。先生も、線が細い女性みたいな男性って訳じゃないんだよな。まあ、滝ほど筋肉質って訳でもないだろうけど。

 それなら、滝も淳之輔先生みたいになれるのか。いいや、想像してみても全く違うものが出来上がるな。あいつはやっぱり、そういう感じじゃないだろう。どう頑張っても、先生の世界観とは違うよな。


「星ちゃんはメイクに女装あわせたら、完璧美少女になれると思うよ」

「ならねぇから」

「目もぱっちりしてるし、涙袋だってぷっくり可愛いじゃない。涙袋やアイラインが仕上がるとテンション上がるでしょ?」

「……まて、涙袋が仕上がるの意味が分かんねぇ」

「こう、ぷっくりした涙袋が可愛いの。だから、目の下にライン入れるんだけど」

「目の下に……わざわざ隈書いてるのかと思ってた」

「星ちゃん、わかってないな。これは、陰影!!」

「やっぱ、めんどくせぇ」


 別に女子が化粧を頑張ることを否定はしない。けど、細かいことを理解するのは到底無理だと感じた。


「えー、だって、プリに写るのだって可愛い方がいいでしょ?」

「俺、プリとらないし」

「写真に写るのだって、可愛い方がいいじゃん! 一緒に写る子が可愛かったらテンション上がるでしょ?」

「……お前、ケンカ売ってる? 自慢じゃないが、彼女いない歴=年齢ですが、何か?」

「んもう! そういうことじゃなくて!! じゃあ、ほら、私と写真とろう!」

「はぁ!? 何で、お前と?」

「良いから、良いから!」


 人通りの少なくなった道の脇にある公園に、美羽は俺の手を引いて入っていく。そうして、ほらこっちといって藤棚の下にあるベンチに座った。


 腰を下ろすと、どっと汗が滲み出た。

 日が傾いてるとはいえ、七月も半ばを過ぎれば夕方もだいぶ気温が高い。

 もう少し早く帰って、シャワー浴びればよかったな。淳之輔先生が来る前に、せめて、顔だけでもあらう時間あるかな。


「ほら、星ちゃん。ぼーっとしないで」

「意味分かんねぇ」

「お化粧した星ちゃんを撮りたいところだけど」

「益々意味がわからないんだが」

「あ、そうだ! せめてリップ塗ろうよ」

「はぁ!?」

「ほら、こっち向いて! 暴れたら、シャツに着いちゃうかもよ」


 鞄から口紅を取り出した美羽は、有無をいわせない勢いで俺の顔を自分の方に向かせる。

 軽い脅し文句に一瞬だけ硬直した。そのすきに、美羽はピンクの口紅を俺の唇に引いた。


「うんうん、星ちゃんは色白だし、このくらいの色が似合うね」

「……嬉しくないんだが」

「そういわないで。ほら、笑って!」


 思いの外力強く手を引っ張った美羽は、俺と顔をくっつけるようにしてスマホを構えた。

 瞬間、淳之輔先生と部屋で顔をくっつけて写真を撮ったことを思い出した。あの時はものすごく緊張したんだけど、今は特に何とも感じないのは、美羽との付き合いが長いからだろうか。

 というか、ここで拒否して喧嘩になったり、気まずくなったら親戚づきあいも悪くなりそうだもんな。


「ほら、こうして撮る時、可愛かったり、ちょっと良い匂いした方がどきどきしない?」

「……残念だけど、お前には全くないな」

「ケンカ売ってる?」

「お前だって俺にそういう気はないだろが」

「あーね。あったら、こんなくっついてられないか」


 けらけら笑った美羽がシャッターを切る。

 スマホに納められた俺は、にこりとも笑っていなくて不機嫌な顔をしている。しかも、ピンクの唇が妙に浮いている気がした。


「うーん、いまいち。今度、もっとちゃんと化粧して撮ろうよ」

「撮るか、アホ!」

「えー、双子コーデしようよ!」

「それが目的か!」

「えへへっ。相沢さんも、いってたじゃない。あたしと星ちゃんが双子みたいだって。双子コーデ、憧れてるんだよね」

「断る!」

「星ちゃんのケチ」


 美羽が文句をいったその時だった。


「瑠星?」


 聞き覚えのある声がして振り向くと、そこに淳之輔先生がいた。

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