迎えた一学期の終業式。
渡された成績表を睨みつける。一年の終わりでは、1こそなかったものの、数学は見事に2が並び、理数科目は惨敗でペンギンの行列が見かなえるような字面だった。担任の一言も、文系に進むからといって、理数科目を疎かにしないようにと書かれていたくらいだ。
俺なりに頑張った。これでまたペンギンの行列だったら、淳之輔先生にも申し訳ない。というか、俺に理系の才能はゼロだっていわれるも同然だよな。
開かないと確認は出来ない。わかっているけど、ものすごく勇気がいる。まるで、入試結果を見るような気分だ。
一度深呼吸をして、恐る恐る開いた。
科目名から目を逸らして見た五段階の数字は、ざっと数字を見た感じ可もなく不可もなく。
あれ、気のせいか。ペンギンがいない?
勇気を出して横に視線を向ける。
まずは文系科目。国語と社会科はところどころに4が見られる安定感。英語は可もなく不可もなく。コミュニケーションで2を取らなかったのは褒めて良いと思う。理数科目も……2がない!
2がない成績表を見たのは、いつぶりだろう。
何よりも、数学に2がつかなかったことに安堵した。これ、淳之輔先生に早く見せたいな。きっと、大袈裟なくらい安堵してくれそうだ。昨日も、成績表が心配だっていってたもんな。
だけど、写真を送るんじゃなくて、直接見せたい。
壇上で、担任が夏休みの注意事項や明日から始まる校内夏期講習の注意事項を話している間、上の空になりながら、俺は窓の外を眺めた。
夏らしい真っ青な空が広がっている。
外に出たらきっと暑いだろうな。淳之輔先生は、大学にいってるのかな。いや、きっといってるよな。いつから夏休みなんだろう。
早く会いたい。
でも、成績表を見せたいから会いたいなんていうの、変だよな。そもそも、今日は金曜なんだから少し待てばいいんだし。でも、成績表の内容が嬉しくて、一刻も早く見せたい。喜ぶ先生の顔を見たいがために頑張ったようなもんだし。
悶々と考えながら、もう一度成績表を見る。うん、やっぱりペンギンはいない。
淳之輔先生がこれを見たら「瑠星も美浜大受けるか?」とかいってくれるかな。いや、さすがにそれは無理か。せめて、成績をオール4に上げないと……ハードル高いな。
先生、なんていってくれるかな。頑張ったの認めてくれる、よな?
それから終礼のチャイムが鳴り、クラスメイト達は次々に帰り支度を始めた。
俺が鞄にものをつめていた時だった。谷川が声をかけてきた。
「瑠星、夏休みに長期で出かける予定とかあるか?」
「いや、特にはないけど?」
「よし! それじゃ、夏休み中にステージの振り付けは完璧にしてくれよ」
「あー……学祭か」
「なんだよ。デートの誘いとか思ったのか?」
「いや、お前に誘われても嬉しくないし」
「そういうなって。女装してデートしてくれて良いんだぞ!」
「ったく、どいつもこいつも人に女の格好させたがって」
呆れてため息をつくと、谷川が首を傾げた。
はたと気付く。美羽が俺と双子コーデしたいとかいってるのをこいつが聞いたら、大騒ぎになるよな。ましてや、淳之輔先生が俺に女装させようとした──まあ、女装デートなんて、冗談だろうけどさ──ことがあったなんて聞いたら、こいつのことだ、悪乗りして美羽を巻き込んで夏休みに遊びに行こうとかいい出しかねない。
「どいつもこいつも? 他からも女装デートしようっていわれたことあるのか?」
無駄に勘のいいやつだ。
「……何いってんだよ、学祭で女装アイドルやらせる時点で、どいつもこいつもだろ」
「あー、そういうこと? でも大衆向けのサービス女装と、女装デートは違うだろ!」
「は? 同じだろうが」
「いやいや、特定のために女装するとか、愛だろ、愛!」
「お前に愛なんてない」
「えー、俺はいつでも大歓迎だけど?」
「ないわー」
どこまでもふざけて笑う谷川は、後ろから声をかけられると振り返った。東が手招いている。一緒にいるのは学祭の美術班だな。
「美術班みたいだな」
「だな。ちょっと行ってくる」
「じゃ、俺は帰るな。また後で連絡する」
「おう! 振り付け動画のURLを送るから練習しろよ!」
机の角にぶつかりそうになりながら、谷川は慌ただしく東のところへと走っていった。二人とも、本当に学祭の準備が楽しくて仕方ないんだな。
夏休み前で浮かれる様子や、学祭の準備で盛り上がっている面々を横目に、俺は教室を出た。
片手をぽっけに突っ込んだと同時に、スマホが着信を伝える。画面に上がったポップアップを見ると、谷川からだった。さっそく、動画のURLと夏休みの予定確認が送られていた。
開いてみると、何回か集まりたいから都合のいい日を教えてくれと書いてある。
特に予定がある訳でもないが、わざわざその為に学校に来るのか。「考えておく」とだけ返信し、スマホを戻してさっさと学校を後にした。