当然だけど、校舎の外は
いや、もう茹蛸になるどころか、唐揚げかフラポになるんじゃないか。首がジリジリと焼ける感覚に、フライヤーのカゴに放り込まれるのを想像した。
揚げられる前に、どこかに避難した方がいいかもな。
最寄りの駅まで徒歩十分。それならまだ、商店街を抜けて軒先の影を狙って歩けば耐えられる。だけど、電車を降りてから自宅に向かう坂道を、この炎天下で歩いていくのは自殺行為に思える。避難、決定だな。
ファミレスかバーガーショップ、手ごろな店が開いていればいいんだけど。残念なことに、学校の最寄り駅周辺は、どこの店も学生ばかりだった。
皆、考えることは同じだよな。
そうなると、ひとまず乗り換え駅まで出る方がいいか。あっちの方が駅も大きいし、どっかしら店も開いているだろう。最悪、自宅の最寄り駅にあるビルで時間を潰してもいいかな。スーパーのイートインコーナーが空いているかもしれない。
日が沈むまで耐久できる場所を求めて電車に乗りむと、肩を誰かが叩いた。振り返ると、額に汗をかいた美羽がいた。
「星ちゃん! いっしょに帰ろう」
「まあ、途中までなら構わないけど」
「途中? 何か予定があるの?」
「暑いから、どっかに避難しようと思ってさ」
「あー、そういうこと? じゃあ、ゲーセン行こうよ」
「別にいいけど……金使わねーからな」
「えー、取って欲しいアイテムあったのに」
額を拭った美羽は少し残念そうな顔をしたが、食い下がることはしなかった。
なんだ、この大人しさは。いつもなら一回だけで良いからとか、お金出すからとか粘るのに。そこまで欲しいものじゃなかったのか。それとも、他に何か相談があるのか。
揺れる電車のドアに寄り掛かり「どうした?」と尋ねると、美羽は「あのね、滝くんのことなんだけど」と声をひそめた。
「滝? 衣装作りの話か?」
「あー、まあ、そんなところっていうか……滝くん、ゴスロリ系好きかな?」
「さあ? 本人に聞けば?」
「それでドン引きされたら嫌じゃない!」
「は? 衣装のデザインとして聞くんだろ?」
「え、あ、まあ……そうっていうか……」
なんとも歯切れの悪い返事だ。
もじもじしながら、美羽は「皆の前で聞きにくいっていうか」とぶつぶついい出した。ああ、ゴスロリとかって単語を出す勇気がないってことか。そもそも、俺や滝みたいのは、アイドルの衣装デザインなんて相談されても困る口だと思うが。何より、ゴリラな滝には合わない気がするし。
「……直接、滝に訊けよ」
「星ちゃんが訊いて!」
「何で俺が……?」
「大切な従兄妹のお願いくらい叶えてよ!」
「はぁ!? 意味わっかんねーんだけど」
出たよ。美羽のワガママ全開お願い。なんだよ、大切な従兄妹って。
呆れてため息をつくと、美羽は唇を尖らせて「なんでわかんないのよ」と呟いた。いや、だから何をわかれっていうんだ。
「滝と連絡先交換してんだろ? わざわざ俺を通すことないだろうが」
「……ほんっと、星ちゃんて鈍感だよね」
「は?」
「もういい! 自分でなんとかすれば良いんでしょ!」
突然キレだした美羽は、そっぽを向いた。いや、だから俺は最初から、自分で訊けといってるだろうが。
すっかり機嫌を損ねた美羽とは、乗り換え駅でそのまま別れた。
まあ、最初からゲーセンで金を使う気はなかったから、構わないんだけど……あそこまで機嫌を損ねるようなことなのか?
ちらりとスマホを見て、ため息をつく。
まあ、俺だってクラスの女子に話しかけてこいといわれたら困るよな。致し方ない。一言くらい滝にメッセージ送ってやるか。
手早く「学祭の衣装で、美羽が相談したいことあるっていってたぞ。滝はどんな衣装が好きかだって。悪いけど、連絡とってやってくれ」と送れば、すぐにOKスタンプが返ってきた。
直接話した方が早いだろうから、これでいいだろう。
「それにしても……凄い人混みだな」
ポケットにスマホを突っ込み、顔を上げた俺はげんなりとした。
そこに広がる光景は、予想を超える人混みだ。いたる所に制服を着た学生がいる。
失念していた。うちの高校が終業式ってことは、周辺の高校も同じじゃないか。それどころか、大学生とか専門学生と思われる人たちの姿もある。もしかしなくとも、総出で夏休みに入った感じかな。
これじゃ、店はどこも満席かもしれない。
人混みを眺めながら「どうすっかなぁ」と呟いた時だった。「瑠星?」と俺を呼ぶ声がした。