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第32話 終業式の帰り道、まっすぐ家に帰る高校生はいるのだろうか?

 当然だけど、校舎の外はだる暑さだ。

 いや、もう茹蛸になるどころか、唐揚げかフラポになるんじゃないか。首がジリジリと焼ける感覚に、フライヤーのカゴに放り込まれるのを想像した。

 揚げられる前に、どこかに避難した方がいいかもな。


 最寄りの駅まで徒歩十分。それならまだ、商店街を抜けて軒先の影を狙って歩けば耐えられる。だけど、電車を降りてから自宅に向かう坂道を、この炎天下で歩いていくのは自殺行為に思える。避難、決定だな。


 ファミレスかバーガーショップ、手ごろな店が開いていればいいんだけど。残念なことに、学校の最寄り駅周辺は、どこの店も学生ばかりだった。


 皆、考えることは同じだよな。

 そうなると、ひとまず乗り換え駅まで出る方がいいか。あっちの方が駅も大きいし、どっかしら店も開いているだろう。最悪、自宅の最寄り駅にあるビルで時間を潰してもいいかな。スーパーのイートインコーナーが空いているかもしれない。


 日が沈むまで耐久できる場所を求めて電車に乗りむと、肩を誰かが叩いた。振り返ると、額に汗をかいた美羽がいた。


「星ちゃん! いっしょに帰ろう」

「まあ、途中までなら構わないけど」

「途中? 何か予定があるの?」

「暑いから、どっかに避難しようと思ってさ」

「あー、そういうこと? じゃあ、ゲーセン行こうよ」

「別にいいけど……金使わねーからな」

「えー、取って欲しいアイテムあったのに」


 額を拭った美羽は少し残念そうな顔をしたが、食い下がることはしなかった。

 なんだ、この大人しさは。いつもなら一回だけで良いからとか、お金出すからとか粘るのに。そこまで欲しいものじゃなかったのか。それとも、他に何か相談があるのか。


 揺れる電車のドアに寄り掛かり「どうした?」と尋ねると、美羽は「あのね、滝くんのことなんだけど」と声をひそめた。


「滝? 衣装作りの話か?」

「あー、まあ、そんなところっていうか……滝くん、ゴスロリ系好きかな?」

「さあ? 本人に聞けば?」

「それでドン引きされたら嫌じゃない!」

「は? 衣装のデザインとして聞くんだろ?」

「え、あ、まあ……そうっていうか……」


 なんとも歯切れの悪い返事だ。

 もじもじしながら、美羽は「皆の前で聞きにくいっていうか」とぶつぶついい出した。ああ、ゴスロリとかって単語を出す勇気がないってことか。そもそも、俺や滝みたいのは、アイドルの衣装デザインなんて相談されても困る口だと思うが。何より、ゴリラな滝には合わない気がするし。


「……直接、滝に訊けよ」

「星ちゃんが訊いて!」

「何で俺が……?」

「大切な従兄妹のお願いくらい叶えてよ!」

「はぁ!? 意味わっかんねーんだけど」


 出たよ。美羽のワガママ全開お願い。なんだよ、大切な従兄妹って。

 呆れてため息をつくと、美羽は唇を尖らせて「なんでわかんないのよ」と呟いた。いや、だから何をわかれっていうんだ。


「滝と連絡先交換してんだろ? わざわざ俺を通すことないだろうが」

「……ほんっと、星ちゃんて鈍感だよね」

「は?」

「もういい! 自分でなんとかすれば良いんでしょ!」


 突然キレだした美羽は、そっぽを向いた。いや、だから俺は最初から、自分で訊けといってるだろうが。

 すっかり機嫌を損ねた美羽とは、乗り換え駅でそのまま別れた。


 まあ、最初からゲーセンで金を使う気はなかったから、構わないんだけど……あそこまで機嫌を損ねるようなことなのか?


 ちらりとスマホを見て、ため息をつく。

 まあ、俺だってクラスの女子に話しかけてこいといわれたら困るよな。致し方ない。一言くらい滝にメッセージ送ってやるか。

 手早く「学祭の衣装で、美羽が相談したいことあるっていってたぞ。滝はどんな衣装が好きかだって。悪いけど、連絡とってやってくれ」と送れば、すぐにOKスタンプが返ってきた。

 直接話した方が早いだろうから、これでいいだろう。


「それにしても……凄い人混みだな」


 ポケットにスマホを突っ込み、顔を上げた俺はげんなりとした。

 そこに広がる光景は、予想を超える人混みだ。いたる所に制服を着た学生がいる。


 失念していた。うちの高校が終業式ってことは、周辺の高校も同じじゃないか。それどころか、大学生とか専門学生と思われる人たちの姿もある。もしかしなくとも、総出で夏休みに入った感じかな。

 これじゃ、店はどこも満席かもしれない。


 人混みを眺めながら「どうすっかなぁ」と呟いた時だった。「瑠星?」と俺を呼ぶ声がした。

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