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第33話 避暑先は、先生のマンション!?

 振り返ると、そこに淳之輔先生がいた。

 いつもの黒い服とは違う白を基調とした服装の先生は、すごく爽やかな印象だ。まあ、この暑い炎天下で真っ黒い格好は命とりだよな。


「瑠星のとこも、今日、終業式?」

「はい。大学は……」

「明日から夏休みだよ」


 丁度これから帰るところだという先生の横から「どうも」と声がした。

 見ると、後ろ髪を刈り上げたツーブロックヘアの男性がいた。髪色こそ黒いが、サングラスにピアス、首元にもネックレスが下がっていて、指にもごつごつとしたシルバーリングがついている。偏見かもしれないが、遊んでそうな人だな。淳之輔先生の友達なのかな。

 ぺこりと頭を下げると、その人は「噂の瑠星ちゃん?」と訊いてきた。


 ちゃん付けで呼ばれるのって、いつぶりだろう。いや、美羽に星ちゃんとは呼ばれているけど、赤の他人に突然そう呼ばれることはないし。最近は、ちゃん付けの呼び方を良くないっていう人も多いから、なおさら驚いてしまった。


 俺が黙って何も返さなかったからだろうか。淳之輔先生は、その人に「ちゃんはやめろ」といって、ため息をついた。もしかして、俺が気分を害したとでも思ったのかな。別に、それほど気にはしてないんだけど。


「あー、ごめんね。ちゃん付けは癖っていうか、悪気はないんよ。泉原っていいます。よろしくね」

「はあ……若槻瑠星です」

「もしかして、俺の印象最悪?」

「お前の印象が地に落ちても、俺にはどうでもいいことだけどな。ほら、さっさとバイトに行け」

「へいへい。瑠星ちゃん、またね」


 結局、ちゃん付けを直す気はないらしい。

 手をひらひらと振った泉原さんは、人混みに消えていった。


「悪いやつじゃないんだよ。許してやってくれる?」

「え? 別に、気にしてないですよ。ただ、なんていうか……距離感がおかしい人だなとは思いましたけど」

「ははっ、あいつ、誰にでもあんな感じなんだよ。後で、注意しとくな」


 苦笑を浮かべた淳之輔先生は、話を変えるように「なあ、瑠星」と俺を呼んだ。


「これから家に帰るのか?」

「あー、だいぶ暑いから、日が沈むまでどこかに避難して勉強しようかと思ってたんですけど……」

「店で耐久勉強とか?」

「まあ、そんなとこです。ただ、どこも満席そうだから」


 どうしようかなとぼやく俺に、淳之輔先生は軽く「俺んち来る?」といった。


「え、でも今日は、夜に来てもらう日だし」

「だから、今日は何も予定入れてないし、なんなら昼間から勉強付き合うよ。お母さんにもそう連絡入れたらよくない?」

「ええっ!?」

「うん、そうしよう。食い物と飲み物買っていこうか」

「で、でも!」

「遠慮するなって。ほら、行くぞ」


 俺が断る隙も与えない感じで、淳之輔先生はさっさと決めてしまった。

 意外と強引なところもあるんだな。そんなことを思いながら、先生を慌てて追いかける。すると、こっちを振り向いた顔がちょっと嬉しそうに見えて、ドキッとした。


 あ、いや、なんだこのドキッて。


「今日、終業式なら、はじめから約束してたら良かったな」


 笑ってそんなことをいう淳之輔先生と一緒に、俺は乗ってきた電車を戻って五つ目の駅で降りることになった。


 降り立った駅の改札口を出て、暑い日差しを見上げる。緊張でバクバクと心臓を鳴らしている俺だけど、どうしてこうなったと冷静に考える自分もいた。


 店が満席なのが悪いのか、そもそも先生と偶然出会ってしまったことが悪いのか。


「ここから五分くらいだから」

「あ、はい」

「そこのスーパーで買い物していこう」


 そういった先生が指さしたのは、横断歩道を渡った先に見える大型スーパーだった。

 暑い日差しが首筋をじりじりと焼く中を抜け、自動ドアをくぐると、無意識に大きなため息が出た。そんな俺を見て、淳之輔先生は朗らかに笑う。


「毎日暑いよな」

「焦げそうです」

「ははっ、焦げる前に冷やそうか?」


 淳之輔先生がそういいながら指差している方向を見ると、イートインコーナーにアイスクリーム屋があった。


 色とりどりのアイスクリームが並ぶショーケースの前で立ち止まると、店員さんが「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。それを気にもしないで、淳之輔先生はショーケースの中を無邪気に覗き込んでいる。

 意外な子どもっぽさに驚いて、じっとその横顔を見てると、先生は俺の視線に気付いたらしい。少し照れくさそうに笑いながら、ショーケースを指差した。


「子どもの頃、スーパーに来るとアイスが食べたいっていっても、買ってもらえなかったんだよね」

「俺も、あんま買ってもらった記憶ないです」

「だからさ、つい、買いたくなるんだよな。あと、ダブルとトリプルに憧れなかった?」

「あー、わかります! 一人で食べきれないだろうって、買ってもらえなかったです」

「だよな」

「まあ、今でもダブルなんて買わないですけど」

「マジ? じゃあ、俺と一緒にダブル食べよ。瑠星、どれが一番好き?」


 えっと思う前に、淳之輔先生は店員さんにダブルのコーンでと注文を始めてしまう。


「……ブルーベリーチーズかな」

「ラムレーズン、食える?」

「好きですよ」

「じゃあ、お姉さん、ブルーベリーチーズとラムレーズン。ダブルでね」

「ブルーベリーチーズとラムレーズンをダブルお一つでですね。今、キャンペーン中で、ミニアイスをお付けしています。どちらにしますか?」


 店員さんは、手にしたアイスクリームディッシャーをカチャカチャと鳴らしながら尋ねる。横を見ると、確かにキャンペーン中のポップがある。どうやら、どれでも好きなものを選べるみたいだ。


「んー、瑠星、何が良い?」

「え、俺?」

「そそ、焦げそうな瑠星が決めていいよ」

「焦げそうって……じゃあ、焦がしキャラメル」


 新作と札がついた茶色いアイスを指差すと、淳之輔先生は笑いながら「そうきたか」と呟いた。別に、焦げそうっていったことにかけて選んだわけじゃないんだけどな。

 楽しそうな先生を見てたら、まあ良いかって気分になって、無意識に口元が緩んだ。

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