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第34話 トリプルアイスと幼い日の思い出

 店員さんに「焦がしキャラメルで」といった淳之輔先生は、ワクワクとした顔でアイスが積み上がる様子を眺めていた。その横で、俺もつい店員さんの手の動きを追っていく。


 レーズンがたっぷり入ったラムレーズンの上には、ブルーベリージャムでマーブル模様になってるブルーベリーチーズチーズケーキ、そして、最後に小さな茶色い焦がしキャラメルが載せられる。

 図らずもトリプルになったコーンアイスが差し出された。


「瑠星、持ってて」

「あ、お金」

「年下に払わせるほど困ってないよ」


 スマホを出して、さっさと会計を済ませてしまった淳之輔先生は、イートインコーナーの空いている席を指差した。

 イートインコーナーも学生が多かった。


 気のせいか、視線を感じる。こんな綺麗な人がスーパーのイートインコーナーにいるってだけでし気になるのはわかる。特に、女子の視線を引き付けるよな。その横にモブな俺がいて、本当に申し訳ない。というか、視線が痛くてこの場から逃げ出したいくらいなんだ。


 空いていた二人掛けの小さなテーブル。向かいに座った淳之輔先生の手が伸びてきた。ささった小さなスプーンを取りながら「融けちゃうよ」といいながら、てっぺんの焦がしキャラメルアイスをすくった。


「いただきます」といって、俺もスプーンですくって口に運ぶ。

 少し塩が入ってるのか、くちどけのいいキャラメルの中のほどよい塩味がじんわりと口の中に広がった。


「焦がしキャラメル、初めて食べたけどうまいな」

「少ししょっぱいのが良いですね」

「たまには新作食べるのもいいもんだな」

「たまに? もしかして、いつもラムレーズンなんですか?」

「もしくは、バニラか抹茶」


 意外に地味というか、冒険心の感じられない選択肢で、つい「マジで?」と返してしまった。それに淳之輔先生は、気を悪くするどころか嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。


「子どもの頃さ、ラムレーズンは大人の味だっていわれて、食べさせてもらえなかったんだよね」

「あ、それ俺もいわれました」

「だから、ラム風味のシロップで、酒なんて入ってないって知った時はショックだったな」

「え、アルコール入ってないんですか?」

「スーパーに入ってるようなチェーン店のは、入ってない場合もあるらしいよ」


 下からアイスをすくい、口に含んだ淳之輔先生は「これもアルコール感じないね」といって笑った。


「子どもでも食べられるようにかな?」

「そうかもね。でもさ、大人の味だっていわれて、わくわくしながら初めて食べた時は美味しいと思わなくてさ」

「あー、確かに俺も最初はそうだったかも。それより、チョコとかイチゴが好きでした」

「俺もバニラの方が美味いって思ったな。でも、なんかそれが悔しかったんだよ。無理して美味しいっていいながら食べてさ」


 懐かしむようにして目を細め、先生は「子ども扱いされたくなかったんだろうな」といいながら、少し融けたアイスをすくった。

 意外と意地っ張りなところがあるんだと、なんだか自分に近いものを感じ、そわそわしながら俺はアイスを口に運んだ。


「あ、そうだ。瑠星」

「なんですか?」

「お母さん、今は仕事中? それなら丁度、昼休みくらいじゃない?」

「あ……多分、そうです」

「ほら、俺といるって電話しときなよ」


 そうだったと思い立ってアイスを先生に渡し、スマホに持ち換える。通話を繋げると、母さんはすぐに出た。


「母さん、あのさ。今、淳之輔先生といるんだけど……うん、そう。偶然駅で会って。で、これから勉強教えてくれるって……あ、うん、わかった」


 先生にスマホを渡すと、代わりにアイスが渡された。

 融け始めたところをスプーンですくい、食べながら先生の様子を眺めていると、ぬっとスプーンが伸びてきた。


「いやいや、暇してましたから気にしないで下さい」


 にこにこしながら話す先生は、合間にスプーンを口に放り込む。器用に食べるな。

 二度三度頷きながら「大丈夫ですよ」とか「先日のお礼ですから」と返事をする先生が、あっという顔をした。そうして、持っていたスプーンで俺の手を指し示す。


 アイスが垂れかかっているのに気付き、咄嗟に反応した俺は、それを舐めとってハッとした。

 人が口付けたのなんて、先生食べたくないよな。

 焦って顔を上げると、淳之輔先生はちょっと驚いたように目を見開いていたけど、すぐに頬を緩めた。


「それでは、帰る前に連絡を入れるよう、瑠星くんに伝えます。はい、わかりました。お仕事の合間に、失礼しました」


 通話が着られたスマホがテーブルに置かれる。


「先生、あの」

「お母さん、よろしくだって。帰る時に連絡するよう言ってたよ」

「あ、はい……」

「アイスで手汚れなかった?」

「それは、大丈夫だけど……つい、口付けちゃって」

「あー、そんなこと? 気にしてないよ。それよりほら、融けちゃうから」


 さっさと食べて買い物していこうといった淳之輔先生は、ラムレーズンとブルーベリーチーズケーキをいっぺんに、下からすくい上げた。

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