真剣に問題を解く瑠星を見ながら、俺もまた真剣に考えていた。
出会った時、瑠星の成績を見て、正直「とんだポンコツに当たった」と思った。文系科目がまだ救いだったことで、なんとかそこそこの成績に上げられたらいいだろうくらいに考えていた。それくらい、あの時の瑠星にはやる気も目標もなさそうだった。
それが、一ヵ月ちょっとでこんなにも変わるもんなんだと、ただただ驚いている。
元来の負けず嫌いや頑張り屋な部分が、そうさせているんだろう。だから、冬までに志望大学が決まれば良いなと思っていた。そうすれば、また一歩前に進めるだろう。国立大は難しいだろうが、そこそこ名の知れた私立大にいけるくらいにしてやりたい。
そう考えていたのに、まさか、美浜大を受けたいだなんて。
まあ、期末テストの結果が出た時で、すでに瑠星にスイッチが入っているのは想像がついたけど。
それにしても、どうして美浜大なのか。
瑠星がいうように、親は通える距離の国立大だと嬉しいだろうけど。それだけなのか。
そもそもうちに、瑠星に向いた学部はあったか?
経済、経営、教育、理工、都市科学──今の瑠星じゃ、経済、経営は厳しいもんな。理工なんてもってのほかだろう。となると、教育学部か。教師や講師になりたいっていうなら、それもありだろけどな。あとは、都市科学か。あそこなら、文系からもチャンスはありそうだな。建築科は厳しいだろうけど。
ただ本当に、瑠星のやりたいことに合致するかはわからない。
写真を撮るのが好きっていってたし、もっと、別の道の方があってる気もするんだよな。それなのに、美浜を受けたいだなんて。もしかしたら、誰かが美浜に行こうとしているのか。俺みたいに、
瑠星は、そいつのことが好きなのだろうか。
そう考えた瞬間、あの従兄妹だという女の子の顔を思い出した。大沢美羽、だったか。
小さくて、JKらしい可愛い子だった。瑠星と並んだで写真を撮る姿は、傍から見たら高校生カップルにしか見えないだろう。俺も、一瞬、そう思って嫉妬したくらいだし。
ノートに向かって、真剣にシャーペンを走らせる姿を見ながら、気付かれないようにため息をつく。
瑠星が同じ大学に通うようになったら、そりゃ嬉しい。まあ、その時の俺は四年になるし、学部も違えば関わりなんてほとんどないだろうけど。それでも、同じ学生時代を共有できるとか、青春っぽいじゃないか。
想像してそわる気持ちを、冷静な俺が鼻で笑った。
もしも瑠星が他の誰か、例えば大沢美羽と一緒に通いたいための受験だとしたらどうだ。下手したら、片思いしているとか相談されるようになるんじゃないのか。
可愛い二人が寄り添って笑っている姿を想像すると、とたんに嫉妬心が芽生える。
それが、一般的にある青春ってやつだろう。──冷静な俺が心の内で独り言ち、泉原が「もう、手遅れだな」と呆れたようにいう姿を思い出した。
問題に向かう瑠星が、唇を真一文字に引き結んでいる。
柔らかそうな血色のいい唇は、リップなんて塗らなくても綺麗だ。本当に可愛い。そう思ってしまうくらいだ。やっぱり、手遅れなんだろうな。
だけど、その唇に触れたりしたら、きっと、瑠星は離れてしまう。
公園で触った時、すごく困ってたじゃないか。硬直して、怯えていたじゃないか。
瑠星は俺と違うんだ。きっと、大沢美羽の方が──
「先生、タイマー鳴ってるよ」
瑠星の声にハッとした。
「え、あー、ごめん。ちょっと考え事してた」
「淳之輔先生でも、ぼーっとすることあるんだね」
「そりゃ、まあ……どれ、採点しようか」
思わず苦笑を零し、タイマーを止めると赤ペンに手を伸ばす。解答を見ながら間違いにチェックを入れると、瑠星は小さく悔しそうにうめき声を零した。
「これ、前も似たような問題で間違えたよな」
「おかしいなぁ……ちゃんと図だって書いたのに」
「どこが間違えたか、一緒に見ていこうな」
唇を尖らせる瑠星が、すっかり汗をかいたマグカップに口をつけると、牛乳ましましの濃いカフェオレをごくりと飲み込んだ。
今は、瑠星が誰を好きだとか考えるのはよそう。
こうして俺を頼ってくれている。家庭教師として側にいられるだけで良いじゃないか。
そう思いながら、俺もマグカップに手を伸ばした。