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第39話 夏休みのプランが勉強一色は、さすがに息がつまる?

 休憩を挟みながら三時間ほど、数学の問題に向かった。

 さすがに頭が疲れて欠伸が出てきた頃、淳之輔先生が「息抜きしようか」といって、スナックと麦茶を持ってきた。


「瑠星は本当に頑張り屋だよな。いつもこんな感じなのか?」

「え、あー……家では集中できないから、外でまとめてって感じかな」

「ああ、前もそんなこといってたな」

「先生の部屋だと、誘惑するものもほとんどないし、監視があると思うと集中できます」

「じゃあ、この夏は勉強が捗るな」


 そういった先生は、手帳から畳まれた用紙を引っ張り出した。渡されたそれは二枚重なったコピー用紙だった。七月と八月の予定が入った手帳のページがコピーされ、何カ所か赤ボールペンで丸がつけられている。それと、青い丸もある。


「一日空いてる日が赤丸な。青は半日空いてるから、連絡くれたら対応できる日。いつでもおいで」

「……本当に良いんですか?」

「構わないよ」

「けっこう赤丸多いけど……」

「大学が休みに入ったからね。基本的に昼間は暇してるよ。バイトとサークルでの打ち合わせでいない日もあるけど」

「彼女さんとデートもあるんじゃないですか?」

「は?」


 軽い気持ちで尋ねると、先生の指からぽろっとスナックが落ちた。いや、そんなに驚くことじゃないだろう。こんなにイケメンなんだし、女の子が放っておくとは思えない。それに、左手の薬指に指輪だってしているし。

 ほんの数秒の無言の意味がわからない。

 堪えかねて麦茶を飲んでいいると「いないよ」と淳之輔先生がいった。


「さっきもいったと思うけど、彼女はいないよ」

「え? でも、薬指に指輪」

「ああ、これな。ちょっと厄介なのに粘着されていてさ。女除けみたいなもんだよ」

「粘着って、ストーカー?」

「んー、被害はないからそこまでではないけどな。迷惑はしてる。で、恋人がいるふりをしてるんだよね」


 左手の甲を俺に向けた先生はため息をついた。


「女友達といるだけで、その子は誰とか詰め寄られたり、周りに迷惑かけたりってこともあってさ」

「えげつないですね」

「ああ、本当に。だから、最近一緒にいるのは泉原くらいだな。けど、夏休みまでアイツとばかりつるむってのもな……そんな訳で、この夏は予定ががら空きなんだ」


 小さなため息が聞こえた。

 本当に迷惑しているみたいだ。イケメンっていうのは大変なんだな。あー、でも。もしかしたら、先生って誰にでも優しそうだから、その粘着してる女にも優しい言葉かけたことがあったのかも。


 知り合って日が浅い俺だって、至れり尽くせりな状況だもんな。優しい先生にこうして頼っちゃってるし。もしも、女の子だったら勘違いしてもおかしくない気がする。憧れの先生の部屋で、手料理食べたりしたらさ。

 とはいえ、付き纏われたら、誰だって迷惑だよな。


「先生が不憫に思えてきた」

「だろ? だから、瑠星がこうして来てくれるのは嬉しいんだよ」

「そういうことなら……迷惑にならない程度に、勉強しに来ます」

「迷惑になんて思わないって。瑠星に勉強教えるのも楽しいしさ。あー、でも、せっかくの夏休みに勉強一色じゃ、瑠星も息がつまるよな」

「うーん、まあ、そうかな?……先生は、どっか行きたいところあるの?」

「行きたいところ?」

「俺となら、出かけても問題ないんじゃないかなと思って」

「……え?」

「ほら俺だったら、その粘着してる人に万が一見られても、問題ないじゃん」


 多分だけど、その人は淳之輔先生が女の子といることを嫌に思うんだろうし。泉原さんとはよくいるなら、男の俺が一緒でも先生の恋人には見えないんじゃないかな。


「……そうなのか?」

「何で首傾げるんですか?」

「いや、ほら、瑠星、可愛いから、勘違いされないかと」

「は?」


 淳之輔先生のいうことが理解できずに訊き返すも、先生は押し黙ってしまった。

 どう頑張ったって、俺が女に見えるわけがないだろうに。


「淳之輔先生?」

「……まあ、もし見られても、弟だっていえば良いのか。いや、俺に弟がいないってのは知ってるよな。じゃあ、遠い親戚ってことにすれば」

「せんせーい、聞こえてますか?」

「うん。じゃあ、水族館でも行こうか」


 ぶつぶついっていた淳之輔先生は、唐突に提案してきた。何だかよくわからないが、自己完結をしたらしい。


「来年こそ勉強ばかりの夏休みになるんだし、少しくらい遊ばないとだよな!」

「まあ、そうですが……」


 いやいや、淳之輔先生を不憫に思って、俺は遊びに誘ったんだけど。もしかして、粘着されてるっていっても、心配するほどのことではなかったのかな。

 まあ、いいか。先生、なんか楽しそうだし。

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