「で? 星ちゃんから先生を水族館デートに誘ったと。大胆ね」
「デートじゃないって。遊びに行くだけだって」
「二人っきりでしょ? 充分デートよ」
生クリームとベリーが山盛りになったパンケーキ皿を前にして、フォークをひらひらと動かした美羽は、ふわふわのパンケーキにナイフをさっくりと差し込み、幸せそうにふふっと笑った。
「そんなこと言ったら、今日はお前とデートしてることになるだろ」
「あー、ね」
特別気にもしていない様子で、美羽は一口に切ったパンケーキを口に運んだ。俺はといえば、カフェオレをストローでかき混ぜ、たまらずため息をついた。
今日はデートなんかじゃない。
この前約束した山盛りベリーパンケーキを奢りに、カフェ・リーベルに来ただけだ。そしてメインは、俺の服を買いに行くこと。断じて、恋人と甘い時間を過ごすとか、そういうのじゃない。
「星ちゃんは、細かいよね」
「なんだよ、それ」
「あたしは別に、恋人じゃなくてもデート楽しんで良いと思うよ」
「お前……節操ないな」
呆れた俺がそういうと、美羽は少し眉間にしわを寄せた。
「何エロいこと考えてんのよ。そうじゃなくて、デートってもっと気軽に楽しんで良いと思うってこと」
「意味わかんねーし」
「じゃあ、聞くけど。星ちゃんは水族館に行くの楽しみじゃないの?」
「そりゃ、楽しみだけど……」
「一人で行くのと、どっちが楽しいと思う?」
「いや、一人で行くもんじゃなくね?」
「質問に質問で返さないでよ。別に、水族館とか動物園って、一人で楽しんで良いと思うよ。っていうか、一人で行く人に失礼じゃない? 推し動物に会いに行く人もいるでしょ!」
「……まあ、そうなのか?」
「そうなの! だけど、誰かと二人でその場を楽しむなら、それはもうデートよ。つまり、星ちゃんは今日を楽しく思ってないから、デートじゃないっていうんだよ」
よくわからない持論を展開され、もうこいつのいうことに反抗するのはよそうと思いながら、カフェオレに逃げた。
まあ、確かに……美羽には悪いが、今日が楽しいとは微塵も思っていないしな。
若干の気まずさを感じていると、美羽が「それにしても」と話しかけてきた。
「男の人でもストーカーにあうんだね」
「あーそれな。被害はないって、先生はいってたけどさ。友達と遊びに行く機会を控えてる時点で、充分、被害だよな」
「そうそれ。その女、どうにかならないかしらね」
「警察に相談とかしてんのかな」
「実害がないと警察も動かないんじゃない? 男がストーカーにあうなんて理解してもらえなさそうだし」
「差別だな」
「世の中そんなもん、偏見ばかりよ。星ちゃんだって、色眼鏡で物事見てるじゃない」
「そんなことないと思うけどな」
「あるわよ」
きっぱり言い切った美羽に、どんなとこだよと訊いても、自分で考えなさいといわれてこの話は打ち切られた。
ふと窓の外を見た時、見覚えのある姿が目に付いた。
「あれ……」
「どうしたの?」
「いや、さっきそこに先生が」
「えっ、どこどこ!?」
一瞬、美羽の方を見て、再び窓の外に視線を戻したけど、もうそこに先生らしい後ろ姿はなかった。
「気のせいだったみたいだ」
「えー、もう、紛らわしいな。先生のことばかり考えてるから、見間違えるのよ」
「そんなんじゃねーし」
別に、いつも先生のことを考えている訳じゃないし。
もう一度窓の外を見ると、美羽が「ほら考えてる」と呟いた。まったく、何なんだよ。
それから美羽に振り回されるようにして服を買って、汗だくになりながら家に戻ったのは、ずいぶん遅い時間だった。
ショップバックを投げ出し、ベッドに飛び込む。そうしてエアコンのリモコンに手を伸ばした。
本当に疲れた。女子っていうのは、ガチで買い物が好きなんだな。
とりあえず、それなりに見える服が数着買えたらいいと思っていたのが甘かった。有名ファストファッションのチェーン店で終わるかと思いきや、美羽オススメのショップに連れ回され、靴やアクセサリーの店にまで行った。服だけで良いといっても「付き合ってあげてるんだから文句言わない!」と押し切られる始末だ。
帰り際、また行こうねと笑顔でいわれたことを思い出し、顔が引きつった。
「……もう二度と、美羽に頼るのはやめよう」
あいつと付き合う男は大変だな。とはいえ、さっさと彼氏の一人や二人作って、俺を開放して欲しい。
本当に疲れた。
ぐったりしていると、仕事から帰ってきた母さんが部屋に入ってきた。
「美羽ちゃんとのデート楽しかった?」
「だから……デートじゃねぇし」
「あら、ご機嫌斜めね。どれどれ……あらー、お洒落な服ね」
ショップバックに入ったままの服を出した母さんは、目をキラキラさせた。美羽のやつは、きっと、母さんみたいな人と買い物に行った方が楽しいんじゃないかな。
「結構高かったんじゃない?」
「貯めてた金が一気に消えた……淳之輔先生と出かける約束してんのになぁ」
「あら、先生と?」
「あー、うん。勉強ばかりじゃ息詰まるだろうからって」
「先生は本当に気遣いが出来るのね。そういうことなら、お小遣い出すわよ」
「マジで!?」
「当然でしょ。先生にお金使わせちゃ申し訳ないもの」
ベッドから跳び起きた俺は、予期せぬ軍資金を母さんからもらえることになり、心底安堵した。
これで、心おきなく水族館を楽しめる。
デートではないけどさ。水族館に行くのは十年ぶりくらいだ。ペンギンや白クマの水槽とか懐かしさしかないよな。そういえば、白瀬水族館ってリニューアルしたんだっけ。
軍資金の心配もいらなくなり、水族館に行く日を考えたら、とたんに当日が待ち遠しくなった。