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第41話 やってきました白瀬水族館。家庭教師の先生は写真を撮る気満々です

 淳之輔先生と駅で待ち合わせ、白瀬水族館がある白瀬頼島しらせよりしま駅へと向かう途中、ローカル線に乗り換えた。

 夏に入ったばかりの白瀬海岸は、海水浴客も多いのだろう。ローカル線だというのに、電車内は家族連れにカップル、学生で溢れかえっていた。

 密着するほどの距離で、淳之輔先生が「夏休みっていうのを、なめてたな」とぼやいた。


「水族館も混んでそうですね」

「九月に入ればもう少し人も減るだろうけど、瑠星は学校始まるもんな」

「え、大学は休みなの、ズルくない?」


 思わず素直な言葉がついて出ると、俺を見降ろした先生は苦笑を見せた。


「俺も高校の時そう思ったな。まあ、休みっていっても、十月の学祭の用意とかあるんだけどな」

「美浜祭?」

「お、知ってた?」

「クラスメイトが見に行くっていってましたよ」

「瑠星は来ないの?」

「んー、どうしようかな……俺の友達で美浜受けるヤツなんていないし、誘いにくいかな」

「別に一人で来たら良いんじゃない? 案内するよ」


 にこりと笑う先生に、ちょっと気持ちが傾いた。

 行ってみたい気はする。今の俺じゃ、美浜大に合格なんて夢のまた夢だけどさ。先生がどんなところで普段勉強してるのかも気にはなるし。でも、ぼっち参戦はやっぱり勇気がいるよな。

 考えときます。と返事をしようとした時、ちょうど目的の駅に到着した。


 電車に乗っていた人たちが、ぞろぞろと降りていく。俺も淳之輔先生の背中を追うように外へ出た。その瞬間、蒸し暑い空気の中、潮風が吹き抜けて前髪を揺らした。


「さすがに暑いな」

「今日、天気良いですからね」


 改札を抜けると、賑やかな女子や子どもの声が横を通り過ぎていった。荷物を抱えている。海水浴客だろう。

 人混みを目で追っていると、淳之輔先生が「海水浴かな」といった。


「ぽいですね」

「瑠星は泳ぐの好きか?」

「んー、あまり……水泳に良い思い出ないし」

「そういえば、水泳教室通ってたんだっけ?」

「嫌々ですよ。仮病つかって何度サボろうとしたか」

「マジで? なんで通ってたの?」

「美羽に負けたくない一心かな」

「あー、あの子ね」

「結局は勝てなかったし、水泳教室は嫌いで仕方なかったけど」

「そんなに嫌いだったんだ」

「んー、人前で着替えるとか、スクールバスに乗るとかが嫌でした。帰りは髪が濡れたままなのも嫌だったな」

「泳ぐのじゃなくて、そういうとこ?」


 予想外な返答だったのか、淳之輔先生はげらげらと笑い出す。

 よくよく思い出せば、泳ぐのが嫌いではなかった。タイムは伸びないし、美羽に勝てなかったのは事実だけど、クロールも背泳も好きだった。未だに平泳ぎは苦手だし、バタフライを教わる前に辞めたけど。


「先生は、泳ぐの好きなんですか?」

「いや、嫌いだ。日焼けが辛いし」

「日焼け?」

「焼けると、赤くなるタイプでさ。痛いんだよ、あれが」

「あー! 風呂に入るとヒリヒリするやつ」

「そうそれ。学校のプール、地獄だったよな。大学にはプールの授業がなくて助かってるよ。まあ、あっても履修しないけどさ」


 他愛もない話をしながら道を渡ると、ヤシの木みたいな街路樹が植えられている水族館の入り口が見えてきた。

 イルカやペンギンの形に刈り込まれた植木のトピアリーもあり、その前で子どもたちが親に写真を撮ってもらっている。別の角度では、カップルが写真を撮っていた。

 さすが夏休みだ。入場券の販売窓口にも人が並んで賑わっている。


「あれ、可愛いな」

「どれですか?」

「子ども達が写真撮ってるだろ。植木のイルカ」


 列に並びながら、淳之輔先生が指差したのは、さっき、俺が目で追っていた入り口だ。


「帰りに二人で写真撮ろうか」 

「えっ!?」

「そんな嫌そうな顔しなくてもよくない?」

「べ、別に嫌っていう訳じゃないですよ。ただ……」

「ただ?」


 淳之輔先生の横に並ぶのが恥ずかしいというか。

 首を傾げる先生を見て、さてここで気まずくならないための回答は何かと、秒で考えた。考えた結果……


「写真を撮るのは好きだけど、撮られるのは苦手っていうか」

「じゃあ、苦手克服で撮りまくろうか!」

「はぁ!?」


 驚きの声を上げると同時に、俺に向けられたスマホからシャッター音が聞こえた。


「ちょっ、不意打ちはなし!」

「大丈夫だって。ほら、可愛く撮れた」

「可愛くないです! っていうか、可愛いとかいわれても嬉しくないし」


 見せられた画面には、素で驚いている俺の顔があった。これのどこが可愛いというのか。やっぱり、先生は一度眼科に行く必要がある。いや、待てよ。そういえば眼鏡かけてるから、ワンチャン、視力がものすごい悪いのかもしれない。


「先生、眼鏡の度が合ってないんじゃないですか?」

「眼鏡?」

「俺が可愛いとか、一度眼科行った方が良いですよ」

「あー。これ、伊達眼鏡だよ。俺の視力、両方1.5」


 自慢げに視力を語る淳之輔先生を見て、デジャヴを感じた。あれ、俺もなんか同じようなこといったことなかったか?

 きょとんとしていると、入場券売り場の方から「次の方どうぞ」と声がした。

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