ペンギンの次は、ダイナミックなダイビングを見せるシロクマのプールを見て、それからトンネル状になってる水槽も通った。
それにしても、淳之輔先生はすぐ一緒に写真を撮りたがるんだよな。いつまで経っても慣れやしない。そもそも、綺麗な顔が近すぎるのが心臓に悪い。なんか、いい匂いするし。香水なのか、シャンプーなのかわからないけど、爽やかでちょっと甘い香りだ。
ずっと心臓をバクバクさせていた俺だけど、クラゲの展示コーナーに入った瞬間、あまりの美しさに感嘆の声を上げた。淳之輔先生も「これは凄いな」といいながら、光り輝く水槽を眺める。
女の子たちが一生懸命に写真を撮っている。きっと、SNSにあげるつもりなんだろう。
「瑠星、写真撮ろう」
「またですか?」
「そんな嫌そうな顔しなくたって良くない?」
「だって、先生と撮ると、顔しか映らないじゃないですか。水槽が撮りたいです」
きっぱり伝えると、一瞬きょとんとした先生は小さく噴き出した。
「じゃあさ、お互いベストといえる写真撮って送り合わない?」
「……じゃあ、ここでは真剣勝負ですよ!」
「え、勝負なの?」
そりゃそうだ。淳之輔先生に、二人で自撮りするよりもうんといい写真を撮って見せつけなければ。
「なんか、変なスイッチ入っちゃったな」
先生のぼやきが聞こえたけど、気にせず手を離した俺は球体の水槽へと近づいた。
ゆらゆらと漂うクラゲは本当に幻想的だ。
大きな水槽の窓ごとに、様々な姿がある。ミズクラゲにアカクラゲ、カラージェリー、パシフィックシーネットル──知っているのはミズクラゲぐらいで、名前のほとんどは初めて聞いたものだ。
傘の部分にある、四つ葉みたいな模様が特徴的なミズクラゲは、ザ・クラゲって感じがする。
ゆらゆらと大量に漂うミズクラゲ。ところどころ模様がピンクの固体があるのが面白い。なんで色がついてるんだろう。
不思議に思いながら、スマホのレンズを向けていると、花のような模様の個体があった。
一、二、三、四、五、六──やっぱり、模様が六つある。もしかしてこれってレアなんじゃないかな。すかさずその個体がもっとも綺麗に見える角度を探して、スマホを構えた。
ど真ん中じゃ、ちょっと素人くさいよな。でも、クラゲは俺のいうことなんて聞いてくれないし、丁度いい場所に流れてくれるのを辛抱強く待つ。きっと、チャンスは一度切り。
ここだってところで、シャッターを切った。
そうして撮ったクラゲの姿は、会心の出来に思えた。思わず顔がニマニマと緩んでいく。
淳之輔先生にさっそく送ろうとした時だった。メッセージが届いたと伝えるポップアップが表示された。それを開いた俺は、予想外の写真に耳が熱くなるのを感じた。
顔を上げ、先生を探す。すぐにその姿は見つかった。俺に気づいて淳之輔先生はひらひらと手を振っていた。
撮ったクラゲの写真を送るのも忘れ、足早に先生に歩み寄る。
「何ですか、コレ!?」
「傑作だろ?」
「どこが!?」
俺が突き出したスマホの画面には、カメラを構える俺の姿が映っていた。
「すっげー真剣に撮ってる姿、可愛かったからさ」
「また可愛いって……先生、しつこいです!」
「ええっ、そんな怒んなくても。あー、いや、悪かったって」
焦りを見せた淳之輔先生は、両手を合わせて謝り出す。その姿を、不意打ちで写真に収めた瞬間、先生の顔が引きつった。
「ちょ、待って! えー、そんなカッコ悪い写真、今すぐ消そう!」
「これで、おあいこです」
「いやいやいやいや!」
「あ、それと」
さっき撮ったばかりのミズクラゲの写真を先生に送り「こういうのを期待してました」といえば、自分のスマホを覗いて驚いた顔をした。
「なにこれ。ミズクラゲって四つ葉模様じゃなかった?」
「珍しいですよね、花みたいで」
「お、しかもピンク色もいるじゃん」
「ああ、それそれ! 雄雌の違いですか?」
「いや。この模様って胃なんだけどさ。飯食った後、その色が出るらしいよ。まだ消化しきれてなかったんだな」
さっきまでへこへこ謝っていた先生は、もういつもの顔に戻ってスマホを面白そうに見てる。そうして、俺の手を掴むと「どこにいた?」といいながら歩き出した。
再び繋がれた手を引っ張り、さっきまでいた場所に戻る。だけど、色がついた模様どころか、花模様の個体すら見つけることは出来なかった。
「隠れちゃったのかな?」
「残念だな。また来た時に探すか。な?」
「そうですね」
「じゃあ……お、そろそろいい時間だな。イルカショー見に行くか?」
淳之輔先生にいわれてスマホを見る。確かに、丁度いい時間みたいだ。
「見終わったら、何か食べようか」
先生に手を引かれ、クラゲの展示ホールを出ると、そのままイルカショーの行われる屋外プールに向かった。