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第45話 水族館のカフェで一休み

 十五分のイルカショーは、その短い時間の中に、イルカの可愛さや賢さ、飼育員さんとの信頼感とかいろんな魅力がぎゅっと詰まっていた。幼い頃に見ていたら、きっと「イルカに乗りたい!」っていってたんじゃないかな。それが、水泳教室に通う理由になってたかもしれない。


 最前列で見ていたため、水しぶきを浴びて、髪や服はしっとりと濡れてしまっている。きっと強い夏の日差しの下で、すぐ乾くだろうけど。


「すごい悪戯なイルカでしたね」

「わざと、こっちに水しぶき作ってたよな。びしょ濡れだ」

「まあ、すぐ乾くでしょうけど」

「今夜はちゃんと髪洗わないと、ごわごわになるぞ」


 淳之輔先生は小さいタオル地のハンカチで、俺の髪を乾かすようにわさわさと撫でまわす。


「楽しかったな。久々に見たけど、イルカって癒されるな」

「けど、夏場で良かったですね。冬場に水をかけられるのは無理かな」

「さすがに、それは勘弁してほしいな。……よし、あらかた乾いたな。何か食いに行こう」


 濡れて少しよれたパンフレットを取り出した淳之輔先生は、館内図を指差す。カフェは何ヵ所かあるみたいだ。


 名物はしらすドッグらしい。ホットドッグの上に山盛りでシラスがトッピングされている写真が載っている。その横には、青色の炭酸水。カップには公式キャラクターらしいペンギンっぽい生き物が描かれているし、海をイメージしているのかもしれない。そういえば、記念写真コーナーのパネルも、このキャラクターだった気がするな。


「飯食ったら、どうする?」

「大水槽のショー、間に合いそうですね」

「じゃ、それ見たらお土産コーナーも行こうか」

「別にお土産買う予定ないけど」

「そう? でもちょっと見に行こう」


 次の行動を決めながら大きいカフェに辿り着いた。カフェって名前がついているけど、スーパーにあるようなイートインコーナーって感じで、小さい子を連れた親子の姿が多かった。

 改めてメニューを眺めていると、淳之輔先生が肩を叩いてきた。振り返ると、窓辺を指差す。


「テラス席から、海にも出られるみたいだよ」

「もう少し涼しい時期なら、テラス席も良いかもしれませんね」

「だけど、トンビに狙われるかもな」

「あー、この辺りって多いんでしたっけ?」

「そうそう。ビーチ沿いの歩道に、トンビに注意の看板あるよ」

「この、マグロの唐揚げなんて狙われそうですね」


 カップに入って売られている唐揚げを指差すと、先生も確かにといって笑う。


「その唐揚げを使ったバーガーもあるみたいだな」

「俺、それにしようかな」

「じゃあ、俺はしらすドッグにするか」


 話ながら列に並んでいると、あっという間に順番が来た。

 マグロのバーガーにしらすドッグ、ポテトとドリンクをセットで頼むと、呼び出しの番号札を渡される。窓に向かって作られたカウンター席へ移動して待つことになった。でも、そう待たずして注文の品はそろった。


 改めて席につき、いただきますと手を合わせる。すると声がそろってしまい、思わず顔を見合った。

 微妙な気恥ずかしさが込み上げた。


 淳之輔先生のかぶり付いたしらすドッグから、山盛りのしらすが落ちていく。俺はといえば、かぶり付いた端からソースをこぼし、自分でもわかるくらい口の端にべったりつけてしまった。当然のように、二人で見合って笑う。


「美味しいけど、ちょっと食べにくいな」

「マグロの唐揚げ侮ってました。むちゃくちゃ美味しいですよ」

「居酒屋の味じゃない?」

「居酒屋行ったことないからわからないです」

「そりゃそうか。あっ、またソースついてるぞ」

「あー、先生も! しらすがこぼれてますよ!」


 騒ぎながら食べて、トレーの上は見る間に空になった。

 時間を見れば、すでに十四時を回っている。思っているよりもお腹がすいていたらしい。なんなら、もう少し食べられそうだな。


「瑠星は、頼島までいったことある?」

「ないです。神社と温泉があるんでしたっけ?」

「俺もないんだよね」

「そもそも、うちの両親ってどっちかというと、海より山派なんですよ」

「もしかして、キャンプ一家?」

「いや、それもないけど」

「山派じゃないじゃん」

「母さんが、海はクラゲがいるから怖い、山は虫がいるから怖い、ていってました。でも、父さんが温泉好きなんですよ。だから、どっちかというと山派」

「お母さん、女子だね」

「めっちゃ女子で困ります」


 ため息をついてからカフェオレを飲み切ると、淳之輔先生は目を細めて「親子仲ほんと良いよね」といった。

 どうなんだろう。俺にとっては当たり前の家族だけど。喧嘩をすることもあるし、それなりに反抗した時期もある。けど、どんなに反抗しても母さんはあの調子だったし、反抗するのがばからしくなったというか。


「女子なお母さんに、水族館の可愛いお土産買っていったら喜ぶんじゃない?」

「そうかな? それよりも、淳之輔先生を撮った写真の方が喜ぶかも」

「俺?」

「母さん、先生の大ファンだし。顔が良いっていってます」

「なんだそれ」


 げらげら笑った淳之輔先生は、スマホを取り出すと「二人で撮ったの、送るな」といって画面をタップし始めた。


「うえっ、俺、まともな顔してないかも」

「そんなことないって。ほら、これとか可愛い」

「……また可愛いって」

「お母さんに見せてやりなよ」


 ペンギンのプール前で撮った写真が俺のスマホに送られてきた。それから、トンネルの水槽に、熱帯魚の前に。意外と二人で撮っている写真が多くて、見ているだけで恥ずかしくなった。

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