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第46話 このままずっと側にいられたらいいのに(淳之輔SIDE)

 土産物コーナーで見つけたペンギンとイルカの小さいぬいぐるみを買った。その片方を瑠星に渡すと、きょとんとして首を傾げた。まるで、あざといペンギンみたいだと内心で思いながら「俺からのお土産ね」というと、少し困った顔をする。


「それはお母さんへのお土産でしょ?」

「えー、まあ……」

「一個ぐらい自分のも買わないと。せっかく来たんだからさ」


 袋から出したペンギンを見せ、自分の鞄に下げると、瑠星は「ありがとうございます」といいながら、渡した袋からイルカのぬいぐるみを取り出した。


「あ、これキーホルダーになってるんだ」

「鞄に下げるにはちょっと大きいかな?」

「うーん、大きいかも」

「じゃあ、部屋にでも置いてあげて」

「先生も買ったの?」

「うん、ペンギンな。ほら、こいつ。瑠星のことじっと見てたペンギンと同じフンボルトだろ」


 何を思い出したのだろうか。眉をひそめた瑠星の頬を、ペンギンのぬいぐるみでつつくと、少しその頬が赤くなったように見えた。本当に可愛いな。

 手の中のペンギンを見て、まさか瑠星に見えたなんていえないよなと内心で苦笑した。


「俺のがイルカなのは何でですか?」

「クラゲと悩んだんだよね。けど、イルカに海水かけられたのが一番の思い出かなと思ってさ」

「……クラゲの水槽で隠し撮りされたのも、充分思い出です」

「隠し撮りって、言い方!」


 つんとしながらいう瑠星だけど、たぶん照れ隠しなんだろう。さらに頬が赤くなったような気がした。


 それから大水槽のショーも見て、帰り際には水族館入り口の植え込みで写真も撮った。来た時は嫌がってたけど、すっかり二人で写真を撮るのも慣れてくれたみたいだ。

 苦手克服とかいいながら、その実、俺が瑠星と写真撮りたかっただけなんだが。それはバレてなさそうだ。


「それにしても……夕方になっても、さすがに暑いな」

「家帰ったら、汗臭いっていわれそうです」

「イルカに海水もかけられたしね」

「べたべたします」


 髪を少し触って苦笑する瑠星に、つい口を滑らせて「温泉よってく?」と訊いてしまった。

 大きな目がさらに見開かれている。


 ああ、これは間違いなく引いてるよな。そりゃそうか。いくら仲良さげにしていても、家庭教師とその教え子って関係で、さすがに裸の付き合いなんて嫌だよな。


 深い意味はないんだ。別に、瑠星の裸が見たいとか、そういう意味ではなく。スーパー銭湯に行き慣れ過ぎているというか。

 上手い言い訳が思いつかない。ここは、開き直って何事もない顔でいた方が良いか。


「日帰り入浴も出来るとこ、結構あるよ」

「あー、いや……今、温泉なんて入ったら、寝ちゃいそうです」

「はははっ。確かに。じゃあ、今日は大人しく帰って家で風呂に入るしかないな」


 笑いながら、駅に向かって歩き出す。

 誤魔化せたよな。瑠星も普通に横を歩いてくれてるし、大丈夫だよな?


「先生、温泉好きなの?」

「というか、足を伸ばせる風呂が好き。ほら、一人暮らしの風呂って狭いからさ」

「あー、そういうことか」

「スーパー銭湯も結構行くよ。瑠星の最寄り駅からいくつか離れたとこにも、あったよな」

「ありますね。一度も行ったことないけど」

「あれ、お父さん、温泉好きじゃなかった?」

「スーパー銭湯は温泉と認めないっていってました。山奥の旅館が好きだって」

「形から入るタイプか」


 ああと頷くと、瑠星は大きく頷いた。どうやら日帰り温泉に誘ったことは、上手く誤魔化せたみたいだな。


「俺は高校時代も、部活帰りよくいってたよ」

「部活? そういえば、滝もそんなこといってたな」

「ラグビー部の、女装アイドルやる?」

「そう。帰りにラーメン屋に行くか、銭湯かサウナに行くことがあるって」

「滝くんとは気が合いそうだな」

「そうかな? あいつ、めっちゃ部活バカですよ?」

「俺も、高二までは部活バカだったよ」

「先生が? 想像できない」

「そうかな。あの頃はバレー一筋でさ」


 懐かしい高校の思い出を話し始めると、瑠星に興味津々な眼差しを向けられた。

 地区予選を突破できるかどうかの弱小校だったから、期待に応えられうような話はないんだけどな。


 どうも、瑠星は俺のことを完璧になんでもこなせると思ってる節があるからな。俺のポジションを、セッターかアタッカーだったみたいな想像してるんだろうな。生憎、どっちでもないんだよな。

 これ以上、部活の話をするのも藪蛇な気がするな。


「部活バカだったから、部活引退直後は、志望校は当然E判定だったよ」

「先生が、E!?」

「三年の夏までD判定で、志望校変えるか真剣に悩んだよ。けど、直前でBになってさ。だから、やるしかないって決めたんだ」


 もしも諦めて志望校を変えていたら、もしかしたら、こうして瑠星に慕われていなかったかもしれない。高三の俺、よくやった。──内心、過去の自分を褒めたたえた。


 高校時代の何気ない話をしながら、駅の改札をすぎる。丁度、折り返しの電車が入ってきた。

 来た時ほどの混みようもなく、瑠星と肩を並べてシートに座った。


 他愛もない話をしていると、しばらくして、肩に体重がかかるのを感じた。横を見ると瑠星がうつらうつらとしている。


「眠そうだな」

「えっ……あ、ごめんなんさい」

「気にしないで寝てて良いよ。乗り換えの時に、起こすから」


 声をかけないで寝かせておけばよかったと少し後悔しながらいえば、瑠星は頷きながら欠伸を噛み殺した。これは、頑張って起きてようとしてるな。と思っていたのも束の間、うつらうつらと舟をこぎ始める。

 学校でも、こうやって授業中に眠気を堪えたりしてるのかな。


 家庭教師として家にいってる時も、外で偶然会った時や俺の部屋で勉強してる時も、寝顔なんて一度も見たことなかった。そうそう見れるものでもないし。

 揺れる長い睫毛を眺めていると、かくっとなった瑠星の頭が俺に寄り掛かった。

 役得だな。


  心地いい電車の揺れを感じて窓の外を眺めた。そこには空を赤く焼く夕日が沈んでいく空があった。

 そっと、瑠星の手を握ると、一瞬、ぴくりと反応した。だけど、起きる様子はない。


 暮れていく空を見ながら、もう手遅れなくらい瑠星が好きなんだなと、再確認していた。けど、そうと伝えるのは無理だな。瑠星は、俺に彼女がいると思っていたくらいだし。


 このまま駅に着かなければいいのにな。

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