「星ちゃん、おっかえり~」
「……なんで家にいるんだよ」
自宅に帰ると、Tシャツハーフパンツ姿の美羽に出迎えられた。左手に棒アイス、右手にゲームのコントローラーを握っている姿は、俺が自宅を間違えたのかと錯覚するほどの寛ぎようだ。
「お還り、瑠星」
「母さん……なんで、美羽がそこで寛いでんの? しかも、俺のアイス食ってんだけど」
「今日から兄さんたち、夫婦水入らずで旅行なんですって」
「伯父さんたちが? 美羽はいかなかったのかよ」
「学祭の衣装作り忙しいからね」
「なら、家で衣装作れよ。俺のアイス食ってゲームやってんじゃねぇ」
「あー! 今、いいとこだったのに!」
コントローラーをひょいっと奪うと、美羽は不満の声を上げたが、無視だ無視。
文句を聞き流してゲーム機の電源を落としていると、母さんがダイニングテーブルを拭きながら「仲良くしなさい」といった。怒っている訳ではなく、やたら嬉しそうな顔でとりあえずいってみた感じだ。
「家が近いんだから、お夕飯一緒に食べるくらいいじゃない。ねー、美羽ちゃん」
「ご馳走になりまーす!」
「……俺のアイスは夕飯じゃねぇだろ」
「星ちゃんのケチー。先生に嫌われるぞ」
「はぁ!?」
「おばさん、手伝うよ!」
「あら、助かるわ。運んでもらおうかしら」
昔から、母さんは美羽のことがお気に入りだからな。可愛い娘が欲しかったといっていたこともある。逆に、母さんの兄さん──美羽の父親は息子が欲しかったらしくて、俺を可愛がってくれていた。
幼い頃は、お互いの家を行き来もよくしていた。今はそれほど行き来することはなくなったから、こうして一緒に食事をするのは久々だ。
カレーライスにサラダ、それにスイカがテーブルに並べられた。
席について美羽と肩を並べると、母さんはなおさら嬉しそうな顔をする。
「ねえ、美羽ちゃん、うちの子にならない?」
「それは無理かな。お父さん泣いちゃいます」
「瑠星のお嫁さんになれば良いじゃない」
母さんの唐突な爆弾発言に、麦茶を吹くところだった。
そうきたか。けど、それは200%ない。
「それも無理かな~」
「そうなの?」
「えへへっ、実は、彼氏ができたんです」
サラダを突いていたフォーク止めて破顔した美羽は、話したくて仕方ない様子だ。それに驚きの声を上げた母さんは、少し身を乗り出した。
俺が口を出す話じゃないな。さっさと食べて部屋にでも行くかな。
「彼氏って、瑠星じゃなくて?」
「星ちゃんじゃないですよ。後背筋が魅力的なラグビー部なんです」
「ラグビー部……それは、瑠星じゃ無理ね。筋肉とは無縁の体つきよね」
さらっといってるが、それは親子間でもセクハラだと思うぞ。
「星ちゃんが筋肉質って似合わないから、今のままで良いと思う!」
「いいかしら?」
「あたしのタイプじゃないですけど」
「美羽ちゃんに、娘になって欲しいのに」
当人を前にして、なにを言い合ってるんだ、この二人は。
少しだけショックな顔をした母さんだけど、すぐに切り替えたようで、美羽の相手──滝に興味を示して聞き出し始めた。
クラスの女子が恋バナをしている時と変わらない空気感が食卓に漂いだす。なかなかに居心地が悪いな。
「実は、星ちゃんが滝くんとの間を繋げてくれたんです」
「瑠星が!?」
「……別に、二人で話せって滝に連絡しただけだし」
「あたし、ずっと滝くんに片思いしてたから、星ちゃんに感謝してもしきれなくって」
「そうだったのね。瑠星、やるじゃない! その調子で、自分の彼女も連れてきなさいよ」
「……恋人作る気なんてないし」
今は、勉強に忙しいんだ。恋人が万が一できたとして、相手を思いやる時間が取れるとは思えない。そもそも、クラスの女子にそういった気持ちになったこともないし。
「可愛い顔してるのに、どうしてこんな草食に育っちゃったのかしら」
「理想が高すぎとか?」
「なるほど。女は顔じゃないわよ」
母さんの台詞にうんうんと頷く美羽だけど、ばっちりメイクをする二人にいわれても説得力に欠けるな。
クラスの女子だって、化粧やヘアメイクにこだわってる子が多い。顔じゃないといいながらも、見た目は誰だって気にしてる証拠だろう。
まあ、美羽が滝を好きになったのは、顔っていうより筋肉だろうから、顔じゃないって話もわかってるつもりだ。恋愛の基準なんてのは人それぞれだって。それに──
「恋愛に顔が重要っていうなら、淳之輔先生が恋人候補になっちゃうだろ」
つい口を滑らせたのは、完全に無意識だった。