淳之輔先生ことを話題にだしたけど、そこに深い意図はない。俺が先生に片思いをしてるとかって意味でもない。だけど聞き方によっては、そう勘違いするのだと、母さんの表情を見て気付いた。
母さんはぽかんとした顔をしている。俺が先生に片想いしてるみたいな、勘違いをさせたみたいだ。
そうだとしたら誤解だ。
誤解をされて、俺と先生を疑われたら堪ったもんじゃないぞ。他人から誤解されるならまだしも、身内だなんて。そんな目で見られたら、毎日が針のむしろじゃないか。
どう説明したら、誤解だとわかってもらえるのか。
「うちのクラスに、淳之輔先生以上の美人なんていないからさ。顔だけで判断したら、先生には勝てないっていうか」
「あー、それわかる! 星ちゃんの家庭教師さんって、凄い美人だしオシャレだよね」
「……美羽ちゃん、先生と会ったことあるの?」
眉間にシワを寄せていた母さんの視線が美羽に移った。
「会ったことあるし、写真見せてもらったことありますよ。ほら、この前の水族館も!」
「あ……あれね」
「実はあれって、滝くんとデートに行く前、星ちゃんに
突然の発言に、俺は動きを止めた。母さんも瞬きをして黙る。
ちょっと待て。どういう意味だ?
俺は美羽にそんなこと頼まれてもいないし、先生と水族館に行ったのは美羽と滝が付き合う前の話だろう。
「下調べって?」
「あたし、初めての彼氏で……自信がないっていうか」
照れた顔で、美羽はカレーをスプーンでつつきながら説明を始めた。
「だから、星ちゃんに水族館デートの相談したんですよ。失敗したくないから、どのルート回れば良いか、どんな会話がベストかとか」
「瑠星にアドバイスなんて無理じゃない?」
「……どうせ恋人いない歴イコール年齢だよ」
「あははっ、でも、星ちゃん優しいから、先生に訊いてくれたんですよ! 先生なら恋人の一人や二人いそうだしって」
二人どころか、今は粘着質な女に迷惑していてフリーだけどな。とはいえずにカレーを食べ終え、俺はスイカの皿に手を伸ばした。
「そしたら、星ちゃんと先生、わざわざ水族館にいってくれたんですよ。カフェのご飯はなにが美味しいとか、ショーはどの時間が混むとか調べてくれて!」
「あの水族館って、そういうことだったのね」
「で、二人とも悪のりしてカップルみたいな写真まで撮って送ってくるから、もう、おかしくって」
スイカに歯を立て、内心で「おいっ」と美羽に突っ込みを入れた。どこがカップルみたいだ。確かに、淳之輔先生はむちゃくちゃ悪のりしていたと思うけど。
「初デートで、あの写真は無理ですよ。男同士だからできる悪ふざけですよね」
いいながら、スマホを引っ張りだした美羽は、写真を一枚表示する。誰かに撮ってもらった写真だろう。そこでは、美羽と滝がぎこちなく手を繋いでいる。
写真を見た母さんは、頬を綻ばせた。
「まあ、素敵な写真ね!」
「手を繋ぐのもやっとで。でも、星ちゃんにクラゲの前が綺麗だったて訊いたから、絶対撮りたいって思ったんです」
「やるじゃない、瑠星」
「……別に」
そんなことをいった覚えはないけど、そういうことにしておこう。事実、クラゲの水槽は綺麗だったし。
「もっとこう、恋人らしくくっつきたいけど……やっぱり恥ずかしいんですよね」
「付き合い始めって、そうよね」
「叔母さんもそうだったの?」
「そうよ。手を繋ぐのに慣れるのだって、デートを何回、重ねたことか」
すっかり意識が俺から逸れたらしい母さんは、懐かしむように目を細めた。
「デートってどこに行きました?」
「お茶をしたり、植物園や動物園、美術館にも行ったわね」
「インテリな感じか~。滝くん、好きかな?」
「あと、遊園地にもいったわね。観覧車の中で見つめあってドキドキしたりして」
それは父さんとのデートなのだろうか。
誰が相手かはわからないが、母さんはまるで乙女みたいな顔をして昔話をはじめた。美羽も、参考にしたいとばかりに、食いついて訊いている。
ふと、淳之輔先生がいっていたダブルデートのことを思い出した。
「そういえば……先生が、美羽と滝にダブルデートしてみないかっていってたな」
「えっ、なにそれ!?」
「先生の先輩が、ダブルデートしたいらしくてさ」
「もっと詳しく!」
「飯の後でな。ごちそうさま」
食べ終えた皿をもって席を立った俺は、
美羽のおかげで、母さんとぎくしゃくすることは回避できたようだ。