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第62話 俺と淳之輔先生がいたらダブルデートにならないだろう?

 夏休みも半分が過ぎた。真夏のデートが遊園地ってのはどうなんだとも思った。でも検討の末、遊園地がスタンダードでいいんじゃないか、てことになった。室内アトラクションや水まきパフォーマンスもあるし、夏だって楽しめると判断したんだけど。


 最寄り駅の改札で顔合わせをした時、俺は内心ひやひやするはめになった。


「美羽ちゃん、お人形さんみたいで可愛いね。彼氏くんが羨ましいな。こんなちっちゃいと、腕の中にすっぽり収まりそうだよね」


 そうだよ。泉原さんってこういう人だった!


「……星ちゃん、何この人」

「えー、あー……先生の、友達の泉原さん」

「そういうこと聞いてるんじゃないわよ!」


 案の定、泉原さんのバグった距離感に、美羽は不満そうだった。滝も引いている。

 淳之輔先生は深々とため息をついて「ごめんん、美羽ちゃん」と笑った。先生が謝ることじゃないのにな。


「泉原、お前さ……今日の目的わかってるか?」

「んー? ダブルデートだろ? だいじょーぶ大丈夫。ね、梨乃ちゃん」


 にこにこしている泉原さんは横で鬼の形相をしている女性──淳之輔先生の先輩、梨乃さんに同意を求めた。その人が、あなたのお相手ですよね?

 梨乃さんは不満そうな顔で、泉原さんの耳を掴むとぐいぐいつと引っ張る。完全に怒ってるよな。けど、泉原さんは気にしてないというか、笑ってすらいる。


「翔ちゃん、この耳は飾り物!? 女の子をすぐ口説くの、どうにかしなさいって、いってるでしょ!」

「別に口説いてないよ。梨乃ちゃんも、今日はとびっきり可愛いよね」

「……あんたはぁ……『も』てなによ。『も』って!」


 早速の痴話喧嘩に引き気味になって、ちらりと淳之輔先生を見るけど、こっちも気にした様子じゃない。もしかして、この二人ってこれが通常運転なのかな。

 俺の視線に気付いたらしい先生は、俺の耳に顔を寄せて「あれ、照れ隠しだから」と小声でいった。


「いつもあの調子でさ。先輩が可哀そうだろ」

「……まあ、確かに。でも、なんで泉原さんなんですかね」

「それは……永遠の謎だな」

「お前ら、聞こえてるぞー」


 淳之輔先生と話していると、いつの間にか、梨乃さんの手をしっかり握っている泉原さんがけたけたと笑った。神経図太い上に、つかみ所がない人だ。

 ふと梨乃さんの顔を見ると、照れているような顔をしていた。手だってしっかり握ってる。さっきは、一触即発かと思ったけど、泉原さんが好きなのは本当みたいだな。まるで、夫婦漫才みたいだ。

 そんな様子を見た美羽と滝も、ちょっとほっとした顔をしている。

 うん、なんとかダブルデートになりそうだ。


「じゃあ、俺たちは帰るな」

「えっ、星ちゃん行かないの!?」

「いやだって、今日の目的はダブルデートだろ?」

「グループデートに変更で良いじゃない!」

「だから、俺と先生じゃデートにならないだろうが」


 驚いた顔をしてこっちを見る美羽に、曖昧な笑みを見せた。

 いや、俺と淳之輔先生がいたらデートじゃなくて、先輩後輩で遊びに来たってだけになるじゃないか。そりゃ、俺だって遊びたい気持ちがない訳じゃないけど。


「ちょっ、淳之輔くん!? 話が、違うっじゃない!」

「何も違わないですよ。ちゃんとダブルデートのセッティングしたんで、俺たちはここで帰ります」

「それなら、トリプルデートがしたいわ」

「……先輩、勘弁してください」


 淳之輔先生は苦笑を浮かべると、俺を見て「勉強でもしに行くか」といった。


 美羽たちと遊園地で遊ぶっていうのを想像してみるも、デートって感じにはならない気がする。それよりも、先生のマンションにいって、いつものように問題へ向き合った方が、自然体な気さえした。問題集や筆記用具を先生の家に置いてあるから、手ぶらで行っても勉強できるしな。

 そうですねと頷こうとした時だった。


「星ちゃんも一緒に遊ぼう!」

「淳之輔くん、皆で遊びましょう!」


 美羽と梨乃さんが同時にいった。そうして、まったく同じタイミングでお互いを見合うと、なにを思ったのだろうか。二人は笑顔で頷き合った。

 彼女たちの笑顔は利害が一致したと物語っているようで、なにか悪だくみを企てているようにも見える。


 美羽が、俺を睨みつける。今さっき、梨乃さんと笑ってたじゃないか。なんで、急に怒りだすんだよ。その表情に気圧されてしまい、思わず顔を引きつらせる。すると、攻め立てるような言葉が放たれた。


「勉強勉強って、最近の星ちゃん真面目すぎ!」

「勉強するのは良いことよ。でも、たまには息抜きも必要だと思うわ」

「来年は遊べないんだよ。帰ったら、絶対、後悔するよ!」

「三年の夏はそれこそ勉強づくしよ。今の内に遊ばないと」

「先生と遊ぶのが嫌なの、星ちゃん!?」

「淳之輔くん、教え子に息抜きさせるのも、先生の務めでしょ」


 きゃんきゃん喚く美羽を援護するように、梨乃さんが静かに正論をぶつけてくる。

 いやいやいや、二人とも今日会ったばかりだよね。意気投合しすぎだろう!?


 俺と淳之輔先生は顔を見合った。

 少し困りながらも、先生は笑って「遊んでくか?」と訊いてきた。もしかして、別に遊園地で遊ぶのが嫌って訳じゃないのかな。


「俺としては、瑠星が遊んでいきたいなら構わないけど」

「先生が嫌じゃないなら……」


 俺たちは、なんで女子二人に説得されているんだろうか。淳之輔先生と顔を見合うと、なんだか笑いが込み上げてきた。

 どちらともなく、小さく噴き出して笑うと、泉原さんが「ほんじゃ」と間に入ってきた。 


「グループデートに変更ということで、行きますか」

「今、夏限定スイーツもあるみたいよ」

「滝くん、いこう! あたし、お揃いのカチューシャほしいな」

「美羽ちゃんがほしいなら……にしても、これってデートでいいのかな?」


 泉原さんが笑いながら梨乃さんの手を引いて歩き出す。その後を、美羽の手を引いた滝が首を傾げながらついていく。

 滝、俺も同感だ。だけど、美羽は「細かいことは気にしないの!」といって笑った。


「じゃあ、行こうか?」


 苦笑する先生と並んで、俺も歩き出した。

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