目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第63話 郷に入っては郷に従え? でも動物耳カチューシャは恥ずかしい!

 遊園地に入ってすぐのことだ。

 美羽はカチューシャが欲しいといって、可愛らしい販売ワゴンに向かった。どうやら、遊園地の看板キャラクターをモチーフに作られたアイテムのようだ。クマ、ネコ、イヌ、ウサギと様々ある。カラーバリエーションも豊富だし、耳には花やリボンがついていて、女の子が喜びそうだ。

 まあ、俺たちには関係ないかと眺めていると。


「滝くん、これお揃いにしよう! 滝くんは黒いクマさんね。あたしは、シロクマ!」


 美羽は、大きなリボンのついたクマ耳のカチューシャを頭につけた。そうして、黒いのを滝の頭につけてる。なるほど、これで写真を撮りたいってことだな。カップルらしいじゃん。


「ほーん。色々あるもんだね。梨乃ちゃんはこれかな~、ネコちゃん。うんうん、可愛い」

「……翔ちゃんも付けてよ」

「いいよ。照れてる梨乃ちゃんも可愛いな」


 泉原さんって、思ったこと全部口にするタイプなのか。梨乃さんと猫耳をつけ合いながら満面の笑みだ。あれ、もしかしてまんざらでもない感じかな。

 美羽と梨乃さんは楽しそうに顔を見合って、これも可愛いねと話し始めた。


 これって、やっぱり俺たちいなくてもダブルデート成立するんじゃないか?

 そんなことを思いながら見守っていると、美羽と梨乃さんが俺を見た。あれ、なんか既視感を感じるぞと思う間もなく、二人は別のカチューシャを手に取る。


「星ちゃんは、これ!」

「淳之輔くんは、これよ!」


 見事にハモる二人に、固まる俺たち。ほらほらと煽られて頭につけられたのは、ウサギ耳だ。先生は黒ウサギで、俺はピンクのウサギ。ご丁寧に花の飾りまでついている。

 さすがにこれは恥ずかしいんだけど!


「星ちゃん可愛い!」

「うんうん、淳之輔くんも似合ってるわよ」

「可愛いっていわれても、嬉しくないんだけど」


 楽しそうな女子二人に、頭が痛くなる。ちらりと先生を見ると、少し驚いた顔をして俺を見ていた。


「……変ですよね?」

「いや、可愛いと思うよ」

「また可愛いって」


 可愛いは求めてないのに。ちょっと不満に口を尖らせると、先生が周りに視線を向けて、ほらといった。


 周りを見ると、意外と多くの客がカチューシャをつけて歩いていた。男子グループでもつけている。こういうのが、遊園地ではスタンダードなのだろうか。むしろ、恥ずかしがる方が恥ずかしいことなのかも。

 けど、せめてクマくらいがいいよな。でも、そうすると美羽たちに被って、せっかくのカップルお揃いを邪魔しちゃうのか。


「郷に入っては郷に従えっていうだろ?」

「まあ、そうですね……美羽たちも楽しそうだし」


 浮かれている美羽たちと淳之輔先生を交互に見る。先生のウサ耳姿とか、レアすぎるよな。ちょっと写真に納めたいこも。母さんに見せたら喜びそうだ。

 俺がつけないっていったら、先生も付けないだろうし、ここで場の空気を悪くするのもよくないよな……


「美羽。今日だけだからな」

「やったー! 皆で写真撮ろう!!」


 なぜか美羽は、梨乃さんと手を取り合って喜んだ。

 六人でフォトスポットになるお城の前や、園内を歩いているキャラクターを捕まえて写真を撮ったりした。アトラクションに乗らないでも楽しめるようで、女子二人のテンションはいつまでも高い。

 泉原さんが、園内の案内板前で立ち止まった。


「ジェットコースター乗らない? 淳之輔も好きだろ?」

「まあ、俺はな。皆、平気なのか?」

「翔ちゃんが乗りたいの、どれなの? あまりグルグル回るのは嫌よ」

「ほーん、そういうのは苦手なのね。それじゃ……」


 泉原さんは、いわゆる絶叫系が好きなようだ。遊園地の目玉になっている回転型ジェットコースターをさしていた指がすっと降ろされた。

 梨乃さん、ありがとうございます。俺も、絶叫系は得意じゃない。というか、断固拒否派だ。

 変わらず飄々とした顔で案内板を見ている泉原さんの横で、滝が「これはどうですか」といった。


「スプラッシュライドか。絶叫には程遠いなぁ……まあ、苦手な梨乃ちゃんには丁度良いかな」

「これ、回転はしないのね?」

「落下するだけだよ」

「じゃあ、平気ね」


 え、平気なの?

 さらりと頷く梨乃さんに、思わず硬直した。落下ってどの高さから、どの角度で落ちるんだろう。むっ、無理かもしれない……え、でも、ここで無理とかいって場の空気を壊すのも悪いよな。

 滝は提案するくらいだから、平気なんだろう。美羽は──ダメだ、期待に目を輝かせている。


「滝くん、どれ?」

「これだよ。水面にダイブするコースター」

「面白そう! ね、星ちゃん……星ちゃん?」


 うきうきしている美羽が、黙っていた俺を見て首を傾げた。


「星ちゃん、もしかしてジェットコースター苦手?」

「べっ、別に……」


 苦手だよ!

 でも、ここで苦手だとかいって、せっかく楽しそうにしている雰囲気壊すのも嫌だし、カッコ悪いだろう。

 美羽が梨乃さんと顔を見合う。また、なにかを確認するように頷いている。もう、なんなんだよ。


「じゃあ、スプラッシュライドに行こー!」

「美羽ちゃん、水面にダイブする瞬間の写真を撮ってくれるみたいだよ」

「本当!? じゃあ、一緒に手握って乗ろうね!」

「手を?」

「こうして一緒に、きゃーって手を上げるとこ、撮ってもえるでしょ!」


 滝の手を掴んで、思いっきり腕を上げた美羽は楽しそうに歩き出す。それを見て、泉原さんが「俺らもやろうか」と笑った。

 皆そろって楽しそうなのは、なによりだ。なによりだけど、俺は気が重い。

 小さくため息をつくと、淳之輔先生が「大丈夫か」って声をかけてきた。


「無理しないで、下で待っていようか?」


 俺の顔を覗くようにして聞いてきた淳之輔先生は、けろっとしてる。

 さっき、泉原さんが先生もジェットコースター好きだっていってたな。俺のワガママで楽しめないとか嫌だし。


「回転しないなら……」

「大丈夫だよ。子どもでも楽しめるやつだから」


 ほらといって、淳之輔先生は俺の手を掴む。手を引かれて歩き出すと、少し前を歩いていた四人が振り返り、俺たちを呼んで手を振った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?