遊園地に入ってすぐのことだ。
美羽はカチューシャが欲しいといって、可愛らしい販売ワゴンに向かった。どうやら、遊園地の看板キャラクターをモチーフに作られたアイテムのようだ。クマ、ネコ、イヌ、ウサギと様々ある。カラーバリエーションも豊富だし、耳には花やリボンがついていて、女の子が喜びそうだ。
まあ、俺たちには関係ないかと眺めていると。
「滝くん、これお揃いにしよう! 滝くんは黒いクマさんね。あたしは、シロクマ!」
美羽は、大きなリボンのついたクマ耳のカチューシャを頭につけた。そうして、黒いのを滝の頭につけてる。なるほど、これで写真を撮りたいってことだな。カップルらしいじゃん。
「ほーん。色々あるもんだね。梨乃ちゃんはこれかな~、ネコちゃん。うんうん、可愛い」
「……翔ちゃんも付けてよ」
「いいよ。照れてる梨乃ちゃんも可愛いな」
泉原さんって、思ったこと全部口にするタイプなのか。梨乃さんと猫耳をつけ合いながら満面の笑みだ。あれ、もしかしてまんざらでもない感じかな。
美羽と梨乃さんは楽しそうに顔を見合って、これも可愛いねと話し始めた。
これって、やっぱり俺たちいなくてもダブルデート成立するんじゃないか?
そんなことを思いながら見守っていると、美羽と梨乃さんが俺を見た。あれ、なんか既視感を感じるぞと思う間もなく、二人は別のカチューシャを手に取る。
「星ちゃんは、これ!」
「淳之輔くんは、これよ!」
見事にハモる二人に、固まる俺たち。ほらほらと煽られて頭につけられたのは、ウサギ耳だ。先生は黒ウサギで、俺はピンクのウサギ。ご丁寧に花の飾りまでついている。
さすがにこれは恥ずかしいんだけど!
「星ちゃん可愛い!」
「うんうん、淳之輔くんも似合ってるわよ」
「可愛いっていわれても、嬉しくないんだけど」
楽しそうな女子二人に、頭が痛くなる。ちらりと先生を見ると、少し驚いた顔をして俺を見ていた。
「……変ですよね?」
「いや、可愛いと思うよ」
「また可愛いって」
可愛いは求めてないのに。ちょっと不満に口を尖らせると、先生が周りに視線を向けて、ほらといった。
周りを見ると、意外と多くの客がカチューシャをつけて歩いていた。男子グループでもつけている。こういうのが、遊園地ではスタンダードなのだろうか。むしろ、恥ずかしがる方が恥ずかしいことなのかも。
けど、せめてクマくらいがいいよな。でも、そうすると美羽たちに被って、せっかくのカップルお揃いを邪魔しちゃうのか。
「郷に入っては郷に従えっていうだろ?」
「まあ、そうですね……美羽たちも楽しそうだし」
浮かれている美羽たちと淳之輔先生を交互に見る。先生のウサ耳姿とか、レアすぎるよな。ちょっと写真に納めたいこも。母さんに見せたら喜びそうだ。
俺がつけないっていったら、先生も付けないだろうし、ここで場の空気を悪くするのもよくないよな……
「美羽。今日だけだからな」
「やったー! 皆で写真撮ろう!!」
なぜか美羽は、梨乃さんと手を取り合って喜んだ。
六人でフォトスポットになるお城の前や、園内を歩いているキャラクターを捕まえて写真を撮ったりした。アトラクションに乗らないでも楽しめるようで、女子二人のテンションはいつまでも高い。
泉原さんが、園内の案内板前で立ち止まった。
「ジェットコースター乗らない? 淳之輔も好きだろ?」
「まあ、俺はな。皆、平気なのか?」
「翔ちゃんが乗りたいの、どれなの? あまりグルグル回るのは嫌よ」
「ほーん、そういうのは苦手なのね。それじゃ……」
泉原さんは、いわゆる絶叫系が好きなようだ。遊園地の目玉になっている回転型ジェットコースターをさしていた指がすっと降ろされた。
梨乃さん、ありがとうございます。俺も、絶叫系は得意じゃない。というか、断固拒否派だ。
変わらず飄々とした顔で案内板を見ている泉原さんの横で、滝が「これはどうですか」といった。
「スプラッシュライドか。絶叫には程遠いなぁ……まあ、苦手な梨乃ちゃんには丁度良いかな」
「これ、回転はしないのね?」
「落下するだけだよ」
「じゃあ、平気ね」
え、平気なの?
さらりと頷く梨乃さんに、思わず硬直した。落下ってどの高さから、どの角度で落ちるんだろう。むっ、無理かもしれない……え、でも、ここで無理とかいって場の空気を壊すのも悪いよな。
滝は提案するくらいだから、平気なんだろう。美羽は──ダメだ、期待に目を輝かせている。
「滝くん、どれ?」
「これだよ。水面にダイブするコースター」
「面白そう! ね、星ちゃん……星ちゃん?」
うきうきしている美羽が、黙っていた俺を見て首を傾げた。
「星ちゃん、もしかしてジェットコースター苦手?」
「べっ、別に……」
苦手だよ!
でも、ここで苦手だとかいって、せっかく楽しそうにしている雰囲気壊すのも嫌だし、カッコ悪いだろう。
美羽が梨乃さんと顔を見合う。また、なにかを確認するように頷いている。もう、なんなんだよ。
「じゃあ、スプラッシュライドに行こー!」
「美羽ちゃん、水面にダイブする瞬間の写真を撮ってくれるみたいだよ」
「本当!? じゃあ、一緒に手握って乗ろうね!」
「手を?」
「こうして一緒に、きゃーって手を上げるとこ、撮ってもえるでしょ!」
滝の手を掴んで、思いっきり腕を上げた美羽は楽しそうに歩き出す。それを見て、泉原さんが「俺らもやろうか」と笑った。
皆そろって楽しそうなのは、なによりだ。なによりだけど、俺は気が重い。
小さくため息をつくと、淳之輔先生が「大丈夫か」って声をかけてきた。
「無理しないで、下で待っていようか?」
俺の顔を覗くようにして聞いてきた淳之輔先生は、けろっとしてる。
さっき、泉原さんが先生もジェットコースター好きだっていってたな。俺のワガママで楽しめないとか嫌だし。
「回転しないなら……」
「大丈夫だよ。子どもでも楽しめるやつだから」
ほらといって、淳之輔先生は俺の手を掴む。手を引かれて歩き出すと、少し前を歩いていた四人が振り返り、俺たちを呼んで手を振った。