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第64話 やっぱり絶叫系は苦手だ!

 激流下りをイメージして作られたジェットコースター・スプラッシュライドは、待ちの列ができていた。


 大丈夫だ。ちょっと落ちるだけだって。──自分に言い聞かせていると、すぐ横を通り抜けたコースターからキャーッと高い声が上がる。乗っている人たちは楽しくて声を上げているのだろうけど、絶叫系が苦手な人種からしたら、恐怖の悲鳴にしか聞こえない。


「瑠星、大丈夫か?」


 心配そうな声を振り返ると、淳之輔先生と目があった。


「無理することないぞ」

「へ、平気です……たぶん」

「そんな意地張らなくても」


 苦笑する淳之輔先生は、俺の手を引っ張り、列をつめるように進んだ。

 その時だった。小さく「ちっ」と舌打ちが聞こえた。

 ずいぶんガラの悪い人が並んでいるんだな。あまり関わらない方がいいタイプかもしれない。どの人か気になって、進みながら辺りの様子を見てみた。だけど、後ろにいるのは女の子のグループで、その後ろも特に人相が悪そうな人はいない。

 誰が何に舌打ちしたのか。


「どうした?」

「あ、その。なんか、舌打ちされたような気がして」

「舌打ち?……こう暑いと、舌打ちもしたくなるんじゃないか?」

「あー、そういうこと、かな?」


 少し違和感は残ったけど、他の客から文句を付けられたとか、問題が起きたわけじゃない。気にすることでもないのかも。嫌いなジェットコースターを前にしてるのと暑さで、少し神経質になってるだけかな。


 ほら順番が来るよといわれ、手を引かれた。覚悟も中途半端に歩き出すと、すぐ周りのことは気にならなくなった。

 まさか、この時の舌打ちが俺に向けられていたなんて突き刺さるような敵意が俺に向けられていたなんて。誰が、想像できただろうか。


 それから、スプラッシュライドに載っている間中、俺は淳之輔先生の手が離せず、景色を楽しむ余裕もなく数分間、声にならない悲鳴を上げ続けた。

 落下するだけってなんだよ。滝つぼに落ちるとか聞いてないし!


 アトラクションを降り、すぐ傍にあった日陰のベンチにぐったりともたれかかっていると、泉原さんの声が聞こえた。


「おんや~、これすらダメだったか。ごめんね、瑠星ちゃん」

「……二度と乗りませんからね」


 泉原さんを睨むと、飲み物を買ってきてくれた淳之輔先生が「二度と乗せないよ」といって笑った。


「別に、ジェットコースターだけが遊園地の楽しみって訳じゃないしね」

「そうか? 俺はもう少し刺激強めが良いけどな」


 けらけら笑う泉原さんは、さて次はどこに行くかと梨乃さんに声をかけた。美羽と滝も平気な顔でスマホを覗き込んでいる。

 皆、どうして平気な顔をしているんだろう。俺はもうしばらく、ここでぼーっとしていたいくらいだ。陽射しが暑いから、出来たら室内に移動したいけど、その気力もない。


「星ちゃん、ティーカップ乗ろうよ」

「……しばらく、動くものは嫌だ。皆で行ってきていいよ。俺、待ってるから」

「俺がついてるから、行っておいで」

「えっ、先生も行ってきていいよ」

「ヘロヘロな瑠星を置いて行けるわけないだろ」 


 大きな手が、俺の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。

 気恥ずかしさに少し体温が上がり、照れているのを悟られないよう、冷えたドリンクを口に流し込んだ。


 美羽は梨乃さんと顔を見合わせるとにんまり笑う。そうして、いつもならワガママ三昧で俺を振り回すのに、あっさり引き下がって「行ってくるね」と、滝の手を引っ張った。まあ、従兄妹より彼氏だよな。

 四人の背を見送り、ほっと安堵すると、横に腰を下ろした淳之輔先生が「日陰でも暑いな」といった。


「少し落ち着いたら室内アトラクションに行くか? ここは暑いだろ」

「室内って何があるんですか?」

「えーっと、待って」


 スマホを取り出した淳之輔先生は、遊園地の公式サイトを開いた。


「ここから近いのはシューティングゲームができるのと、ミラーハウス、それとお化け屋敷かな」

「シューティングかぁ……ゲームは好きだけど、あまり得意じゃないかも」

「そうなんだ。まあ、俺も下手だけど」

「げっ、これってゾンビ物!? それは、ちょっとパスかな……まだ、お化け屋敷の方がマシかも」

「ゾンビ苦手なんだ」

「あ、その顔! また可愛いとか思ってません!?」

「あははっ、そんなことないって」

「絶対、思ってたでしょ!」


 淳之輔先生は、すぐ俺のことを可愛いっていうんだよな。俺ってそんなに、子どもっぽいかな。

 そりゃ、淳之輔先生より背も低いし、自分でもわかるくらい女顔だけど。可愛いって、男子高校生を褒める言葉じゃないよな。褒める言葉じゃないんだけど……最近、先生に可愛いっていわれて、ちょっと嬉しく思う自分もいるんだよな。

 そうと知ったら、先生はどんな風に思うかな。


 めっちゃ楽しそうに笑う淳之輔先生は、悪びれることもなく「ミラーハウスに行ってみるか」といった。ゾンビが苦手な俺に、もしかしたらお化けも苦手なんじゃないかって、気を遣ってくれたのかもしれない。

 スマホを鞄にしまった淳之輔先生が、俺を見て「行けるか?」と尋ねてきた。

 優しい声音に頷きながら、冷えたドリンクを喉に流し込んだ。


 淳之輔先生は、本当に優しい。気遣いも出来るし、笑顔だって魅力的だ。

 恋をしたことのない俺がいうのもなんだけど、女の子ならすぐ恋に落ちそうだよな。ストーカー女がいなければ、きっと、今日だって俺じゃなくって女の子を誘って──そう思った時、胸が少しだけ苦しくなった。

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