ミラーハウスを出ると、むわっと暑い熱気が襲ってきた。それでも、外に出られた安心感で、空を見上げてほっと安堵の息をつく。
「瑠星、大丈夫か?」
「あー……はい。テンパっちゃって、ごめんなさい」
「平気ならいいんだ。ただ……」
言い淀んだ淳之輔先生は、俺の手を少し強く握る。
「楽しんでる?」
「──え?」
「瑠星が楽しんでなかったら、悪かったなって思ってさ。大人しく、勉強してた方が──」
「そんなことないです! そりゃ、まぁ……ジェットコースターは怖かったし、なんかお化け見ちゃったのも、不運っていうか、びっくりしたけど」
そもそも、本当にお化けだったのか。怖い怖いと思う気持ちが見せた幻だったのかもしれない。そう思ったら、淳之輔先生に申し訳ない顔をさせる方が、心苦しくなる。
先生の手を握り返すと、綺麗な目が見開かれた。
「観覧車、乗りませんか?」
「俺、観覧車好きなんですよ。遊園地の景色を見下ろすのも気持ちいいし、空から撮る写真も良いんですよ!」
別に遊園地が嫌いな訳じゃない。たまたま苦手なものが連続しただけだ。そう伝えたくて、精一杯、笑顔で誘ってみた。すると、淳之輔先生ははにかんで、俺の手を引いた。
「他には、何が好き?」
「空中ブランコとか、ゴーカートとか」
「夏場のゴーカートは暑そうだな。でも、空中ブランコは気持ちよさそうだ」
あれだろといった淳之輔先生は、少し遠くに見える高いタワーを指差した。
回転しながら遊園地の景色を楽しめるし、風が気持ちよくて、まるで飛んでいるような気分になれるんだ。
「ここのはペアシートもあるんですよね」
「じゃあ、観覧車の後は空中ブランコに行くか」
「──はい!」
嬉しくて、無邪気に返事をしたその時、遠くから「星ちゃ~ん」と俺を呼ぶ声が聞こえてきた。振り返ると、滝の手を引っ張って走ってくる美羽がいた。その後ろから、なにか言い合っている泉原さんと梨乃さんがついてくる。
淳之輔先生を見上げると、そこには少し困ったように眉を下げる顔があった。
「皆で行きましょうか、観覧車」
「んー、そうだね……ゆっくり写真は撮れないかもね」
「ははっ、そうかもしれませんね」
「また二人でくればいいか」
さらりと出た先生の言葉に、一瞬、思考が固まった。また二人で遊園地に……優しい声のせいなのか、少しだけ特別な空気を感じた。
にこりと笑う顔は少し照れたようにも見える。だから、こっちまで恥ずかしい気がしてきた。
二人で遊園地って、男同士で遊びに来ることだってあるよな。普通だよな。
美羽と梨乃さんにグループデートだなんていわれたからか、そういう意味の誘いのような気がして、なんだか心が浮ついた。
「受験が終わったら、さ。観覧車、何周でも乗ろう」
「……係の人、驚きますよ」
「そうかもね」
くすっと笑った淳之輔先生は美羽にひらひらと手を振った。そして、追いついた泉原と梨乃さんを見て「どうしたの?」と、何事もない顔で尋ねる。
だいぶご立腹な様子の梨乃さんは、ふんっと鼻息荒くして「聞いてよ!」と声を荒げた。
「翔ちゃんったら、お化けまで口説くのよ! 酷いと思わない!?」
突然の訴えに理解が及ばず、俺たちは声を揃えて「は?」と訊き返した。
「だーかーら、梨乃ちゃん! あれは口説いたんじゃなくってね」
「言い訳は聞き飽きたわ!!」
まったく説明になっていない。
困り果てて美羽を見ると「お腹すいたし、カフェに行こう!」といいだした。
「……まあ、暑い中話すよりは、落ち着いて話せるかもね」
「そうですね。席が空いてるかな?」
「滝くん、カフェって席の予約できそう?」
「ここから近いとこだと……ああ、今なら空いてるみたいだよ」
カフェのサイトから席の予約もできるようで、滝はさっさと六名で予約を入れてくれた。
きゃんきゃんと喚く梨乃さんに、美羽と滝はすっかり慣れた様子だ。「こっちだよ」といいながら歩き出す。
「星ちゃん、どこかアトラクション入ったの?」
「ああ、そこのミラーハウスな。美羽たちはコーヒーカップ乗りに行ったんだよな?」
「その近くにお化け屋敷見つけてね。暑さに負けて入ったの」
「ははっ、俺たちと一緒の理由だな」
もしかして、梨乃さんのいうお化けを口説いたって話は、お化け屋敷のキャストを口説いたということだろうか。
ちらりと泉原さんを見て、その光景が想像できた。あの人なら、あり得そうだ。きっと、他意はなくて空気を吸うごとく「お嬢ちゃん、お化けの姿も可愛いね」なんて声をかけたんじゃないかな。
憶測に顔を引きつらせていると、俺の横を歩く淳之輔先生が深々とため息をついた。どうやら、同じようなことを想像していたようで「まったくアイツは」と呆れた声を零した。