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第66話 観覧車から見る景色が好きだけど

 ミラーハウスを出ると、むわっと暑い熱気が襲ってきた。それでも、外に出られた安心感で、空を見上げてほっと安堵の息をつく。


「瑠星、大丈夫か?」

「あー……はい。テンパっちゃって、ごめんなさい」

「平気ならいいんだ。ただ……」


 言い淀んだ淳之輔先生は、俺の手を少し強く握る。


「楽しんでる?」

「──え?」

「瑠星が楽しんでなかったら、悪かったなって思ってさ。大人しく、勉強してた方が──」

「そんなことないです! そりゃ、まぁ……ジェットコースターは怖かったし、なんかお化け見ちゃったのも、不運っていうか、びっくりしたけど」


 そもそも、本当にお化けだったのか。怖い怖いと思う気持ちが見せた幻だったのかもしれない。そう思ったら、淳之輔先生に申し訳ない顔をさせる方が、心苦しくなる。

 先生の手を握り返すと、綺麗な目が見開かれた。


「観覧車、乗りませんか?」

「俺、観覧車好きなんですよ。遊園地の景色を見下ろすのも気持ちいいし、空から撮る写真も良いんですよ!」


 別に遊園地が嫌いな訳じゃない。たまたま苦手なものが連続しただけだ。そう伝えたくて、精一杯、笑顔で誘ってみた。すると、淳之輔先生ははにかんで、俺の手を引いた。


「他には、何が好き?」

「空中ブランコとか、ゴーカートとか」

「夏場のゴーカートは暑そうだな。でも、空中ブランコは気持ちよさそうだ」


 あれだろといった淳之輔先生は、少し遠くに見える高いタワーを指差した。

 回転しながら遊園地の景色を楽しめるし、風が気持ちよくて、まるで飛んでいるような気分になれるんだ。


「ここのはペアシートもあるんですよね」

「じゃあ、観覧車の後は空中ブランコに行くか」

「──はい!」


 嬉しくて、無邪気に返事をしたその時、遠くから「星ちゃ~ん」と俺を呼ぶ声が聞こえてきた。振り返ると、滝の手を引っ張って走ってくる美羽がいた。その後ろから、なにか言い合っている泉原さんと梨乃さんがついてくる。

 淳之輔先生を見上げると、そこには少し困ったように眉を下げる顔があった。


「皆で行きましょうか、観覧車」

「んー、そうだね……ゆっくり写真は撮れないかもね」

「ははっ、そうかもしれませんね」

「また二人でくればいいか」


 さらりと出た先生の言葉に、一瞬、思考が固まった。また二人で遊園地に……優しい声のせいなのか、少しだけ特別な空気を感じた。

 にこりと笑う顔は少し照れたようにも見える。だから、こっちまで恥ずかしい気がしてきた。


 二人で遊園地って、男同士で遊びに来ることだってあるよな。普通だよな。

 美羽と梨乃さんにグループデートだなんていわれたからか、そういう意味の誘いのような気がして、なんだか心が浮ついた。


「受験が終わったら、さ。観覧車、何周でも乗ろう」

「……係の人、驚きますよ」

「そうかもね」


 くすっと笑った淳之輔先生は美羽にひらひらと手を振った。そして、追いついた泉原と梨乃さんを見て「どうしたの?」と、何事もない顔で尋ねる。

 だいぶご立腹な様子の梨乃さんは、ふんっと鼻息荒くして「聞いてよ!」と声を荒げた。


「翔ちゃんったら、お化けまで口説くのよ! 酷いと思わない!?」


 突然の訴えに理解が及ばず、俺たちは声を揃えて「は?」と訊き返した。


「だーかーら、梨乃ちゃん! あれは口説いたんじゃなくってね」

「言い訳は聞き飽きたわ!!」


 まったく説明になっていない。

 困り果てて美羽を見ると「お腹すいたし、カフェに行こう!」といいだした。


「……まあ、暑い中話すよりは、落ち着いて話せるかもね」

「そうですね。席が空いてるかな?」

「滝くん、カフェって席の予約できそう?」

「ここから近いとこだと……ああ、今なら空いてるみたいだよ」


 カフェのサイトから席の予約もできるようで、滝はさっさと六名で予約を入れてくれた。

 きゃんきゃんと喚く梨乃さんに、美羽と滝はすっかり慣れた様子だ。「こっちだよ」といいながら歩き出す。


「星ちゃん、どこかアトラクション入ったの?」

「ああ、そこのミラーハウスな。美羽たちはコーヒーカップ乗りに行ったんだよな?」

「その近くにお化け屋敷見つけてね。暑さに負けて入ったの」

「ははっ、俺たちと一緒の理由だな」


 もしかして、梨乃さんのいうお化けを口説いたって話は、お化け屋敷のキャストを口説いたということだろうか。

 ちらりと泉原さんを見て、その光景が想像できた。あの人なら、あり得そうだ。きっと、他意はなくて空気を吸うごとく「お嬢ちゃん、お化けの姿も可愛いね」なんて声をかけたんじゃないかな。


 憶測に顔を引きつらせていると、俺の横を歩く淳之輔先生が深々とため息をついた。どうやら、同じようなことを想像していたようで「まったくアイツは」と呆れた声を零した。

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