童話の世界をモチーフにした様なカフェで、女子二人のテンションが上がった。さっきまで、ぷんぷん怒っていた梨乃さんは、それが幻だったように、美羽とはしゃいでいる。
まあ、男の俺でも店内にこだわりを感じられる。赤いベルベットに覆われたソファーに座れば、王侯貴族にでもなった気分を味わえそうだ。
「ここは、アフターヌーンティーセットを頼むしかないわね、美羽ちゃん!」
「ですね! お姫様みたいな服で来ればよかった!!」
「今日のファッションだって、お姫様みたいだよ」
「そうですか? これより、ロリータの方が絶対合うと思うんですよ」
美羽が着ている最近流行りだという
また知らない単語が出てきたぞ。
フリルとリボンで飾られた美羽のワンピースは、俺から見ても充分、お姫様っぽい。そのロリータとかいうのは、もっと凄いのか?
全く想像できずにいる俺の前で、女子二人はキャッキャと騒いでいる。
グラスの水を飲んでいると、淳之輔先生がこそっと「機嫌、直ったみたいだな」と耳打ちしてきた。それに頷いて二人で笑い合っていると、美羽がぴたりとファッションの話題をやめた。いつもは、放っておいても延々と喋っているのに、どういった風の吹き回しなのか。
「星ちゃん、ミラーハウスどうだった?」
「あー、まあ……涼しかったよ」
「そういうことじゃないでしょ!」
まさか、お化けを見て逃げ出したなんていえるわけもなく、ついと視線を逸らせると、美羽は「怪しいなぁ」と探りを入れるような顔をする。
怪しいってなんだよ。なにを怪しんでいるんだか。
「そっちはどうだったんだよ」
苦し紛れに問い返し、はたと気付く。
しまった。梨乃さんはお化け屋敷に触れられたくなかったんじゃないか。
また怒りだしたらどうしようかと焦ったけど、梨乃さんは「それがね~」と間延びした声で話し始めた。
「日本のお化けじゃなかったのよ」
「そうなの。貴族のお屋敷ってイメージの洋館で、出てくるお化けも、血まみれのドレスを着たお嬢様とか、メイドとか」
「ナタを振り回す使用人に追いかけ回されて、美羽ちゃん、涙目になってたよね」
「たっ、滝くん! それはいっちゃダメ!!」
顔を真っ赤にした美羽の横で、滝はにこっと笑う。うん、仲がよくてよろしい。
お化け屋敷のコンセプトはわからないけど、楽しめたってことだよな。で、どうして泉原さんはお化けを口説くなんて、ぶっ飛んだことを起こしたんだろうか。
外で怒り散らしていた梨乃さんのことを思い出していると、泉原さんが「可愛かったよね」と、のほほんとした感じに呟いた。これは、全く反省していないんだろうな。
「鏡をなくしたって泣いてるメイドさんがいたんだけどさ」
「メイドさん……?」
「血糊で顔が汚れていても、可愛さが滲み出ててね」
「それを、ナチュラルに『お嬢さん、可愛いね』っていいながら、メイドお化けの手を握り始めたのよ」
恨めしそうな声で、お察しした俺と淳之輔先生は「ああ」と声を揃えた。
「鏡を探してっていうから、任せてちょーだいっていっただけじゃないか」
「手を握る必要はないでしょ! 翔ちゃんはすぐ女の子と距離つめるんだから」
「握手しただけじゃん」
「そのうち、セクハラで訴えられるわ!」
また痴話喧嘩が始まった。
どうにか話を逸らさないとマズそうだな。
「そんなに怖いお化け屋敷じゃなかったんだね」
「まあ、アドベンチャーに近い感じだったな。奥様の大切な鏡をなくしたメイドが、死んでも死にきれずにさまよってる洋館でな。鏡を探しながら屋敷を探索するんだ」
「で、そのメイドのお化けが案内人だから、所々で現れるのよ。全員違う女の子だったけど」
「それを全員、口説いたわけか」
「口説いてないってば~」
滝と美羽の息があった説明に、淳之輔先生は泉原さんの行動が想像できたらしい。呆れた顔で笑っている。
たぶん、悪気もなければ口説いているつもりもないんだろうな、泉原さんは。けど、片思いをしている梨乃さんからしたら、面白くないんだろう。
本当に、何で泉原さんが好きなのか疑問だな。好きになるなら、淳之輔先生の方が絶対いいだろうに。見た目もそうだけど、優しいし、頭もいいし、ハイスペックなスパダリってやつじゃないか。
「翔ちゃんが、すぐでれでれするから、お化けを怖がってる暇もなかったわ」
「ははっ、そりゃ大変でしたね」
「瑠星、後で俺たちも行ってみようか?」
「え? まあ、聞いた感じそんな怖くなさそうだし……」
泉原さんが可愛いというメイドとやらも、少し気にはなる。ゾンビって感じでもないみたいだから、さっきみたいな醜態はさらさない……かな。
ミラーハウスのことを思い出していると、淳之輔先生はくすくす笑った。
「大丈夫だって。手、繋いであげるから」
「──へっ!?」
「じゃないと、また迷子になりそうだしな」
「ちょ、先生!?」
「え、なに? 星ちゃん、迷子になったの?」
「淳之輔くん、そこ詳しく!」
「えぇっ!? 先生、そんなこと話さないでくださいっ!!」
どうしてか食い気味の二人に、淳之輔先生はげらげらと笑った。
おかげで、泉原さんと梨乃さんの痴話喧嘩はうやむやになったけど、俺は恥ずかしさで耳まで熱くなってしまった。