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第67話 ナチュラルに女の子を口説く泉原さん

 童話の世界をモチーフにした様なカフェで、女子二人のテンションが上がった。さっきまで、ぷんぷん怒っていた梨乃さんは、それが幻だったように、美羽とはしゃいでいる。

 まあ、男の俺でも店内にこだわりを感じられる。赤いベルベットに覆われたソファーに座れば、王侯貴族にでもなった気分を味わえそうだ。


「ここは、アフターヌーンティーセットを頼むしかないわね、美羽ちゃん!」

「ですね! お姫様みたいな服で来ればよかった!!」 

「今日のファッションだって、お姫様みたいだよ」

「そうですか? これより、ロリータの方が絶対合うと思うんですよ」


 美羽が着ている最近流行りだというのワンピース姿を見て、思わず首を傾げた。

 また知らない単語が出てきたぞ。


 フリルとリボンで飾られた美羽のワンピースは、俺から見ても充分、お姫様っぽい。そのロリータとかいうのは、もっと凄いのか?

 全く想像できずにいる俺の前で、女子二人はキャッキャと騒いでいる。


 グラスの水を飲んでいると、淳之輔先生がこそっと「機嫌、直ったみたいだな」と耳打ちしてきた。それに頷いて二人で笑い合っていると、美羽がぴたりとファッションの話題をやめた。いつもは、放っておいても延々と喋っているのに、どういった風の吹き回しなのか。


「星ちゃん、ミラーハウスどうだった?」

「あー、まあ……涼しかったよ」

「そういうことじゃないでしょ!」


 まさか、お化けを見て逃げ出したなんていえるわけもなく、ついと視線を逸らせると、美羽は「怪しいなぁ」と探りを入れるような顔をする。

 怪しいってなんだよ。なにを怪しんでいるんだか。


「そっちはどうだったんだよ」


 苦し紛れに問い返し、はたと気付く。

 しまった。梨乃さんはお化け屋敷に触れられたくなかったんじゃないか。

 また怒りだしたらどうしようかと焦ったけど、梨乃さんは「それがね~」と間延びした声で話し始めた。


「日本のお化けじゃなかったのよ」

「そうなの。貴族のお屋敷ってイメージの洋館で、出てくるお化けも、血まみれのドレスを着たお嬢様とか、メイドとか」

「ナタを振り回す使用人に追いかけ回されて、美羽ちゃん、涙目になってたよね」

「たっ、滝くん! それはいっちゃダメ!!」


 顔を真っ赤にした美羽の横で、滝はにこっと笑う。うん、仲がよくてよろしい。

 お化け屋敷のコンセプトはわからないけど、楽しめたってことだよな。で、どうして泉原さんはお化けを口説くなんて、ぶっ飛んだことを起こしたんだろうか。


 外で怒り散らしていた梨乃さんのことを思い出していると、泉原さんが「可愛かったよね」と、のほほんとした感じに呟いた。これは、全く反省していないんだろうな。


「鏡をなくしたって泣いてるメイドさんがいたんだけどさ」

「メイドさん……?」

「血糊で顔が汚れていても、可愛さが滲み出ててね」

「それを、ナチュラルに『お嬢さん、可愛いね』っていいながら、メイドお化けの手を握り始めたのよ」


 恨めしそうな声で、お察しした俺と淳之輔先生は「ああ」と声を揃えた。


「鏡を探してっていうから、任せてちょーだいっていっただけじゃないか」

「手を握る必要はないでしょ! 翔ちゃんはすぐ女の子と距離つめるんだから」

「握手しただけじゃん」

「そのうち、セクハラで訴えられるわ!」


 また痴話喧嘩が始まった。

 どうにか話を逸らさないとマズそうだな。


「そんなに怖いお化け屋敷じゃなかったんだね」

「まあ、アドベンチャーに近い感じだったな。奥様の大切な鏡をなくしたメイドが、死んでも死にきれずにさまよってる洋館でな。鏡を探しながら屋敷を探索するんだ」

「で、そのメイドのお化けが案内人だから、所々で現れるのよ。全員違う女の子だったけど」

「それを全員、口説いたわけか」

「口説いてないってば~」


 滝と美羽の息があった説明に、淳之輔先生は泉原さんの行動が想像できたらしい。呆れた顔で笑っている。

 たぶん、悪気もなければ口説いているつもりもないんだろうな、泉原さんは。けど、片思いをしている梨乃さんからしたら、面白くないんだろう。


 本当に、何で泉原さんが好きなのか疑問だな。好きになるなら、淳之輔先生の方が絶対いいだろうに。見た目もそうだけど、優しいし、頭もいいし、ハイスペックなスパダリってやつじゃないか。


「翔ちゃんが、すぐでれでれするから、お化けを怖がってる暇もなかったわ」

「ははっ、そりゃ大変でしたね」

「瑠星、後で俺たちも行ってみようか?」

「え? まあ、聞いた感じそんな怖くなさそうだし……」


 泉原さんが可愛いというメイドとやらも、少し気にはなる。ゾンビって感じでもないみたいだから、さっきみたいな醜態はさらさない……かな。

 ミラーハウスのことを思い出していると、淳之輔先生はくすくす笑った。


「大丈夫だって。手、繋いであげるから」

「──へっ!?」

「じゃないと、また迷子になりそうだしな」

「ちょ、先生!?」

「え、なに? 星ちゃん、迷子になったの?」

「淳之輔くん、そこ詳しく!」

「えぇっ!? 先生、そんなこと話さないでくださいっ!!」


 どうしてか食い気味の二人に、淳之輔先生はげらげらと笑った。

 おかげで、泉原さんと梨乃さんの痴話喧嘩はうやむやになったけど、俺は恥ずかしさで耳まで熱くなってしまった。

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