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第68話 突然の乱入者

 楽しそうに笑う淳之輔先生の横で、ただただ恥ずかしい思いをしていると、泉原さんが「久々だな」と呟いた。それに、気付いた梨乃さんも「そうね」と頷く。

 俺と美羽、滝はなんのことかわからず、瞬いた。淳之輔先生はというと、苦笑を浮かべている。


「淳之輔くん、最近暗かったから、こんなに楽しそうなの久しぶりね」


 梨乃さんの言葉に、思い当たるふしがあった。きっとそれは、淳之輔先生に粘着している女のせいだろう。なかなか友達と遊びに行けないっていってたし。

 ちらりと先生を見ると、困った顔と目があった。


「まあ、バイト先では、瑠星ちゃんのこと話すたびにデレデレしてるけどな」

「……え?」

「おい、泉原……誰がデレデレしたって?」


 俺が滝と一緒に、豆鉄砲を食らった顔をしている横で、なぜか美羽と梨乃さんが顔を輝かせて「そこ詳しく!」と声を揃えた。


「デレデレだろう。瑠星ちゃんが頑張り屋で可愛いとか、頑張りすぎて心配だとか」

「──泉原!」

「星ちゃんと一緒だね!」


 泉原さんの暴露大会が始まりそうになったからか、真っ赤な顔をした先生は慌てて止めようとする。少し興味がひかれた側で、今度は美羽が俺のことを話に出した。

 淳之輔先生と泉原さんが驚いた顔で、俺を見る。


「え、いや、なに……この展開? ちょ、美羽! お前、テキトーなこといって!」

「テキトーなんていってないし。いつも、先生の自慢とかしてくるじゃない」

「じ、自慢って」

「カッコよすぎて、横歩けないどうしようとか、服相談したりさ」

「そ、それは……まあ、そうだけど……」

「この前の水族館デートだって、いちゃついた写真撮ってたよね」

「い、いちゃついた……おい、淳之輔、どういうことだ?」

「美羽ちゃん、もっと詳しく!!」


 にやにや笑う泉原さんに、食いつきが激しい梨乃さん。その中で、所在なさげに水を飲む滝。

 俺と淳之輔先生は、すっかり顔が赤くなって言葉を失っていた。


「あ、あれは、別にデートじゃないし。ね、先生」

「ああ、まあ……写真は、まあ、二人でいったから、二人だけになったわけで」


 いいながら、どこか言い訳がましく聞こえてくる。

 にやにや笑いが止まらない三人は、異口同音に「いいんじゃないの?」といった。

 もう、なんなんだよ……


「そういえば、最近、ストーカー女は現れてないわよね?」

「そういやそうだな。バイト先にも来てないよな?」

「……まあ、そうだな」

「諦めたのかな。それなら、このままハッピーエンドって感じよね」


 泉原さんと梨乃さんの言葉に、滝が「ストーカー女?」と怪訝な顔をした。そうか、滝には話していなかったな。


「先生、変な女の人に付き纏われているんだってさ」

「マジか。そういうの、リアルにあるんだな」

「被害は今のところないって、先生はいってたけど……」


 いいながら、なにかが引っ掛かった。 

  ジェットコースターで感じた視線と舌打ち。広場で見た、淳之輔先生の警戒するような眼差し。すごい力でぶつかられて、それから、ミラーハウスで見た黒髪の女──

 背筋が冷えた。


「どうした、若槻?」

「星ちゃん、顔真っ青だよ? お腹でも痛いの?」


 滝と美羽の声が遠くに聞こえた。

 ソファーに置いていた指先に、淳之輔先生の指が触れ、反射的に掴んでいた。

 言葉にならない不安が、もしかしてあれはと告げる。どうしよう、伝えた方がいいのかな。

 全員の視線を感じ、店内のざわめきが一瞬静かになったようだった。そんな中、指先に感じた先生の熱を握りしめ、速まる鼓動と息を落ち着けようと、俯いた。

 指がしっかりと握りしめられている。


 遠くでガラスのぶつかる音がした。少し離れたところから悲鳴が聞こえてくる。


「ちょ、ヤバくない?」

「誰か店員呼んだ方が──」


 ざわつく店内に、泉原さんが「なんだ?」といったその時、視界の隅に影が落ちた。

 咄嗟に顔を上げると、そこに、黒いロングヘアの女性がぬっと立っていた。

 ぎょろりとした目が俺を見ている。それは。あのミラーハウスで見たものと同じで。


「──お前っ!」


 ガタっと音を立てて泉原さんが声を上げた。だけど、女は気にもしないで赤い唇を震わせ、細い声で「許せない」と呟いた。


「あんたが……あんたがいるからぁっ!!」


 突然、叫び声を上げた女が手を振り上げる。その手には、銀のフォークが握られていた。

 女の目は、俺を捉えて離さない。

 恐怖に体が強張った。ヤバいってすぐさま思ったのに、微動だに出来ずにいると、淳之輔の手が俺の頭を抱え込んだ。


 悲鳴と一緒に、耳元で低いうめき声が聞こえた。

 俺の肩に回された淳之輔先生の手に力がこもり、強く抱きしめられる。


「くそっ、このストーカー女!」

「放せ!! 許さない、あたしの淳之輔くんをたぶらかして!! 放せーーーっ!」

「てめーの淳之輔じゃねぇだろうが、このストーカー女!!」

「警察! 誰か、警察呼んでください!!」

「淳之輔くん、大丈夫!?」

「星ちゃん、しっかりして!」


 淳之輔先生の腕の中で呆然としたまま、皆が叫んでいるのを遠くに聞いていた。


「瑠星、大丈夫か?」


 耳の側で、温かな声が響く。

 恐る恐る顔を上げると、そこには眉を顰める先生がいた。額に汗を浮かべて、笑っている。


「ごめん……巻き込んだみたいだ」


 その言葉にハッとして、現実に引き戻される。

 血の匂いがして、横へ視線をずらすと、淳之輔先生の白いシャツが赤く染まっていた。

 巻き込まれた?──違う。俺はストーカー女がいることに気付けたはずだ。もっと、早くに気付いていれば、そうすれば……先生を傷つけずにすんだのに。

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