楽しそうに笑う淳之輔先生の横で、ただただ恥ずかしい思いをしていると、泉原さんが「久々だな」と呟いた。それに、気付いた梨乃さんも「そうね」と頷く。
俺と美羽、滝はなんのことかわからず、瞬いた。淳之輔先生はというと、苦笑を浮かべている。
「淳之輔くん、最近暗かったから、こんなに楽しそうなの久しぶりね」
梨乃さんの言葉に、思い当たるふしがあった。きっとそれは、淳之輔先生に粘着している女のせいだろう。なかなか友達と遊びに行けないっていってたし。
ちらりと先生を見ると、困った顔と目があった。
「まあ、バイト先では、瑠星ちゃんのこと話すたびにデレデレしてるけどな」
「……え?」
「おい、泉原……誰がデレデレしたって?」
俺が滝と一緒に、豆鉄砲を食らった顔をしている横で、なぜか美羽と梨乃さんが顔を輝かせて「そこ詳しく!」と声を揃えた。
「デレデレだろう。瑠星ちゃんが頑張り屋で可愛いとか、頑張りすぎて心配だとか」
「──泉原!」
「星ちゃんと一緒だね!」
泉原さんの暴露大会が始まりそうになったからか、真っ赤な顔をした先生は慌てて止めようとする。少し興味がひかれた側で、今度は美羽が俺のことを話に出した。
淳之輔先生と泉原さんが驚いた顔で、俺を見る。
「え、いや、なに……この展開? ちょ、美羽! お前、テキトーなこといって!」
「テキトーなんていってないし。いつも、先生の自慢とかしてくるじゃない」
「じ、自慢って」
「カッコよすぎて、横歩けないどうしようとか、服相談したりさ」
「そ、それは……まあ、そうだけど……」
「この前の水族館デートだって、いちゃついた写真撮ってたよね」
「い、いちゃついた……おい、淳之輔、どういうことだ?」
「美羽ちゃん、もっと詳しく!!」
にやにや笑う泉原さんに、食いつきが激しい梨乃さん。その中で、所在なさげに水を飲む滝。
俺と淳之輔先生は、すっかり顔が赤くなって言葉を失っていた。
「あ、あれは、別にデートじゃないし。ね、先生」
「ああ、まあ……写真は、まあ、二人でいったから、二人だけになったわけで」
いいながら、どこか言い訳がましく聞こえてくる。
にやにや笑いが止まらない三人は、異口同音に「いいんじゃないの?」といった。
もう、なんなんだよ……
「そういえば、最近、ストーカー女は現れてないわよね?」
「そういやそうだな。バイト先にも来てないよな?」
「……まあ、そうだな」
「諦めたのかな。それなら、このままハッピーエンドって感じよね」
泉原さんと梨乃さんの言葉に、滝が「ストーカー女?」と怪訝な顔をした。そうか、滝には話していなかったな。
「先生、変な女の人に付き纏われているんだってさ」
「マジか。そういうの、リアルにあるんだな」
「被害は今のところないって、先生はいってたけど……」
いいながら、なにかが引っ掛かった。
ジェットコースターで感じた視線と舌打ち。広場で見た、淳之輔先生の警戒するような眼差し。すごい力でぶつかられて、それから、ミラーハウスで見た黒髪の女──
背筋が冷えた。
「どうした、若槻?」
「星ちゃん、顔真っ青だよ? お腹でも痛いの?」
滝と美羽の声が遠くに聞こえた。
ソファーに置いていた指先に、淳之輔先生の指が触れ、反射的に掴んでいた。
言葉にならない不安が、もしかしてあれはと告げる。どうしよう、伝えた方がいいのかな。
全員の視線を感じ、店内のざわめきが一瞬静かになったようだった。そんな中、指先に感じた先生の熱を握りしめ、速まる鼓動と息を落ち着けようと、俯いた。
指がしっかりと握りしめられている。
遠くでガラスのぶつかる音がした。少し離れたところから悲鳴が聞こえてくる。
「ちょ、ヤバくない?」
「誰か店員呼んだ方が──」
ざわつく店内に、泉原さんが「なんだ?」といったその時、視界の隅に影が落ちた。
咄嗟に顔を上げると、そこに、黒いロングヘアの女性がぬっと立っていた。
ぎょろりとした目が俺を見ている。それは。あのミラーハウスで見たものと同じで。
「──お前っ!」
ガタっと音を立てて泉原さんが声を上げた。だけど、女は気にもしないで赤い唇を震わせ、細い声で「許せない」と呟いた。
「あんたが……あんたがいるからぁっ!!」
突然、叫び声を上げた女が手を振り上げる。その手には、銀のフォークが握られていた。
女の目は、俺を捉えて離さない。
恐怖に体が強張った。ヤバいってすぐさま思ったのに、微動だに出来ずにいると、淳之輔の手が俺の頭を抱え込んだ。
悲鳴と一緒に、耳元で低いうめき声が聞こえた。
俺の肩に回された淳之輔先生の手に力がこもり、強く抱きしめられる。
「くそっ、このストーカー女!」
「放せ!! 許さない、あたしの淳之輔くんをたぶらかして!! 放せーーーっ!」
「てめーの淳之輔じゃねぇだろうが、このストーカー女!!」
「警察! 誰か、警察呼んでください!!」
「淳之輔くん、大丈夫!?」
「星ちゃん、しっかりして!」
淳之輔先生の腕の中で呆然としたまま、皆が叫んでいるのを遠くに聞いていた。
「瑠星、大丈夫か?」
耳の側で、温かな声が響く。
恐る恐る顔を上げると、そこには眉を顰める先生がいた。額に汗を浮かべて、笑っている。
「ごめん……巻き込んだみたいだ」
その言葉にハッとして、現実に引き戻される。
血の匂いがして、横へ視線をずらすと、淳之輔先生の白いシャツが赤く染まっていた。
巻き込まれた?──違う。俺はストーカー女がいることに気付けたはずだ。もっと、早くに気付いていれば、そうすれば……先生を傷つけずにすんだのに。