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第71話 こんな日に、一人でご飯を食べるのはよくない

「お待たせしてしまい、すみません」

「いやいや。怪我の方は大丈夫かい?」

「はい。思ったより深い傷ではありませんでした」

「それはよかった。それじゃ、二人とも疲れているとは思うが……署で、少し話を聞かせてもらっていいかな?」


 いかにも刑事といった厳つい感じの男性の横で、柔和な感じの若い刑事さんがにこにこと笑った。


 病院の駐車場に停まっていたのは、ごく普通の乗用車。これって覆面パトカーってやつなんだろうな。それに乗せられ、俺と淳之輔先生はそのまま管轄の警察署まで連れて行かれた。

 刑事ドラマみたいなことが自身に起こっていることを不思議に思いながら、横に淳之輔先生がいてくれたおかげで、意外と気分は落ち着いていた。


 車の中で、事件のことを聞かれることはなかった。触れられたのは年齢のことくらいだ。


「若槻さんは高校生か。さっきのはお母さん?」

「はい、そうですが……?」

「しまったな。それなら、一緒に来てもらうんだった」

「どうしてですか?」

「ほら、君は未成年でしょ。二人は兄弟かと思ったけど……親御さんに書いて欲しい書類もあるんだよね」


 もしかして、保護者の同意書とかそんなのがあるのかな。


「母さんに、来てもらうよう連絡した方が良いですか?」

「警察署から連絡しても良いけど、びっくりさせちゃうだろうからな」

「最近は、警察署を語る詐欺までありますからね。出てもらえないかもしれませんよ」


 若い刑事さんの言葉に、助手席に座る刑事さんは苦笑しながら「確かにな」といった。


「若槻さん、申し訳ないがお母さんに連絡してくれるかい?」

「はい。えっと、警察署に来るよう伝えたらいいんですよね?」

「署に来たら、受付で杉村に会いに来たといえれば通してもらえるよう、こちらでも手配しておくから」

「わかりました」


 スマホを取り出して事情を説明するメッセージを打ち、警察署に来られるかと連絡を入れると、間髪入れずに「今すぐ行く!」と返事があった。

 仕事の邪魔をしてしまったことを少し申し訳なく思ったけど、ほっと胸を撫で下ろし、スマホをポケットに押し込んだ。


「池上さんは成人しているんだよね? 親御さんに連絡入れなくて大丈夫かい?」

「……兄にだけ、連絡入れておきます」


 しばらくして警察署に着くと、先生と別々の小部屋に通され、色々と話を聞かれることになった。



 俺の事情聴取は、そんなに大変じゃなかった。

 一日の流れを聞かれたり、ストーカー女との面識があるのかとか、何かおかしなことはなかったかとかそんな話。それと、淳之輔先生がどんな人物か聞かれたりだった。淳之輔先生は俺よりも訊かれることが多かったみたいで、しばらく、廊下のソファーで待っていた。


「待ってなくていいって、刑事さんに伝言頼んだと思うんだけど?」

「……聞きました。でも、待ってたかったから」


 ぼそぼそというと、淳之輔先生は困ったようにため息をつくと、少し笑って「ありがとう」と呟いた。

 微妙な空気の中で、俺たちを見た母さんが「さ、二人とも」といって背中を叩いた。


「お腹すいたでしょ? 何か美味しいもの買って帰りましょう! 先生も一緒に」

「いや、自分は……」

「色々あって疲れたでしょ。こんな日に、一人でご飯を食べるのはよくないわ。今夜は、うちに泊っていって下さい!」

「そんな、迷惑は」

「もう充分迷惑をかけられたんですから、これくらいなんてことないですよ! ね、瑠星も先生と一緒にご飯食べたいでしょ?」

「……うん。先生、一緒に帰ろう」


 淳之輔先生をちらっと見て、その袖を摘まむと、先生は「参ったな」と小さく呟いて、ややすると「お邪魔します」と頭を下げた。


 それから一時間、電車の中で勉強の話をしながら最寄り駅に向かった。

 母さんは気を遣ってくれたんだろう。今日の遊園地のことを、先生になにも訊かなかった。きっと、訊きたいことはたくさんあるだろうけど。


 スーパーでお総菜や飲み物、スイーツを買い込んで自宅に帰り、夕飯の用意をしていた時だ。玄関から「ただいま」と声がした。父さんだ。こんなに帰宅が早いなんて珍しいな。


「あら、お父さん、早いわね」

「ははっ、たまにはいいじゃないか。──池上先生ですね。瑠星の父です」


 淳之輔先生に気付いた父さんは、にこやかに笑った。先生は少し慌てたように頭を下げて挨拶をする。

 父さん、もしかして先生と話すために、早く帰ってきたのかな?


「先生はお酒、飲めますか?」

「あーいや、嫌いではないんですが……怪我で、しばらく酒は駄目だといわれました」

「ああ、そうか。それは残念だ。怪我が治ったら、飲みましょう」

「……ありがとうございます」


 突然のことに戸惑う先生の横、父さんはけろっとしている。

 ダイニングにお惣菜が並べられ、私服に着替えてきた父さんの「お疲れ様」という言葉で、少し遅い夕食が始まった。

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