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第77話 美羽の部屋で見つけたのは、BがLしているマンガだった

 久々にきた美羽の部屋は、見事に布やリボンで散らかっていた。学祭の衣装作りの真っ最中なのだろう。見覚えのある衣装が散乱している。


 まあ、美羽とは物心ついた時からの付き合いだし、女の子の部屋ってのに幻想なんて抱いちゃいないが、淳之輔先生の部屋の方が遥かに綺麗だったな。

 さて、これはどこに座ったらいいのかと思っていると、美羽が「見て!」と声を上げて、衣装を一つ手に取った。


「急な変更でびっくりしたけど、なかなかの出来でしょ?」


 じゃーんと口で効果音をつけて取り出したのは、とびっきり可愛い赤のリボンが印象的な衣装だ。


「それ、委員長の?」

「せいかーい! で、こっちが星ちゃんの!!」

「俺のは黄色か」

「これが髪飾り。キラキラのお星様、可愛いでしょ」

「なあ、その一番デカい青は、もしかしなくても滝のか?」

「正解!! さすがに滝くんのを修正しろっていわれてたら投げ出すところだったわよ!」


 テーブルの上をガサゴソと片付けていた美羽は「適当に座ってよ」というと、立ち上がった。


「飲み物持ってくる。麦茶でいい?」

「ああ、なんでもいいよ」


 テーブルの周りに散らばるものを適当に退けて座ると、美羽はバタバタと部屋を出ていった。

 一人になって、改めて部屋を見回した。


 ここに入ったのは、いつぶりだろうか。小学校の頃はよく来ていたな。中学に入ってすぐも、ちょくちょく来ていた。よく、マンガを借りたり貸したりしていたよな。その頃とあまり変わっていない部屋だ。ピンクのカーテンに、ぬいぐるみの山。違うといえば、並んでいる服の種類かくらいか。

 きょろきょろと見ていると、床についた手に、なにかがぶつかった。


「マンガか?」


 最近はどんなの読んでいるのか、ちょっとした興味本位だった。それを開いて見たら──中身は、イケメンだらけだった。少女マンガかと思ってパラパラ捲っていくと、一際大きなコマが俺の目を引いた。


「えっ……これって」


 そこに描かれていたのは、やたら綺麗な男と美少女のような少年、二人のキスシーン。いわゆる、これって、BLマンガってやつか?


 少年マンガでは見たこともないインパクトのあるキスシーンに、思わず目が釘付けになった。いや、ちょっと待て……服の中に手、入れてるし。いやいや、どこ触って……え、このページ捲ったらどうなるわけ?

 興味本位と怖いもの見たさが勝り、ページを捲ろうとした時。階段を上る音が近づいてきた。


 慌ててマンガを元の位置に戻して少し遠ざけると、丁度、美羽がお盆をもって部屋に入ってきた。

 ヤバい。心臓がバクバクいってる。落ち着け……俺はなにも見ていない。いわなきゃ、勝手にBLマンガを読んだなんてバレやしない。


「アイスもあったから、食べよう! 苺とバニラ、どっちがいい?」

「え、ああ……どっちでも」

「そう? じゃ、あたし苺ね~」


 そういいながら向かいに座った美羽は、アイスの蓋を剥がしながら「で、相談って?」と訊いてきた。

 心臓がバクバクいっていて、今は正直それどころじゃない。

 アイスの蓋を剥がしながら口籠っていると、美羽は小さくため息をこぼした。


「もしかして、遊園地のこと気にしてるの?」

「……そりゃ、まあ」

「あれって、あのストーカー女が全面的に悪いと思うのよね」

「そりゃ、そうだろ。先生が悪いわけないし」

「でしょ? だったら、星ちゃんが思い詰めることなんて、ないと思うよ」

「けど……」


 まだ固いアイスにスプーンをさして、手を止める。

 遊園地でのことは、思い出すだけで申し訳なさが込み上げる。俺がもう少し早く気付けば、あんなことにならなかった。先生が怪我することも、俺が不安になってないかとか余計な心配をかけることもなかったんだ。


 今朝だって「おはよう。大丈夫か?」って気遣うメッセージが入っていた。申し訳ない。そう思いながら、それを、嬉しいって思っちゃいそうになって──


「俺、変なんだよ」

「……変って?」

「ずっと先生のこと考えてる」

「んー、あんなことあってまだ二日しか経ってないし、そんなもんじゃない?」

「そうなんかな……」

「あたしだって、もしも滝くんが同じ目に合ったら、星ちゃんと同じになると思うよ。まあ、滝くんなら返り討ちにしそうだけど」


 あははっと笑う美羽は、空になったアイスのカップをテーブルに置くと、真剣な顔になった。


「ねえ、先生のことどう考えちゃうの?」

「どうって……遊園地でのこととか、いつも笑ってるとことか、勉強教えてくれる真面目な顔とか、声とか、思い出すっていうか……」

「笑ってる顔? 怒ってる顔?」

「先生は怒んないからな……まあ、サボれば叱られるけどさ。別に、それが嫌ってこともないし」

「ふーん、だいぶ星ちゃんを甘やかしてるのね」

「甘やかしてるんじゃなくて、教え方が上手いっていうか」

「それなら、今、星ちゃんが悩んでること、先生に相談したらいいんじゃない?」


 麦茶の入ったグラスを持ち上げた美羽は、それを一口飲むと「それで全部解決するよ」といった。


 こいつは、なにをいってるんだ?

 俺は淳之輔先生に迷惑かけていることを悩んでるんだぞ。それを、直接先生に相談って、さらに迷惑かけるだけじゃないか。それに……この、胸の奥がざわつく感じ。これをどう先生に説明すりゃいいんだよ。


「はー、ほんっと、星ちゃんって鈍感よね」

「なんだよ、それ」

「優しい先生のことを考えちゃうんでしょ? 辛い時に先生の笑顔を思い出しちゃう。先生の声が聞きたくなる」


 汗をかいたグラスをテーブルに置いた美羽は、肩をすかせて笑った。


「もうそれって、恋でしょ?」


 さらりと告げられた言葉に、頭を殴られたようなだった。衝撃が走り、声が詰まった。

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