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第78話 初恋に気付かなきゃよかった

 美羽の爆弾発言に脳が揺さぶられて、言葉が出てこなかった。


「は? 恋?……俺が?」


 淳之輔先生に恋してる?

 脳裏に、めちゃくちゃ綺麗な顔で笑う先生の顔が浮かんだ。優しい声で俺のことを呼んで、大きな手でくしゃくしゃって頭を撫でてくれて──いやいやいやいや、待ってくれ、恋って?


「……冗談きついって」

「冗談なんかじゃないわよ。だって、星ちゃん……顔、真っ赤よ」


 美羽はそういって、俺の前に手鏡を突きつけた。そこには、耳まで赤くしてる俺がいる。もう、それはBLマンガの中にいた美少年とまんま同じで、一切の照れが隠せていない。

 俺は、淳之輔先生のことが好き?

 考えると、さらに体温が上がっていった。

 優しい声が脳内で繰り返し蘇る。俺を抱きしめてくれた腕、感じた心音、全てを思い出す。


「……俺、先生のことが、好き、なのか?」

「悩むって、そういうことでしょ。友達として好きなら悩まないわよ。あたし、星ちゃんのこと好きよ。星ちゃんだって、あたしのこと好きでしょ?」


 ああ、確かにそうだ。

 すとんと腑に落ち、納得してしまった。さらに体が熱くなっていく。穴があったら入りたい。だって、なにが悲しくて、美羽に恋愛相談しに来ているんだ、俺は。


「いつになったら、気付くのかな~って思ってたのよね」

「……は?」

「だって、星ちゃんってば先生を見てる時の顔、恋する乙女だったもん」

「なっ、なんだよそれ。俺は男で──!」


 カッとなって出た言葉に、はたと気付いた。

 そうだよ。俺は男だし、淳之輔先生だって男だ。マンガの世界みたいに男同士で恋愛とか、そんな身近な話じゃない。そうだよ。先生だって、きっと女の子が好きに決まってる。あんなにイケメンで、ストーカー女が現れるくらいだぞ。それこそ、引く手あまたじゃないか。


「星ちゃん?」

「……気付かなきゃよかった」

「なによ、今度は真っ青になって。情緒不安定にもほどがあるわよ。生理?」

「んなわけ、あるか! そうじゃなくて……俺は男なんだよ」

「そうね。どうして女の子に生まれてこなかったのよ」

「……知るかよ。母さんに訊けよ」


 ぼろぼろと涙が零れてきた。

 初恋に気付いたと同時に、失恋とか有り得ないだろう。なんだよこれ。


「ちょっ、星ちゃん!? やだ、泣かないでよ」

「……失恋決定じゃん」


 拭っても出てくる涙と鼻水。ぐずぐずになってると、美羽が「そんなことないよ」といいながらティッシュボックスを突き出した。


「なんで失恋決定なのよ?」

「淳之輔先生、絶対モテるし……」

「それはそうね。でも、恋人いないんでしょ?」

「……たぶん」

「じゃあ、可能性あるでしょ」

「ないって! 俺、男だよ。先生だって……俺と兄弟みたいになりたいっていってたし」

「兄弟って家族になりたいってことじゃない。恋人よりも愛が大きいと思うわよ」

「それは違うだろ? 俺に兄弟はいないけど、兄貴と手繋いで外歩くか? それに、抱き締めたりなんて……」


 脳裏に、さっき見たBLマンガがちらついた。

 兄弟でそんなことしない。それに、キスとかその先とか……綺麗な淳之輔先生の顔を思い出し、とたんに顔が熱くなった。先生の赤い唇はどんな感触なんだろう。先生、キスの時ってどんな顔するのかな。いや、そういう時って目を瞑るもんなのか?──って、そんなの考えてる場合じゃないだろう。

 こんなこと考えてるなんて知られたら、絶対、嫌われる!

 頭を抱えていると、美羽はわざとらしくため息をついた。


「じゃあ、諦めるんだ」


 淡々とした声が響いて、思考が現実に戻った。


「そりゃ、男同士ってハードル高いだろうけど、最初っから諦めるって違うよ」

「でも、嫌われるのは嫌だ」

「それが可笑しいっていってるの! もしも、あたしが星ちゃんを好きになって告白したら、星ちゃんはどう思う? 付き合える?」


 突然の問答に、思わず顔をしかめてしまった。

 美羽と恋愛なんて想像がつかない。こいつと手を繋いでデートしたり、キスしたり……絶対ないだろう。そんなことしたら、間違いなくぶん殴ってきそうだし、なにか対価を求めてきそうだ。甘い恋愛ってのは、まったく想像できない。


「……無理だな」

「じゃあ、嫌いになる?」

「なんでそうなんだよ。そんな訳ないだろ」

「でしょ? あたしもそう。星ちゃんを男とは思えない。けど、嫌いなんてならないよ」

「それは、俺たちが生まれたころから一緒だからだろ。だから、お前とキスしたりとかは考えらんねぇっつーか」


 いいながら恥ずかしくなってため息をつくと、美羽が「そう、それよ!」と声を上げた。それって、どれだよ。


「もしも、先生が性的に星ちゃんを見てたら恋人になれる。そうでなかったら、兄弟みたいな友達のままでいられる。その可能性が高いと思うのよ!」

「性的なって……それは、俺に都合よすぎじゃないか?」

「あのね、星ちゃん。好きでもない子を庇って、怪我なんてしないと思うよ」


 この前の遊園地で起きた事件をいっているんだろう。

 怪我をした淳之輔先生の顔を思い出した。俺を守れたからいいんだっていった先生は、凄く辛そうに笑ってた。


「……家庭教師だから」

「え?」

「先生は……家庭教師だからっていってた。だから、守らせてくれっていってた」

「じゃあ、星ちゃんのことを弟とは思ってないってことじゃない。でも、家庭教師は教え子を抱きしめて守りはしないと思うよ」

「……抱きしめて……」


 そういえば、病院でも泣いた俺を抱きしめてくれた。いなくならないって。

 先生の体温とか鼓動とか、指の感触が蘇る。思い出すだけで、また体温が上がっていって、息苦しくなった。


 涙がまた込み上げてくる。

 もしも淳之輔先生に嫌われたら、あの手がなくなったらと思うと悲しくて辛い。

 ああ、感情がめちゃくちゃだ。

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