美羽の爆弾発言に脳が揺さぶられて、言葉が出てこなかった。
「は? 恋?……俺が?」
淳之輔先生に恋してる?
脳裏に、めちゃくちゃ綺麗な顔で笑う先生の顔が浮かんだ。優しい声で俺のことを呼んで、大きな手でくしゃくしゃって頭を撫でてくれて──いやいやいやいや、待ってくれ、恋って?
「……冗談きついって」
「冗談なんかじゃないわよ。だって、星ちゃん……顔、真っ赤よ」
美羽はそういって、俺の前に手鏡を突きつけた。そこには、耳まで赤くしてる俺がいる。もう、それはBLマンガの中にいた美少年とまんま同じで、一切の照れが隠せていない。
俺は、淳之輔先生のことが好き?
考えると、さらに体温が上がっていった。
優しい声が脳内で繰り返し蘇る。俺を抱きしめてくれた腕、感じた心音、全てを思い出す。
「……俺、先生のことが、好き、なのか?」
「悩むって、そういうことでしょ。友達として好きなら悩まないわよ。あたし、星ちゃんのこと好きよ。星ちゃんだって、あたしのこと好きでしょ?」
ああ、確かにそうだ。
すとんと腑に落ち、納得してしまった。さらに体が熱くなっていく。穴があったら入りたい。だって、なにが悲しくて、美羽に恋愛相談しに来ているんだ、俺は。
「いつになったら、気付くのかな~って思ってたのよね」
「……は?」
「だって、星ちゃんってば先生を見てる時の顔、恋する乙女だったもん」
「なっ、なんだよそれ。俺は男で──!」
カッとなって出た言葉に、はたと気付いた。
そうだよ。俺は男だし、淳之輔先生だって男だ。マンガの世界みたいに男同士で恋愛とか、そんな身近な話じゃない。そうだよ。先生だって、きっと女の子が好きに決まってる。あんなにイケメンで、ストーカー女が現れるくらいだぞ。それこそ、引く手あまたじゃないか。
「星ちゃん?」
「……気付かなきゃよかった」
「なによ、今度は真っ青になって。情緒不安定にもほどがあるわよ。生理?」
「んなわけ、あるか! そうじゃなくて……俺は男なんだよ」
「そうね。どうして女の子に生まれてこなかったのよ」
「……知るかよ。母さんに訊けよ」
ぼろぼろと涙が零れてきた。
初恋に気付いたと同時に、失恋とか有り得ないだろう。なんだよこれ。
「ちょっ、星ちゃん!? やだ、泣かないでよ」
「……失恋決定じゃん」
拭っても出てくる涙と鼻水。ぐずぐずになってると、美羽が「そんなことないよ」といいながらティッシュボックスを突き出した。
「なんで失恋決定なのよ?」
「淳之輔先生、絶対モテるし……」
「それはそうね。でも、恋人いないんでしょ?」
「……たぶん」
「じゃあ、可能性あるでしょ」
「ないって! 俺、男だよ。先生だって……俺と兄弟みたいになりたいっていってたし」
「兄弟って家族になりたいってことじゃない。恋人よりも愛が大きいと思うわよ」
「それは違うだろ? 俺に兄弟はいないけど、兄貴と手繋いで外歩くか? それに、抱き締めたりなんて……」
脳裏に、さっき見たBLマンガがちらついた。
兄弟でそんなことしない。それに、キスとかその先とか……綺麗な淳之輔先生の顔を思い出し、とたんに顔が熱くなった。先生の赤い唇はどんな感触なんだろう。先生、キスの時ってどんな顔するのかな。いや、そういう時って目を瞑るもんなのか?──って、そんなの考えてる場合じゃないだろう。
こんなこと考えてるなんて知られたら、絶対、嫌われる!
頭を抱えていると、美羽はわざとらしくため息をついた。
「じゃあ、諦めるんだ」
淡々とした声が響いて、思考が現実に戻った。
「そりゃ、男同士ってハードル高いだろうけど、最初っから諦めるって違うよ」
「でも、嫌われるのは嫌だ」
「それが可笑しいっていってるの! もしも、あたしが星ちゃんを好きになって告白したら、星ちゃんはどう思う? 付き合える?」
突然の問答に、思わず顔をしかめてしまった。
美羽と恋愛なんて想像がつかない。こいつと手を繋いでデートしたり、キスしたり……絶対ないだろう。そんなことしたら、間違いなくぶん殴ってきそうだし、なにか対価を求めてきそうだ。甘い恋愛ってのは、まったく想像できない。
「……無理だな」
「じゃあ、嫌いになる?」
「なんでそうなんだよ。そんな訳ないだろ」
「でしょ? あたしもそう。星ちゃんを男とは思えない。けど、嫌いなんてならないよ」
「それは、俺たちが生まれたころから一緒だからだろ。だから、お前とキスしたりとかは考えらんねぇっつーか」
いいながら恥ずかしくなってため息をつくと、美羽が「そう、それよ!」と声を上げた。それって、どれだよ。
「もしも、先生が性的に星ちゃんを見てたら恋人になれる。そうでなかったら、兄弟みたいな友達のままでいられる。その可能性が高いと思うのよ!」
「性的なって……それは、俺に都合よすぎじゃないか?」
「あのね、星ちゃん。好きでもない子を庇って、怪我なんてしないと思うよ」
この前の遊園地で起きた事件をいっているんだろう。
怪我をした淳之輔先生の顔を思い出した。俺を守れたからいいんだっていった先生は、凄く辛そうに笑ってた。
「……家庭教師だから」
「え?」
「先生は……家庭教師だからっていってた。だから、守らせてくれっていってた」
「じゃあ、星ちゃんのことを弟とは思ってないってことじゃない。でも、家庭教師は教え子を抱きしめて守りはしないと思うよ」
「……抱きしめて……」
そういえば、病院でも泣いた俺を抱きしめてくれた。いなくならないって。
先生の体温とか鼓動とか、指の感触が蘇る。思い出すだけで、また体温が上がっていって、息苦しくなった。
涙がまた込み上げてくる。
もしも淳之輔先生に嫌われたら、あの手がなくなったらと思うと悲しくて辛い。
ああ、感情がめちゃくちゃだ。