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第79話 先生のことが好きだ。だけど自意識過剰なクズにはなりたくない。

 込み上げてくる涙を堪えようとしていると、美羽が俺を呼んだ。


「ねえ、星ちゃん。とりあえず、好きのままでいいと思うよ」

「……好きのままで?」

「今、星ちゃんは自分の気持ちがはっきりして、混乱してるんだよ。別に、今すぐ告白しなきゃいけない訳でもないんだしさ。今は、片思いを大切にしたら?」

「片思いを大切に……」

「ほら、あたしに先生の自慢したっていいし! 好きって気持ち、いっぱい話そう。片思い中の恋バナだって楽しいんだよ」

「……なんか、お前って凄いな」

「なによ、今さら気付いたの?」


 得意げに笑った美羽は、俺の横に移動して座ると、スマホを出した。そうして、引っ張り出したのは一枚の写真。


「ほら見て、先生いい笑顔!」


 遊園地のキャラクターを抱き締めるように、俺と二人で撮った写真だ。それも、全体じゃなくて上半身だけだ。


「星ちゃん、滝くんにスマホ渡してたから、あたしのスマホでこっそり取ってあげたの」

「なんで?」

「だって、滝くんは全身しか撮らないと思ったから。ほら、ここ!」


 美羽が拡大したのは、ちょうどマスコットの顔の下、首元のリボンに隠れるような場所だ。抱き着いている俺と先生の手が触れあっていた。この時、びっくりして手を引っ込めようとしたら、先生が握ってきたんだった。


「ちゃっかり星ちゃんの手、握ってるとか。先生、可愛いよね」

「……たまたまだろ?」


 たまたまなんかじゃない。先生が握ってきたんだ。

 大きな手の感触を思い出したからか、鼓動が早まった。


「たまたまだとしても、好きじゃなかったら握らないし、こんな笑って写真撮らないって」


 たまたまじゃなかったら、あれは、どういう意味なのか。──少しだけ期待してしまうけど、でも、もしもそうじゃなかったら、俺は自意識過剰なクズじゃないか。そうだよ、あのストーカー女と一緒になっちまう。それだけは、嫌だ!


「それから、ほら、こっちも」


 俺が悶々としながら写真を見ていると、美羽は次々に別のを見せてきた。

 いつの間に、俺たちのことを撮っていたんだ。ジェットコースターの待機列で話してるところまで撮ってるし、カフェの様子まで撮っている。

 どれもこれも、淳之輔先生は楽しそうに笑ってる。その横で俺も、無意識なんだろう、自分でも見たことない笑顔をしていた。


「星ちゃんに送ってあげようと思ってたんだよね」

「……ありがとうな。つ-か、いつだよ」

「なにが?」

「その、俺が淳之輔先生のこと好きだって気付いてたの。だから、こんな写真撮ってたんだろ?」

「んー……先生と買い物に行くっていってたあたりかな」


 スマホをいじりながら、美羽は首を傾げた。

 淳之輔先生と買い物って、あれか。美羽に服の相談をした頃か。いや、あの時はそんな気はさらさらなかったぞ。先生に憧れてはいたと思うけど……


「絶対、星ちゃんの初恋になるって思ったんだよね。はい、写真送ったよ!」


 送られた写真の中で、楽しそうに笑っている淳之輔先生の顔を見て、胸が苦しくなった。

 めちゃくちゃいい笑顔だ。先生、顔がよすぎるんだけど。


「ね、先生のどこが好きなの? やっぱり、顔?」


 にやにやしながら聞く美羽に、耳が熱くなる。そこは、否めない。勿論、面倒見のいいところとか、優しいとこ、俺に笑ってくれる顔とか、話しかけてくれる時の声とか……好きなところを上げたらきりがない。

 ああ、そうだよ。先生の全部が好きだよ。だけど……あのストーカー女みたいにはなりたくない。


「美羽……話聞いてくれて、ありがとうな」

「あたしと星ちゃんの仲じゃない。いつだって聞くし、滝くんとの話も聞いてもらうから、お互い様よ」


 満面の笑みとなった美羽は、なにか思いついたようで、急に立ち上がった。


「星ちゃんに、これ、貸してあげる!」

「……小説?」


 夕焼けを思わせる表紙には、二つ向き合う影が描かれていた。体育館だろうか。床に伸びる影の側にはバレーボールとノートがある。タイトルは『黄昏のアスピレーション』。これだけを見ると、青春ドラマな気がするけど、このタイミングで美羽が持ち出すってことは、BL小説というやつだろう。文字だけなら、マンガよりは刺激が少ないのかもしれないが……


 訝しむように表紙を見ていると、美羽は「BLだけどオススメだよ」といった。ほら、やっぱりそうだ。


「そんな顔しないでよ。エッチなシーンはほぼないし、挿絵ないから大丈夫だってば」

「なっ!?」

「これ、主人公は高校生で、恋する相手は学校の先生なの。めっちゃ純愛だし、男同士ってことに葛藤もするし、丁度いい参考書になると思うよ」

「参考書ってな……」

「小説が嫌なら、マンガのオススメは──」


 いいながら、美羽は本棚に並ぶマンガに手を伸ばした。それを見て、思わずチラ見したマンガを思い出してしまった。冗談じゃないぞ。万が一、淳之輔先生や母さんに見られたら、なんて思われるか!


「これでいい!」

「え?」


 一冊のマンガ本を引き抜いた美羽は、きょとんとして「これもオススメなのに」といった。

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