自宅に戻って『黄昏のアスピレーション』を捲ってみた。
主人公は地方都市に住む高校生だった。バレー部のレギュラーで部活に打ち込み、恋愛なんてそっちのけ日々。描かれる青春の日々は眩しくて、俺とは違った高校生活に引き込まれていった。
だけど充実した生活が、交通事故によって一変する。
命は助かった。だけどコートに立てなくなった主人公は、マネージャーとして部員を支える道を選んだ。人のいないところで泣く日々に気づいていたのは、顧問の先生。
チームを全国大会に連れていくという、共通の目標に向き合いながら、二人が惹かれ合っていく姿が凄く眩しくて苦しかった。
だけど、全力を出し切っても乗り越えられなかった壁。泣き崩れるチームメイト。黄昏の中で、来年こそはと誓い合う。だけど、顧問の先生は学校を去ることになって──
文庫本にしおりを挟んでベッドに転がった。
恋に、男とか女とか関係ないんだ。
思い合う二人。だけどすれ違うもどかしさ。全てが愛おしくて、胸が締め付けられる。
文庫本の表紙に触れ、二人が幸せになれたらと願う。早く、お互いの気持ちを打ち明けたらいいのに。ああ、でもそうか。学校の先生だと学生と付き合うとか無理だよな。未成年に手を出したら大問題だろうし。
同性だってだけでも辛いだろうに、年齢の壁まである。
主人公は、部活で汗を流せたら、そのもどかしさを吹っ切れたのかもしれないのに。なんとも上手くいかないものだな。でも、だから二人の距離が近づくのか。
美羽が、参考書になるっていった意味も、なんとなくわかった。
どことなく、俺たちに似ているんだ。まあ、俺は部活をやってる訳じゃないし、淳之輔先生は学校の先生じゃなくて大学生だけど。
「……そういえば、先生、高校でバレーやってたって」
ふと思い出し、もう一度『黄昏のアスピレーション』の表紙を捲る。
主人公が交通事故にあう前、生き生きと体育館を走ったり、サーブの練習したり、チームメイトと笑っているシーンを読み返す。
淳之輔先生も、こんな風に高校生活をすごしたのかな。
部活の経験が皆無──中学の時、美術部にいたけど運動部みたいな青春ってなかった俺には、未知の世界だ。
先生の話が聞きたい。
どんな高校生だったんだろう。朝練も、やっぱりあったのかな。部活の後はラーメン食べに行ったり、銭湯に行ったっていってた。どんな毎日だったんだろう。
もっと、先生のことが知りたい。
俺の知らない淳之輔先生のこと、昔のこと。どんな高校時代だったんだろう。それに、誰を好きになったんだろう。その人は、どんな人で、どこの高校の子で……やっぱり、女の子だよな。
文庫本が手から落ち、ぱたっと音を立てる。
涙がつっと落ちて枕を濡らした。
「……もしも、女の子だったら」
言葉にしてみるけど、いまいち実感がわかない。
女の子だったら、そもそも淳之輔先生と出逢えなかったかもしれない。母さんのことだから、女の先生を探した気がする。
淳之輔先生と出逢えなかったら、どんな人生になったのか。想像してみるけど、上手く思い浮かばなかった。もう、先生がいない日々が想像できない。
これからも、一緒にいたい。もっと、勉強だって教えて欲しいし、一緒にいろんなところに行きたい。
そうだ、観覧車。まだ一緒に乗ってないじゃないか。映画にだって行きたい。動物園もいいし、プラネタリウムとか、そうだ、また水族館に行くのもいい。先生と一緒なら、きっとどこだって楽しい。
病院で「いなくならないから、心配すんな」といった淳之輔先生の優しさが滲む声を思い出した。
俺が、先生に恋してるって知っても、いなくならないのかな?
「……どうしたらいいんだよ」
数学の公式のように、当てはめたら答えが出る訳じゃない。考えても、まったく出口の見えない迷路に迷い込んだようだ。
淳之輔先生なら、俺の手をひぱって出口に連れていってくれるのかな。
どうしても、先生に縋りたくなる。けど、きっと自分でどうにかしないといけないんだ。どうにか……
「けど、告白は無理だ」
どんなに頑張って告白をする想像しても、淳之輔先生の顔が強張る姿しか描けない。
読み途中の『黄昏のアスピレーション』の結末が気になる。きっと物語はハッピーエンドなんだろう。でも、俺の人生までそんな簡単に願いが敵うとは思えない。
初恋は叶わないっていうし。
枕に顔を押し付けて丸くなり、拳を握りしめた。