その後、一星は風太と競うように焼肉をたいらげ、猛に
「猛さん。気になるんで、早く彼女さん、呼んでくださいよ」
「そうっすよー。おれも、早く見てえっす!」
「さっきメッセージ送ったから、そろそろ来るってば。でも、君たち……、頼むから大騒ぎしないでよ……?」
「はい……!」
「わかってます!」
雅は
家の前を通る車の音がするたびに、ハッと手を止めて耳を澄まし、通り過ぎていくのを確かめ、また手を動かす。だが、やがて。家の前に車のライトがしっかりと止まる。その途端、一星は台ふきんを放り投げて、玄関へ走った。そのすぐ後ろを、風太も追いかけてくる。
「お前……っ、ちょっと邪魔なんだけど。もうちょい後ろにいろよ!」
「おめーこそ、おれの後ろ行け! 靴が……、履けねえだろが!」
「この……っ、俺が先に出るって――」
「いーや! ここはおれが出る!」
「ちょっとふたりとも、ケンカしないで落ち着けって……」
一星は、風太ともみくちゃになって玄関のドアを開け、背後では猛がおろおろした声を出す。だが、インターホンが鳴り、一星がドアを開けた瞬間。門扉の前に立つ人を見て、そこに立ち尽くし、言葉を失った。
え……?
「お、お……っ、おざぁっす……!」
風太は、一星の隣でそう言って頭を下げ、コンパスの軸のように、ピンと背すじを伸ばして立っている。「おはようございます」なのか「おつかれさまです」なのか、よくわからないあいさつだったが、彼がそうなったのも当然だった。今、一星と風太の前にいるのは、剣道部顧問の
「どうも、こんばんは……」
烏丸は、一星と風太にそうあいさつをして、頭を下げる。いつもとは雰囲気の違う丁寧なあいさつに、一星は違和感しかない。だが、ひとまずはオウムのように、あいさつを返した。
「こ、こんばんは……」
「……その、連れが世話になってるようで、悪かった。もう眠っちまってるか?」
「あ、いえ……。まだ起きて――」
「ヤチさーん、おつかれ! 来てくれてありがとうございます!」
「おう……」
一星は
「ってことは、まさか……、猛さんの、恋人って……」
「そう、そのまさか」
猛は、玄関で靴を履き、烏丸の隣に並ぶ。そうして、彼の左手を取り、指をからめて握ってみせた。
「僕の恋人はね、烏丸八千穂さん。君たちの、剣道部の先生だよ」
一星は驚いて言葉が出ない。――というよりも、なんとコメントしたらいいかわからなかった。もちろん、ツッコミたいことは山ほどある。なぜ、猛と烏丸が付き合うことになったのか。いつから、そういう関係だったのか。そして、ふたりはもともと、同性愛者だったのか。それとも、一星のように、たまたま、好きになった相手が男だったのか――。
おそらく風太も、一星と同じだった。――いや、口を半開きにしたまま、あいさつも返せないで、ただ
「先生、どうもこんばんは。お世話になっております。せっかくなんで、よかったら、お茶でも飲んでってください」
太郎が出てきて、声をかける。だが、烏丸はかぶりを振った。
「いえいえ、私はただの迎えですんで……。これで」
「そうですか……」
「それに、彼がまた眠ってしまうと、ご迷惑になりますし」
そう言って、烏丸は
「おっ、お茶! 飲んでってください、先生!」
***
焼肉パーティーの残り香が漂う源家のリビングは、今、静まり返っている。開けられた窓からは、心地よい夜風が吹いて、カーテンがふわり、ふわりと
一星と風太は並んでテーブルの席に着き、その向かい側には猛と、剣道部顧問の烏丸が並んで座っていた。太郎と雅は、それぞれテーブルの端に椅子を置いて座り、四人を心配そうに見つめている。そのテーブルの上には、さっき雅が
「なんか、びっくりさせちゃったみたいで、ごめんな。ふたりとも」
「いえ……」
一星はそう言って、隣にいる風太の顔を
「まぁ、そういうわけだから。今後ともよろしくお願いしまーす!」
多少、酔っ払っているのもあるが、猛は軽いノリでそう言って、烏丸に甘えるようにして寄りかかる。しかし、烏丸は
「おい……。もう少しちゃんと、説明しなくちゃだめだろ」
烏丸は、一星と風太の顔をそれぞれ、しっかり見つめていた。
「一星、風太。驚かせて、本当に悪かったな。その、大丈夫か……?」
「はい」
「……は、はい」
たぶん、烏丸はおもに風太に対して「大丈夫か」と
しかし、そんな風太とは違い、一星は密かに胸を
「先生……と、猛さんに、
「はい」
「いいよー」
「ふたりは、もともと知り合いだったんですか?」
そう
「懐かしいなぁ……。藤沢駅前のゲーセンで、チンピラにからまれてた僕に、通りがかったヤチさんが加勢してくれてさ。ふたりで八人、倒したんだよね」
「今だったら、警察沙汰だけどな……」
ちなみにその頃、猛は太郎ともよくつるんでいたが、太郎は横浜の高校に
「嘘でしょ……。猛さん……、全然、人のこと言えないじゃないですか……」
「あはは、バレちゃったかー」
猛は太郎と雅に
「類友なんだろうね、きっと。でもね、僕らの場合は、そこからが大変だったんだ。ヤチさん、全然オッケーしてくんないんだもん。まぁ、最終的には、僕の粘り勝ちだったけど」
「なるほど……。相当、しつこくされたんですね……」
同情するような口調で一星が言うと、烏丸は深く頷いた。それから「しつこいなんてもんじゃなかったよ……」と、
「諦めが悪いタイプなのー、僕は。それに、ヤチさんにも好意があるってことは、ちゃーんとわかってたしね」
「……余計なことを言うんじゃない」
烏丸がそう言って、ジトっと猛を
「まったく……。調子がいいんだからな、タケは。こっちは相手が、一星の学校の先生だって聞いて、本当に心配してたんだぞ」
太郎にそう言われて、猛はまたへらへらと笑った。
「ごめんなさい。でも、どうしようもなかったんですよ。相手が一星くんの先生なんて、僕も最初は知らなかったし。もう、わかったときには、好きって言っちゃってたんだから」
「……オレは、当分は隠し通すべきだと思ってたんだ。少なくとも、一星たちが卒業するまではな。教育上、こういう話で、多感な年齢の生徒を動揺させるのは心配だった。でも、猛が……、みんな家族みたいなもんだから、ちゃんと話したいと、ずっと前から言っててさ……。まさか、それが今日になるとは思わなかったけど」
「ごめん、ごめん。いい機会だと思ったんだよー」
猛が笑って、頭を
「いや、先生……。それに関しては、私に責任がありますんで……。申し訳ありません」
「いやいや……。まぁ、時間の問題だったかもしれませんから」
太郎が頭を下げると、烏丸は笑みをこぼし、かぶりを振る。一方で、猛は嬉しそうに、また烏丸の肩に寄りかかろうとする。そうされると、烏丸はやはり、
先生、すごい嬉しそうだな……。この人も、こんな顔することあるんだ……。