目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

9-7

「風太……」

「ひとりでカッコつけて歩いてるヤツがいると思ったら。やっぱ、お前だったわ」


 風太はいつも通り、憎まれ口を叩き、にやりと笑った。一星はジトっと彼をにらむ。


「誰がカッコつけてんだよ。ただ、歩いてるだけだろーが」

「そう思ってんなら、お前は無自覚のカッコつけ野郎ってことだな」

「あぁ……? お前、まさかこんなところまで、ケンカ吹っ掛けにきたのかよ」

「ちげーよ。……ただ、なんか、お前の背中がすげーしょげてたからよ、ついてってやろうかなーと思っただけー」

「しょげてた……?」

「お前さ、ショックだったんじゃねーの? 猛さんと先生のこと」


 波の音を聞きながら、風太は一星の隣に並んだ。そうして、スウェットパンツのポケットに手を突っ込んで、一星の顔をうかがうように視線をくれる。一星は、ふっと笑みをこぼし、その視線を拾って言った。


「そっか……。風太、俺のこと心配して、追っかけてきてくれたのか」

「バ……っ、バカ言ってんじゃねえ! お前の心配なんか、誰がするか!」

「お前の気持ちは嬉しいけど、俺はべつにショックなんか受けてないよ。あのふたりが、まさか付き合ってるとは思わなかったから、ビックリはしたけどね」


 一星がそう言うと、風太は急に表情を変えた。意外だと言わんばかりに目を丸くし、足を止める。それに気付き、一星も足を止めた。


「ビックリしただけ?」

「うん」


 一星は頷き、また歩き出した。その返事を聞くなり、風太は深いため息をき、また一星の隣に並ぶ。


「お前ってほんと……、メンタルはがねだよな……」

「風太は、ショックだったのか?」

「そりゃ、そうだろ! だってお前、あの烏丸先生だぞ? 猛さんだって、フツーにかっけえし、女の人に超モテそうなのに――」

「だから。そういう、男とか女じゃないって、先生が言ってただろ」

「そうだけどよー……」


 たしかに、猛と烏丸がそういう仲だったことには驚いた。そもそも、彼らが知り合いだったことも、一星はまったく知らなかったし、記憶が正しければ、猛は接骨院に、恋人のカルテがあると話していた。つまり、烏丸はときどき、あの接骨院へ施術に来ていた、ということになる。


 全然気付かなかったな……。烏丸先生がうちの患者さんで、猛さんの恋人だったなんて……。


 だが、そんな事実を知っても、全然、まったく、これっぽっちもショックではない。むしろ、気分は高揚していた。一星は今、身近に幸せの手本が見つかって、これまでになく、自分の恋に前向きになれているのだ。


 また、猛のことにしても、深く納得させられている。あれだけ恵まれた容姿でいながら、あの年齢まで、猛に女の影がなかったことや、彼が女性客からの誘いに一切乗らないことには、ときどき、奇妙だとすら感じていたが、そういう理由があったのなら、当然だ。ところが――。


「人間として好きってさ……、女の子が好きってのと、どう違うのか、おれにはイマイチわかんねーんだよな……」


 どうやら風太は、一星とは違うらしい。もっとも、ノーマルな彼が、そう思うのは無理もないが、ただし。彼らの関係が理解できない、とまゆをひそめる風太を見ていると、自分の道のりは思っている以上に遠いのだろうということを、思い知らされる。


「……ほんと、つくづくガキだな、お前は」

「な……っ! じゃあ、お前はわかんのかよ!」


 風太がムキになってわめき、一星は、くくく……、と笑った。いつも通りのやり取りには、少しホッとする。烏丸と猛が話していたとき、あまりにも風太がなにも話さないものだから、ショックで精神が崩壊してしまったのか、と心配したが、案外と風太は元気だった。


「さあね。ただ、お前よりはわかってるかも」

「どうわかってんだよ! 説明してみろ!」


 風太は暗がりでもわかるほど、頬を赤らめてそう言った。一星はまた笑みをこぼし、ため息をく。こんなに子どもっぽくて、感情表現が鬱陶うっとうしいほどに豊かで、うるさいくらい元気な男に、どうしてこんなにかれているのか、自分でもときどき、わからなくなるときがある。けれど、猛烈に好きだと思った。いつだって素直じゃないのに、すぐ顔に出るところも、憎まれ口を叩きながら、優しさを隠しきれないところも、ピュアなところも。なにもかも。


 男でも女でも、どっちでもいいし、性別なんかどうでもいい。ただ、風太が好きだ……。めちゃくちゃ好きだ……。だけど……。


「……そんなもん、自分で考えろよ」

「考えたってわかんねーよ!」

「めんどくせえヤツ……」

「んだと……!」


 言い合いをしながら、思う。このままでは、一星の想いは、たぶん――いや、絶対に、風太には届かない。烏丸の言葉がイマイチ理解できなかった彼が、一星の想いに気付くはずはないし、一星がここですべて打ち明けたとして、事細かに説明しても、風太は一星の想いを受け入れられないだろう。そんなことは、とうにわかっていたのに、一星は今さら、寂しくなった。そうして、気付く。もしかしたら、こんな気持ちを、猛もまた、烏丸にいだいていたのかもしれない、と。


 あぁ、そっか……。だから、猛さんは……。


 彼がなぜ、烏丸と久しぶりに会った日に、突然、告白したのか。あまりに無謀で、突飛な行動をした、その気持ちが、今はほんの少しだけわかるような気がする。


 誰だって、視界に入っていないものは、見えるはずがなく、見えないものを、意識することはない。けれど、手を挙げて、声を上げて、無理やりにでも、その存在に気付いてもらうことで、その人の視界に入れる。彼はそうしたのだ。


「なるほどね」


 海岸を歩きながら、一星はひとりごとを言って、また笑みをこぼす。そんな一星を妙に思ったのだろう。風太はなかなか話し出さない一星に、口を尖らせた。


「おい、一星。なーにひとりでニヤニヤしてんだよ」

「あぁ……、ごめん」


 一星は立ち止まり、風太をじっと見つめる。すると、風太もまた、足を止め、一星を真っすぐに見つめた。


「うまく言えないけど、俺はさ……、猛さんたちの好きは、俺の思ってる好きと、そんなに変わんないと思ったんだ」

「え……、変わんないって――」

「俺の好きな人も、男だから」

「は――……」

「だから、俺は、烏丸先生の話してたこと、ちょっとわかる気がしたんだよ」


 一星がそう言った瞬間。海から強い潮風が吹いて、風太がぐっと目をつぶる。一星は、その風に押されるようにして、風太に近づき、だが、彼の体に触れることなく、来た道を戻った。ほどなくして、風太が後ろから追いかけてくる。彼は動揺していたのかもしれない。珍しく静かに、とても小さい声でたずねた。


「お前、今のそれ……、ほんとかよ?」

「ほんとだよ」


 一星はそう答えて、余裕たっぷりの笑みを作って見せる。だが、胸の内側では、感じたことのないほど、心臓がうるさく高鳴っていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?