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10-2

「離せよ……っ!」


 風太は慌てて彼の手を振り払い、にらみつける。一星は表情を変えず、静かに手を離した。そうして「悪い」とひと言、謝ると、再び歩き出す。風太はそういう彼の反応にもイライラして、思わず言った。


「お前さ……、誰が本命なのかは知らねえけど、おれとケンカップルとか言われて、からかわれるの、嫌じゃないわけ? 本命にも変に誤解されるんじゃねえの?」

「べつに。誤解されるなら、されるで、べつに構わないけど、俺は」

「あぁ、そう……」

「お前が、嫌じゃないならいい」

「まぁ、おれもべつにそんなのどうでも――……ん?」


 そう言いかけて、風太は口をつぐむ。首をかしげ、それから、かぶりを振る。どうでもいいわけがない。風太が一星と犬猿の仲だと、からかわれるのは理解できるが、どう考えてもカップルではない。犬猿の仲だと自覚はあっても、風太は一星とカップルになるつもりなんかないし、そうなりたいとも思っていない。


「いや、どうでもよくはねえな!」


 思わず、自分にツッコんでしまった。だが、すぐにハッとして、一星の顔をうかがう。ここで嫌だと言ってしまうと、一星を傷つけてしまうような気がしたのだ。


 数日前、風太は一星が同性に恋をしていると知り、なんとか彼の背中を押してやりたいと思った。想いを吐露とろした、彼の切ない表情を見て、誰かをひた向きに想い続けるその感情が、一般的に区切られた「フツウ」から多少外れているとわかっても、それを気持ち悪いとか、異常だとは思わなかった。それは、猛と烏丸の関係を知ったせいもあるのだろうが、たぶん、一星の表情に、なんともいえない寂しさと、はかなさを感じたからだった。風太は、隣にいる一星を、ちら、と気にして、頭を巡らせる。


「い、嫌ってわけでもねえけど……。っていうか、お前さ……」

「なに……?」

「誰なんだよ、好きなヤツって……」

「知りたいのか?」

「いや、知りたいっつーか……。この前、あんなこと言われたら気になるだろ。それに、誰なのか知ってりゃあ、なにかしら助けてやれるかもしんねーしよ……」


 そう言った風太に、一星は少しビックリしたのだろう。足を止め、目を丸くした。


「助ける……って、たとえば?」


 そうかれて、風太も足を止める。助けるとは言ったものの、特段考えがあったわけでもなく、風太は返答に困り、慌てて頭を巡らせた。


「たとえば……、たとえば、そうだな……。ええと、連絡先聞いたりとか……?」


 風太の言葉を聞いた途端、一星は深いため息をく。どうやら、それは期待外れだったようだ。


「連絡先は、知ってるから必要ない」


 一星は、そう言って再び歩き出す。風太も彼を追いかけるように歩き出し、隣に並んだ。連絡先を知っているということは、やはり。風太の予想通り、一星の好きな相手は、すでに彼の身近にいる、ということだろう。太一か、あるいは剣道部員か、その関係者。烏丸と猛の関係を知ったとき、一星はさほどショックを受けたようではなかったので、あのふたりは除外していいはずだ。さらに、一星はおそらく、OBの先輩たちとも、特別親しいわけではない。


 連絡先知ってるってことは……、やっぱ、太一なんじゃねーか……?


 風太の勝手な予想ではあるものの、もともと、最有力候補だった太一だが、現在、ほぼ確定状態で本命馬に上がってきている。ただし、だからといって、一星が太一に特別な感情を持っている素振りを見せているか、というと、それは皆無だった。あくまでも、太一だという予想は、風太の勝手な消去法であぶり出された結果でしかない。


「うーん……」

「この前のは、べつにお前に、そういうつもりで言ったんじゃないから。変に気ぃつかわなくていいよ」

「ちょっと待て……。じゃあ……、じゃあさ、そいつ誘って、みんなでどっか遊びに行くってのはどうだ!」

「……いい。そんなヒマないし」

「いや、一日くらい、どっか遊びに行ったって――」

「来週は関東の予選会だし、そのあとは中間テストだ。そんで、来月はインハイ予選があって、終わったら期末テストがある。夏が終わったら、受験のことを考えなくちゃならない。遊んでるヒマなんてない」


 一星は、風太にそう言って、じろりとにらんだ。まるで彼は、お前も同じ状況にいる、余計なことを考えているヒマはないんだぞ、とでも言うかのようだった。だが、風太はそれに負けじとにらみ返す。ここで言い負けてしまったら、真相は永遠にやぶの中だ。だが――。


「夏休みだってあるんだし、一日くらい、どっかで時間取れんだろうよ」

「ない」


 一星は手強てごわかった。ぴしゃりと言い返されてしまって、風太は苛立いらだち、まゆをひん曲げて、口を尖らせる。なんてクソ真面目で、融通ゆうづうの利かない男なのだろう。風太は髪をくしゃくしゃといた。


「べつに……、お前のことだから、おれはなんだっていいけどさ……。お前はそれでいいのかよ?」

「なにが」

「だって、もうおれら、三年だろ。卒業する前に、告白とか……、しなくていいのか? 卒業したら、今みたいにカンタンには会えなくなるんだぞ」


 一星が好きな相手とどうなろうと知ったことではない。風太にはまったく関係ないことだ。けれど先日、彼が海辺で見せた笑顔を、風太は忘れられず、どうしても放っておけなかった。好きな人が同性だということを風太に打ち明けて笑った、彼の表情は、ひどく寂しそうで、途方もなく切なく見えた。


 風太は思ったのだ。たとえ成就する可能性が低くても、伝えないまま恋を終わらせてしまうより、ひとつでも思い出を作ったほうがいい。できれば、一星の恋がうまくいって、彼がもう少し明るく笑えるようになればいい、と。だが、そんなふうに思っていても、一星が風太の気持ちを察するわけでもない。


「……だから?」

「い、いや、だからさ……。おれは会えなくなる前に、なんか思い出作ったり、ちゃんと告ったりしといたほうがいいんじゃねーのかなって――……」

「あぁ、そういうこと……。悪いけど、俺は思い出作りも、玉砕覚悟で告白するつもりもないよ」

「え……」

「告白するなら、確実に成功させる」


 一星はそう言って、にやりと口角を上げた。その自信ありげな表情に、風太は驚き、笑みを引きつらせる。彼は好きな人が同性だからといって、まったく玉砕するつもりはなく、むしろ、確実に落とすつもりでいる。まさに、いのしし武者むしゃだ。


 信じらんねぇ……。はなから分が悪いってわかってるはずなのに……。どうしたって口説き落とすつもりでいんのかよ……。


「は……ッ。さっすが、万年モテ野郎。たいした自信だわ」


 嫌味たっぷりに言ってやる。すると、一星は「俺は諦めが悪いんでね」と言って、またニヤリと笑った。ただし、結局のところ、一星が好きな相手が誰なのか、というところまではわからず、風太は再び、相手が誰なのかを、悶々もんもんと考える羽目になった。


***




 それから、あっという間に一週間が経ち、関東予選会の日はやってきた。風太は早朝、一星や太一、そして後輩たちとともに、烏丸の運転するマイクロバスに乗り、横浜の武道館へ向かう。だが、高校最後の関東大会の予選だというのに、あいかわらず、風太は悶々もんもんとしていた。


 一星のこと――……否、一星の好きな相手が誰か、ということが、どうしたってこの頭から離れてくれないのだ。集中しようとして、なんとか振り払おうとしても、一星や太一が目に入ると、途端にそれを思い出してしまう。風太は、ぼうっと外を眺めていた。ただし、自分ではぼうっとしているつもりでも、窓に映る自分の顔は、見たこともないほどにけわしい。


 あー、もう。バッカみてえ……。なんでおれは、こんなことをずっと考えてんだよ……。

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