「おい」
「……なんだよ」
「お前、へこんでんのか」
「見りゃわかんだろ……」
そう答えて、風太は肩を
「悪い……! おれ、今日……、なんもできなかった……!」
自己嫌悪に
「お前はべつに調子悪くなかったし、チーム全体の雰囲気も悪くなかった。勝てなかったのは、単純に今日、俺たちがあいつらよりもちょっとだけ弱かったってだけだ」
「いや、でもよ……」
「今日、負けたのは、お前のせいじゃないよ」
そう言われた瞬間。思わず、胸の奥がズキン、と
あぁ、もう……。なんで泣いてんだ、おれは!
まつ毛が濡れて、何度か
「おい……。どうでもいいけど、お前、いつまでそうしてんだよ。いいかげん、顔上げろ」
一星はそう言って、風太の肩に手を置いた。風太はまた、慌ててその手を振り払い、頭を下げたまま、数歩下がり、くるりと後ろを向いてから、ようやく顔を上げる。そうして、思いきり深呼吸をした。通りがかりの人が、なにか奇妙なものを見るような視線で、風太をちら、と気にして、足早に去っていく。今、一星もまた、その人と同じような視線を風太に向けているに違いなかった。
「あー……、なんか、アレだな。急に……、走りたくなってきたわ!」
「は……?」
「おれ、ちょっと海行ってくる……!」
「おい、風太!」
まだかばんを背負ったまま、走りだそうとした時。そうするよりも、わずかに速く、一星が風太の手を取った。
「待てよ、お前……」
「離せ……。おれは今、すっげえ走りてえんだ」
「泣きながら走ったら、危ないだろ。……俺も付き合うから」
「な……っ」
どうして、わかってしまったのだろう。風太は顔をちゃんと隠して、今だって後ろを向いている。そう思った時、自分の足下がわずかに濡れているのを見つけて、風太はたちまち、うんざりした。きっと、一星は見てしまったのだ。うつむいた風太の顔から、ひとつか、ふたつ。ぽた、ぽたと雫が落ちたのを。
「それに、荷物くらい置いていけよ。走るんなら邪魔になるだろ」
「うるせえな! いいから、離せっつってんだよ!」
どこまでも冷静な一星に、風太は
「……っ!」
「風太……! 待てって!」
「ついてくんじゃねえ! おれはべつに……、泣いてねぇから……! だから、気にすんなぁっ……!」
そう言ったそばから、ぼろぼろと涙がこぼれてきて、風太は走りながら、目元を
「風太ぁーー……!」
「くそ……ッ、はえーな、アイツ……!」
背後から、風太を呼ぶ一星の声が聞こえて、風太は顔を
「はぁ……っ、はぁ……っ、離せ!」
手首を取られ、それをまた振り払っても、すぐにまた手を取られてしまった。だが、もう一度振り払おうとした瞬間。風太の体は、一星に強く抱きしめられていた。
「な――……」
「ちょっとさ……、頼むから落ち着けって……」
「お……っ、落ち着いてって……、お前、急になにすん――」
「あのな……。気にすんなって言ったって……、無理だろ。副主将が責任感じて、泣いてんのに……。心配するっつーんだよ」
「べつに、泣いてなんか……、ねえっつーんだ……っ、ボケがぁ……っ」
「……ばっちり泣いてんじゃん」
「くそ……ったれぇ……」
「とりあえず、少し落ち着けよ。ジョギングするなら、付き合うからさ」
一星の声が、こんなに優しく響いたのは、はじめてだった。そのせいか、風太は余計に涙をこらえられず、ただ、泣くことしかできなくなった。
「うぅ……、クソぉ……」
風太は、一星の胸に
***
結局、日が暮れるまで、風太は一星と海辺にいた。当然だが、ジョギングをする余裕などなく、一星の胸の中で散々泣いたあとは、とぼとぼと、まるで生気を失った老人が散歩をするように、海辺を歩いた。そうして夜、七時を回る頃、ふたりのスマホが同時に鳴って、雅と太郎が心配した声で電話をかけてくるまで、互いに「帰ろう」とは言わなかった。
「悪かったな」
「なにが」
「……好きでもねえ男を
帰り道の途中、風太は隣を歩く一星に言った。泣き過ぎたせいで、声は少しかすれている。風太の心の中で、高くそびえていたプライドは、今や、ずたぼろ状態。だが、ここで礼のひとつも言えずに、いつまでもいじけているようでは、余計に
「べつに……。面倒なら、しないから。ただ……、さすがに今日、男の泣きべそに三時間も付き合わされるなんて、思わなかったけど」
「うるせえっ! 悪かったよ!」
「そんだけ元気になったなら、もう大丈夫だな。……よかった」
一星はそう言って笑ってから、近くのコンビニへ寄ろうと言い出した。さっき、雅たちから電話がかかってきたのに、寄り道を提案するなんて、いつもの彼らしくない。だが、「顔、洗ってこいよ」と言われて、風太は気付く。彼は、泣き
「アイツ、優しいとこ……、あんだよな……」
コンビニのトイレの鏡の前で、思わず声に出てしまって、慌てて口元を手で覆った。同時に、かあっと頬が
やべえ……。なに恥ずかしいこと言ってんだ、おれは……。だけど……。
一星の手の熱さと、胸の中で泣いたときの温もり、それから、彼の声を思い出して、ぐっと拳を握る。一星の想い人が、どこの誰なのかは知らないし、そんなことはたぶん、この先、風太には関係のないことなのだろう。ただ、途方もなく
こんなこと、口が裂けても言えねーし、ちょっと悔しいけど……。一星と付き合ったヤツって、絶対幸せになれるんだろうな……。
相手が誰でも、うまくいっちまえ。そんなことを思いながら、風太はジュースを一本買って、コンビニを出る。外では、一星がから揚げを買って、食べながら風太を待ってくれていた。
「うわ、でたぁ。ずりいー」
「お前の分もあるって」
「優しいじゃん……。今日はどうしちまったんすか、キャプテン」
「あぁ……?」
冗談めかして言うと、一星はジトっと風太を
「要らないなら、いいけど。どっちも俺が食うわ」
「いや、うそ! うそだって!」
一星におごってもらったから揚げを食べながら、ようやく、風太は一星と帰路につく。そうして、また、彼の表情を気にした。本命の相手にも、彼はこんなふうに優しいのだろうか。心配して抱きしめたり、
涼しげな表情をしながら、こうしている今も、彼は心の中で誰かを一途に想い続けている。それを思うと、やはり風太は、その相手が誰なのか、無性に気になってしまった。
どうせ、考えたって風太にはわかるわけもないし、