翌週。中間テストが近づき、剣道部の活動はテストのため、休みに入った。この学校では、テスト期間中、どの部活も活動を
「風太ぁ、一星ー。今日、勉強会しようよ。ひとりでやってるとさ、なーんかイマイチ集中できないんだよなー」
放課後、帰り支度をする一星と風太に、太一が声をかける。風太はたちまち、下唇を尖らせた。勉強会、と聞くだけで、途端にうんざりしてくる。三人で遊ぶとか、どこかへ出かけるのなら大賛成だが、勉強会では一気にテンションが下がってしまう。もっとも、このテスト休みは、テスト勉強のために
「テスト勉強かぁー……」
「なんだよ、風太。今回は一星に総合点数で勝つんだろ?」
「そうだけどー……。勉強したくねえー……」
「しょうがないなぁ。いざやろうってなると、風太はすーぐそうなるんだから……」
風太が
「いいけど……。どこでやるんだ?」
乗り気なのだろう。一星が
「そりゃあ、源家に決まってんだろ! オレ、まだ行ったことないから、行きたいし! ふたりの愛の巣、案内してよー」
太一はそう言ってニヤニヤしながら、風太を
「愛の巣じゃねえっつの!」
そう言って、太一を
「全っ然、ちげえし! どこが似てんだよ!」
「家族愛的な」
「だよねー。愛のカタチはひとつじゃないんだぞー、風太!」
太一は冗談に乗っかってもらえたのが嬉しかったのか、やけに喜んでいるが、風太はまったく笑えない。どうして男同士でケンカップルだの、愛の巣だのとからかわれなければならないのだろう。ただ、一星が家族愛と口にしたのには、少しだけ嬉しくなった。
家族の誰ひとりとも血が繋がっていない彼の口から出たその言葉が、どれほど重いか。それは、まだ同居するようになって、ひと月しか経っていない風太にもわかる。しかし、そうは言っても、ここで喜べるほど、風太は素直にはなれない。
「アホか! もう、いいから早く帰んぞ!」
風太はそう言ってかばんを持ち、いち早く教室を出た。
***
その日、源家にはじめて三人が集まった。雅と太郎は今日、
「オレ、英単語の暗記やろーっと」
「じゃあ、おれも。一星は?」
「数学」
数学、という言葉に、風太は思わず「げえ」と声を出す。数学は、風太が最も苦手とする教科だった。風太は理数の選択授業で生物を取っているため、今年から大の苦手な数学から解放されているのだが、一星は、数学を希望して取っているわけだ。風太は今でも、彼が生物や物理、化学といった、いくつもある理数の選択授業の中から、わざわざ数学を選んだことが信じられなかった。
「一星さぁ、よく数学なんか選択したよなー。おれ、絶対ムリだわ」
「風太は数学、悲惨だったもんね。二年間、ずうっと赤点か、赤点ギリギリでさ」
太一はそう言って、歯を見せて笑っている。だが、それには反論せずにいられない。
「いや、ずっとじゃねーから。一回だけ60点代取ったから!」
「え……。それが、最高点なのか……?」
信じられない、といった表情で、
「数学は苦手なんですぅ! 言っとくけど、おれ、現代文とかすんげえから。あんま勉強しなくても80とか余裕でいくから!」
「へえ……。すごいじゃん」
つまらなさそうに、一星はそう言って、授業で配られたらしい、予想問題プリントを解き始めている。余裕たっぷりなうえに、興味がまったくなさそうな、その表情にはどうも
「一星は現文の最高得点……、何点だよ」
「風太、そこはあんま深堀りして聞かない方がいいんじゃ……」
太一が苦笑して止めようとしたが、かまうものか、と風太は聞かない。これは勝手な憶測だが、理数系の授業の中で、希望して数学を取るくらいなのだから、一星はもちろん、理数系が得意なのだろうが、逆に、文系の授業は苦手かもしれない。
要するに、彼は風太の逆バージョンなのではないか、と風太は思ったのだ。数学が得意でも、現代文や古典は苦手かもしれない。それだけなら、たとえ学年二位でも、いい勝負ができるかもしれない。ところが――。
「最高得点? ……100だけど」
「は……?」
「現文だろ? 100点。現文は平均して、90を下回ることはないと思う」
「うっそー……」
風太は
あーあぁ……。おれも生まれ変わったら、優等生タイプになりてえ……。
ひとまず、今世は無理だろうと絶望しながら、風太はがっくりとして、仕方なく太一と一緒に英単語の勉強を始めた。ところが、それから一時間ほど経った頃だ――。
「おわッ」
早くも集中力が切れかけていたところで、突然、テーブルの上に置いてあったスマホが音を立てて
「パイセンだ。おれの救世主さま!」
「救世主……?」
「まーた白河先輩かよ……」
名前を聞かずして、一星は風太のメッセージ相手が白河だと確信しているようだった。彼は、途端に不機嫌そうにため息を
「ちょっと、電話してくるわ」
「へーい」
一応、声をかけ、リビングを出る。太一は単語表をしかめっ面で見ながらも、気の抜けた返事をくれたが、一星はうんでもなければすんでもなく、やはり不機嫌そうに、そっぽを向くだけだった。
なんだよ……。一星のヤツ……。
最近になってわかったことだが、一星は、白河と気が合わないらしい。白河の話題が出ると、途端に彼は不機嫌になるのだ。ただ、その理由はイマイチよくわからない。
白河とは、もうずいぶん長い付き合いになる。だから、彼は間違いなく善人だということを、風太は知っている。彼といて、問題が起こることなんてないし、むしろ、彼と会っているときは、世話をかけっぱなしの至れり尽くせり状態。そんな白河のなにが気に入らないのか、風太はまったく理解できなかった。
あいかわらず、わけわかんね――……。
ところが、そう思った時。風太は、ふと、ゴールデンウィーク合宿の夜に、一星から言われたことを思い出し、ハッとした。
――お前が白河先輩と一緒にいると、すごく不安だ……。
そうだった――と、思わず、生唾を飲む。合宿のあと、猛と烏丸の関係やら、一星の片想いやら、驚愕のカミングアウトを立て続けにされたせいで、風太はそれをすっかり忘れていたが、あのときの一星の様子は、明らかに妙だった。「白河に気を付けろ」とか、「ふたりきりになるな」と、わけのわからない話をされて、その理由を
あれ……、ちょっと待てよ……。
普段から嫌味っぽくて、いけ好かなくて、精密機械のようではあっても。一星は理由もなく誰かを悪く言うようなことは、絶対にしない。だからこそ、あの夜の彼の言動は、妙だったのだ。しかし、それが風太にヤキモチを焼いていたからだと思えば――。
一星の好きな相手って……、まさか、白河先輩だったりして……?
あり得なくもない。いや、むしろ可能性は高いくらいだ。風太は、慌ててあの夜、一星の話していたことを、もう一度、思い出してみる。
――お前をあの人に……。
ゴールデンウィークの合宿の夜。一星が風太に言いかけた言葉の先。それが、鍵であるような気がしてならない。あのとき、一星と風太を探しに来た太一の声にかき消されてしまって聞こえなかったが、たぶん、一星はとても大切なことを話そうとしていたのだ。あの夜の一星は、まったくいつもの彼らしくなく、ふたりで海辺を散歩するときとも違う、もっと重苦しい雰囲気をまとっていた。