一星は白河先輩が好きだから……、おれと白河先輩にふたりきりになってほしくねえのかな……。でも、なんかそれも違う気がする……。こう……、しっくりこねえっつーか……、かゆいところにちゃんと手が届いてない感じがすんだよなぁ……。
あの夜、一星がなにを言おうとしたのか。風太には見当もつかなかったし、あれを今になって蒸し返し、彼に
白河に片想いをしていて、風太にヤキモチを焼いているとすれば、彼の言葉や行動自体に
ったく、めんどくせえな……。白河先輩に限って、なんかやばいことやってるとかは……、絶対、200%考えられねえし……、一星がでたらめ言ってるとも思えねえ……。一星のヤツ、ほんとなに考えてんだよ……!
点と点が繋がっていない、散らかった思考の中で、風太はもがいていた。ボタンの掛け違いをしているような、奇妙な感覚に
ひとまず、風太は気を取り直し、スマホを確認した。すると、そこには白河からの、優しさ溢れるメッセージが映されていた。
『今、テスト期間じゃない? 勉強、よかったら見てあげるよ』
「パイセン……!」
さすがは白河。彼は風太のピンチを察して、声をかけてくれたに違いなかった。やはり、彼は間違いなく善人で、頼もしい救世主だ。彼がついていてくれれば、もしかしたら風太は次の中間テストで、一星に総合点数では敵わなくても、得意教科くらいなら、競えるくらいにはなるかもしれない。
そんなことを想像し、胸を
『おー、風太。メッセ見てくれた?』
「うす、見ました! すげえっす、先輩! めちゃくちゃタイムリー!」
風太がそう返すと、白河はスマホの向こう側で、嬉しそうに笑みをこぼした。
『だろー? ちょうど、そんな時期だろうと思ったんだ。予定、ちゃんと空けてあるよ』
「あざっす! テスト、今週末なんすよ。できれば、なるはやでお願いしたいんすけど……」
『そっか。じゃあ……、明日なんてどう?』
「行けます!」
白河の提案に、風太は即答する。これ以上、頼もしい助っ人はいない。彼さえいれば、成績大幅アップ――いや、ひょっとしたら、一星と肩を並べるくらいにまでなれるかもしれない。なにしろ、彼は名門、青藍学院大学の学生なのだ。
おれってほんっとにツイてる……!
『じゃあ、決まりだね。マンツーマンの勉強会で、みっちり教えてあげる。よかったら、学校終わる頃、また車で迎えに行こうか?』
「い、いいんすか……?」
『もちろん。よかったら、夕飯もうちで食べて行けば?』
「やりィ! あざーっす!」
大きな声を張り上げて、スマホを耳に当てたまま、頭を下げる。すると、その時。
「うるさいんだよ」
不意に、低い声がして、風太は振り返った。そこには、一星が立っていて、風太を
「なんだよ、べつにいいじゃん」
「よくない。勉強会やってんだから、声のボリュームくらい落とせ。電話するなら、自分の部屋にでも行けよ」
そう言って、一星はまたすぐにリビングへ戻っていった。いつになく冷たい目をして、
あぁ、もう……。またなんか怒ってんのかよ、アイツ……。
このひと月の同居生活の中で、せっかく一星のことを理解し始めている感覚があっても、ちょっとしたことで、一星は以前のように、風太との間に壁を作る。そのたびに、風太は振り出しに戻された気分になるのだが、解決しようと思っても、風太には策がまったく見えなかった。
もっとも、理由は白河だということはわかってきたものの、一星が不機嫌になるからといって、彼との関係を切るわけにもいかないし、かといって、一星を説得するのもまた、難しいだろう。
『風太……? 大丈夫?』
「どあぁっ、すいません!」
スマホから、心配そうな声がして、風太は慌ててスマホを持ち直す。どうやら、今の一星とのやり取りを、白河に聞かれてしまったようだ。
『今の声、一星だろ?』
「はい……、すいません、ほんとに……」
『いや、オレは平気だけど。なんか、怒ってたみたいだったね……。大丈夫か、風太』
「はい……」
先輩の優しさ……。身に染みるなぁ……。
一星とは違う、あまりに優しい声には、なんだかほろりと泣けてくるものがある。どうして、一星は彼のように穏やかでいられないのだろう。多少、おもしろくないことがあったとしたって、もう少し、口調も言葉も表情も、棘のない言い方ができないものだろうか。
『風太。オレでよければ、明日、勉強ついでに、話聞こうか?』
優しい声に、ささくれていた心がじんわりと癒され、温められていく心地がする。風太は頷いた。
「はい……。先輩、明日ちょっとだけ、相談させてもらっていいですか……?」
『うん、いいよ』
「ありがとございます……」
風太はそう言って、通話を切り、リビングへ戻る。ところが、大変だったのはその後のことだった。