「先輩……?」
「あのさ、風太。そんなふうにはぐらかされて、オレが気にしないでいられると思う?」
「え――」
「昨日の電話で、話してって言ったのはオレだけどさ、声
「すいません……」
「いや、謝んなくていいから。一星となにがあった? 誰にも言わないから、話してごらん」
あいかわらずの優しさに、風太は思わず、昨日の出来事を洗いざらい話してしまいたくなる。確かに、心の中に
「だッ、大丈夫っす。一星とはほんとに、ちょっとケンカしただけっすから……」
もう一度、そう言った。すると、白河は
「そっか……。まぁ、一星のことだし、だいたいの想像はつくけどね。……どうせアイツ、オレに
白河の言葉に、風太は目を
「なんで……、わかるんすか……」
「そりゃあ、わかるさ。オレとアイツは同じ人を好きになっちゃったからね」
「同じ人を好き……?」
「そうだよ」
白河は柔らかく
ちょっと待てよ……。一星と白河先輩が同じ人を好きって、それって、つまり――……。
白河の言うことが真実なら、白河の想い人もまた、同性だということになる。そして、白河は一星の好きな人が誰なのかも、当然知っているわけだ。
「一星の好きな人と、先輩の好きな人が一緒……?」
「そうだよ」
「いや……、だ、だけど、一星が好きなのは――……っ」
「男だろ。男で、クセ毛のショートカットで、いつも元気いっぱいな、三白眼の子。笑うとすごくかわいいのに、色気のある美人で、西御門高校剣道部の副主将」
目の前で、
「あ、あの……、あの、先輩――」
「オレも結構がんばってアピールしてきたつもりだったのに、どうして気付いてもらえないのか不思議だったけど……。やっぱり、同性じゃ無理ないよな」
「いや、ええと、あの――……」
「このままじゃ、本当に一星にとられちゃいそうだから、言うけどね。オレがずっと好きだったのは、風太だよ」
白河の声が、こだまして聞こえた気がした。風太はぐらりとめまいを起こしそうになるが、すぐにかぶりを振る。聞き間違いかもしれないと思ったのだ。しかし――。
「先輩……、ほんとっすか、それ……」
「うん、ほんと」
さらっと肯定されてしまった。そうして、気付く。これが告白だということ。生まれてはじめて、モテている――ということに。すると、ようやく理解が追いついてきたのか、体が反応し始めた。心臓が急激に高鳴り、全身のあちこちからは、汗が
パイセンが、おれを好き――……?
ひどく奇妙な気分だ。これまで、絶大な信頼を寄せてきた白河が、誰よりもかっこよく見えていたはずの憧れの人が、突然、知らない男に成り代わったような感覚だった。
しばらく、風太は言葉が出なかった。生まれてはじめて告白されたというのに、特段、嬉しいわけでもなく、ただ、戸惑いだけを感じて思考が止まっていた。
「な、なんで――……」
ほどなくして、ようやく声が出た。どうして、風太だったのだろう。ほかにかっこいい男なんて、山のようにいるだろうに。
「なんで、おれなんすか……」
疑問を持ち、風太は
「なんでだろうね……。オレもわからない。でも、好きだったんだ、風太のことが……。ずっと、かわいくてかわいくて、しようがなくて……。オレのものにしたいって思ってた……」
「ずっと……、っすか……」
「うん……。風太、頼むからさ……、これ以上、アイツに
抱きしめられたまま、耳元ですがるような声で、白河は言った。
叶わない恋だと、告白をする前から諦めて、ほかの人と付き合ったこと。キスはできても、それ以上はできなかったこと。それから、諦めきれず、自分の気持ちに向き合おうと決意したこと。そのすべてが、自分に向けられていた感情だったのだとわかって、風太の体はぶわっと熱を持つ。だが、今の状況にひどい違和感があるのもまた事実だった。
なんだろう……。白河先輩にハグされたことなんか、たくさんあったのに……。なんか今は少しだけ……、違うっていうか……、嫌かも……。
「オレだけのものになってよ……。オレ、風太のこと、絶対、誰よりも大切にするから」
白河がそう耳元で
白河の言葉が、こんなにも耳のすぐそばで聞こえているのに、理解ができない。戸惑うあまり、体は硬直していく。それなのに、白河の腕の力は強くなるばかりだ。
なんか、いつもの白河先輩じゃない……。まるっきり別人みたいだ……。だけど、どうすりゃいいのか、全然わかんねえ……。
動揺と緊張と戸惑いが、渦のようになって風太に襲いかかっているようだった。ただし、このままの状況で、抵抗もせずに黙っていれば、間違いなくまずいことになりそうだ。それだけはわかって、風太は
「あの、先輩……? とととと、とりあえず、冷静に話しませんか……。おれは――」
ところが、その直後だった――。風太は強く押されるようにして、一瞬で、強引に床の上に押し倒された。
「どわっ! ちょっ、先輩……?」
「こんなことして、ごめん……。でも、オレ……、風太を一星に、どうしても渡したくないんだよ……」
「え……? いや……、ちょっと!」
「オレを好きになってよ……、風太……」
切なげな瞳で風太を見つめながら、こらえていたものを、みんな吐き出すようにして、白河は
「先輩――」
「……ごめんな」
ほどなくすると、白河の顔がゆっくりと近づいてくる。途端に、風太はハッとした。その先、彼がなにを考えているのかを察したのだ。風太は慌てて、無理やりに抵抗し、白河の体を全力で押しのけ、彼から離れた。
「どあぁあああっ! ストップ、ストップ! ストーーーップ!」
「風太……」
「すいません……! おれ……、そういうの、先輩とはムリっす……!」
つい、ストレートに言い放ってしまって、思わず口を
「あの、すんません……。おれ、先輩には心底憧れてるし、ほんとにかっけえと思ってるし、フツウに好きだけど……。でも、それは……、そういうんじゃないっす……!」
胸の内側にある感情を、正直に口にするしかない。言葉を選んでいる余裕なんかなかった。風太の言葉を聞いて、白河はしばらく返事をしないまま、顔をうつむかせている。風太が彼の体を押しのけたままの体勢で、ぐったりと座り込む、その姿に、風太は猛烈な罪悪感を感じずにいられず、なにも声をかけられなかった。しかし、ほどなくして、かすれた声がやっと
「そっか……」
「すいません……! ほんと、すいません!」
「いや……。はっきり言ってくれて、よかったよ」
白河の声は、まるで泣いているようにかすれ、宙に漂う間もなく、消え入ってしまうようだった。それほど、力なく、悲しげだった。
こんな白河の声も、姿も、表情も、風太は知らない。引退試合で負けたときも、卒業式も、どんな感動の場面であっても、白河は決して涙を見せてこなかった。そんな人を、こんな顔をさせるまで傷つけたのは、風太だ。それはわかっていても、風太は彼に
「先輩……、あの、おれ……」
「ありがとう、風太。驚かせて悪かったね」
そう言って、やっと顔を上げた、白河は笑っていた。柔らかく目を細めて、優しい言葉をくれた。だが、それはいつも通りの彼の笑顔とは明らかに違っている。細くなったその目は、たしかに潤んで、途方もなく悲しそうだった。風太はたまらずに、彼から目を
「あ、あの……。おれ、ちょっと用事思い出したんで、今日は帰ります! 先輩にも、心配かけさせちゃって、すんませんでした!」
風太は慌てて荷物をまとめ、大急ぎで部屋を出る。廊下で、コーヒーや麦茶、茶菓子をトレーに乗せ、持ってきてくれた藤原とすれ違った。だが、彼にあいさつをする余裕もない。慌てて玄関ホールまで降りて、靴を履き、大きな扉を押して、外へ出る。それから、バラの香りに包まれた石畳のアプローチを、門へ向かって走った。
海を見渡せる急な坂を駆け下りながら、スラックスのポケットに手を突っ込み、スマホを取り出す。迷いなくかけたのは、一星の番号だった。