思えば、
待ちゆく人はみんな、家路を急ぐような人や学生ばかりで、観光客らしい人はほとんどいない。
一星はひとまず、駅前広場をぐるっと歩いてみて、スマホを確認する。そうして、通知のない画面をぼんやりと見続けた。様々なアプリが並ぶホーム画面の
こういうのって、ちょっとストーカーっぽいかもな……。
胸の内側に広がる、嫌な胸騒ぎにかき立てられて、一星は今、この場所にいる。放課後、いつもならホームルームが終われば、必ず太一や一星に声をかける風太だが、今日は逃げるように教室を出ていってしまった。そうして、彼は校門の前で恋敵の白河に拾われ、車で連れていかれてしまったのだ。
そんな彼を見て、一星が不安でたまらなくなったのは言うまでもない。一星は、どうにか彼らのあとをつけようと、今まで一度も使用したことのなかったGPSアプリの存在を思い出し、ここぞとばかりに起動させ、風太を追ってきた。そうして、この
白河先輩との関係も、俺とのことも、決めるのは風太だし、そこはアイツの自由だってわかってる……。でも……、やっぱり風太をとられたくない。白河先輩にも、誰にも……。アイツがほかの男のものになるなんて、絶対に、絶対に嫌だ……。
たぶん、風太はすでに気付いている。一星が片想いしている相手が誰なのかを。もっとも、こうなったのは全部、一星のせいだった。
風太との距離が近づくにつれ、彼への想いが自分の中でどんどん大きく
決闘に勝利した約束を傘に、風太を無理やり従わせてしまってもよかったが、それもちょっと大人げないような気がした。結局のところ、一星は、白河には猛烈に嫉妬しながら、風太にはこの想いに気付いてほしくて、昨日、当分は言うまいと決めていた想いを、風太の前で
――おれはお前を、あの人にとられたくないんだよ。
そのひと言で、風太が戸惑ったのは確かだった。しかし、すぐには言葉の意味がわからなかったのだろう。彼は「もうちょっと、わかるように説明しろよ」と、何度も一星に
言うんじゃなかったかな……。突然、男に好きだって言われて、気持ちのいいもんじゃないだろうし……。
風太に
しかし、このところはせっかく風太との絆が深まって、距離だってずいぶん近づいていた実感があったのに、それがまた振り出しに戻ってしまったような今の状況は、途方もなく寂しいものだった。
「はぁ……。こんなところまで来て……、なにやってんだか……」
ひとり言をこぼし、一星は再びスマホの画面を確認する。だが、その時だ。画面が突然、切り替わり、風太の名前がそこに映し出され、
「……風太?」
「悪い! お前、今どこ!」
「えっと……、今は……、ず、
どう考えても、今、ここに一星がいるのは不自然だ。風太のあとを追ってきたのだと思われてもおかしくない。だが、あまりに恥ずかしくて、一星はつい、強がったふうな口調で答えてしまった。
「なんの用だよ……」
すると、風太は
「風太……。お前、どうした?」
「いや……、もうすぐそっち着くから……、待ってて。着いたら話す」
「あぁ――……って、走ってんの? 白河先輩は?」
「だから、着いたら話すって!」
風太がそう言ったあと、通話が切れた。なにかあったのだろうか。一星の嫌な胸騒ぎは、あながち気のせいでもなかったのかもしれない。そう思わされたのは、その十分後のことだった。
***
一星は風太と合流すると、ひとまずは一緒に電車に乗り、鎌倉駅まで戻った。鎌倉駅前は、いつも通り。とてもにぎやかだ。
まだ夕食どきには早い夕刻、学校帰りの学生や観光客が、楽しげに歩く姿が目立つ。のどかな隣町とは違うが、慣れ親しんだ街の雰囲気も、雑踏も、やはり途方もなく落ち着くものだった。だが、ふと気付く。この街中で、一星と風太だけが、まるで音のない空間に閉じ込められているように静かだった。
風太のヤツ……、さっきから、なんにもしゃべんないな……。
いつもやかましく言い合いをしながら
いったい今日、白河の家でなにがあったのか。一星は気になってたまらなかったが、いつになく思い詰めた表情でいる風太を
互いに黙ったまま、海へ向かう。もう、ふたりでここへ来るのは何度目だろうか。なにかあるたびにここへ来ているが、こんなにも静かで、緊張感の漂う夕方は、はじめてだった。
ふと、一星は風太の顔に目をやる。すると、その瞬間。風太の目と視線がぶつかった。
「……っ」
「……なに」
「いや……、べつに。なんでもねえ……」
途端に、ぎょっとした表情を見せた風太だったが、そんな彼を前に、一星は少しだけ
「そんで……? まさか、なんでもなくて電話かけてきたわけじゃないんだろ」
一星は立ち止まり、風太の背中に向かって言った。なるべく、彼が話しやすいように、いつも通りの口調で。すると、不意に風太は、砂の上に腰を下ろして言った。
「まぁ、なんかはあったよ……」
一星は無言で、風太を
気持ちのいい初夏の潮風を受けながら、胸の内側は、不安と
「お前さ……、いつから知ってたの。その……、白河先輩のこと……」
「白河先輩のことって?」
「この期に及んで、しらばっくれんなよ……。お前がずっと、白河先輩がどうのってうるさかったのって、知ってたからだろ。あの人の好きな人が……」
「クソ鈍感なウチの剣道部副主将だって?」
わざと神経を逆なでするように、憎まれ口を言う。風太が不安そうだったり、悲しそうな顔をするのは、どうも見ていられなくて、ついこうして怒らせたくなってしまうのだ。案の定、風太は
「てめえな……。わかるわけねえだろうが! 憧れの先輩に、その……、好かれてるとかよ!」
「へえー、好きだって言われたんだ」
「い、言われた……」
「ふうん。そんで?」
「え?」
「好きって言われて、なんて答えたの。まさか、なんにも言わないで、ビビッて逃げて帰ってきたのか」
正直な話、一星は驚いている。合宿のときの白河を見る限りでは、彼が本気で風太を狙っていることは、たしかに感じていたが、まさかこんなに早く、白河が風太に想いを打ち明けるとは思わなかったからだ。今、風太がここにいること、一星のそばにいてくれることには、ホッとさせられているものの、彼が白河の想いに対して、どう答えたのかは、気になるところだった。だが、風太は大きくかぶりを振る。
「いや……、断ってきたよ! おれだって、白河先輩のこと好きだけど、べつに好きとか、つ、付き合いたいとか……、そういうんじゃねーからさ……」
「そうなんだ……」
よかったぁー……! 風太、白河先輩の告白、断ったんだな……!