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12ー2

 思わず安堵あんどのため息をきそうになったが、寸でのところでこらえる。その隣で、風太は続けた。


「そんでさ、その……、お前が、なんかあったら連絡しろって言ってたの、思い出して――……あれ、そういや、お前はなんで逗子ずしにいたの?」


 急に、きょとん、とした顔でそうかれて、一星はあきれる。なんて能天気で、アホなヤツなんだろうと思った。だが、一星にとって、彼のそういうところこそが好ましいのもあった。


「あのさ……、ここまで来て、お前、まだそんなこと言ってんの……」

「そんなことってなんだよ……」

「なんも用事なくて、ひとりで逗子ずしに行くわけないだろ。お前のこと、ストーカーしてたんだよ。その……、あの人とふたりきりってのは、ちょっと心配だったからさ……」

「あぁ、そっか……」

「雅さんに入れられたGPSアプリ。あれで、検索したんだ」

「あぁ……、あれかぁ……」


 言われてみれば、そんなものもあったな、とでも言うように、風太は相槌あいづちを打ち、頬をいている。ただ、その横顔がどこか照れているようにも見え、一星は身勝手に期待をいだいた。


「でも、ほんとに連絡がくるとは思わなかった。昨日からお前、俺のことけてるっぽかったしさ」

「あー……、悪い。さすがにちょっと混乱してた……」

「だよな。ごめん……」

「いや」


 当然だ、と一星は少しだけ反省する。一星にとっては、積み重なった想いをこらきれなくなって吐露とろした感覚だったが、きっと風太にとっては、青天の霹靂へきれきのような出来事だったに違いない。ただし、あのままずっと、黙って大人しくしていられたかと問われれば、それはやはり、ノーだった。


「一星、おれさ……。ちょっといろいろ、整理してえんだけどさ」

「うん?」

「お前って、その……、おれのこと、ほんとに好きなの……?」

「……好きだよ」


 かれれば、そう答えることしかできない。それには、なんの曇りもない。西御門高校に来て、風太に再会して、一星は恋を知った。風太が同性だと知っていても、たしかに胸の内側が、心が、ときめいたのだ。


「それってさ、その――」

「風太。俺は、風太のことを全力で抱きたいと思ってる」


 正直な感情を打ち明けたくて、一星は言った。言ったあとで、ちょっと方向性を間違えたような気もしたが、だが、これ以上に確実に伝える言葉は、ほかに存在しないと思った。相手が鈍感なら、なおさら、伝える言葉はダイレクトがいいに決まっている。


 だが、当然ながら、風太は目をぱちくりさせ、表情を引きつらせていた。一星は、もう今にも爆発してしまいそうなほどに高鳴る心臓の鼓動を感じながら、ごくん、と生唾を飲み込む。


「はい……?」

「俺は、べつに日頃、男を見てムラムラしてるわけじゃない。女はちょっと苦手だけど、性の対象はたぶん、フツウに異性だと思う。でも、風太のことが好きなんだ……」

「お、おう……」

「俺は……、恋人として、風太と付き合いたいと思ってるから!」


 言い切ったあと、少しだけ体が軽くなったような気がした。だが、まだ心臓はうるさく高鳴り、恥ずかしさからか、頬がかあっと火照ほてっていく。脇や背中、ひたいには、一気に汗がにじんでいく。


 風太は目の前で、三白眼さんぱくがんの瞳をまん丸にして、やはりぱちくりと瞬きをくり返し、夕日に照らされた頬を、だんだんと赤らめていった。一星はじっと風太を見つめ、彼がなにか言ってくれるのを待つしかない。やがて、長い沈黙のあと、風太がいた。


「お前……、本気?」

「冗談で男と付き合いたいなんて言えるか。俺は本気だ。ずっと……、風太が好きだった。だから、白河先輩にお前をとられたくないし、ヤキモチも焼くんだよ」

「ずっと……って、い、いつからだよ……」

「一年の、最初に会ったときかな」


 再会した、あの日のことを思い出して答える。だが、その途端、風太の目つきが変わった。彼はするどく一星をにらみ、眉間みけんにぐっとしわを寄せた。


「嘘つけ! お前、一年のとき、すげえ感じ悪かったじゃねえか! おれがあいさつしても、知らんぷりでシカトしやがって!」

「あ、あれは……、ちょっとびっくりしたんだよ……」

「ビックリしただあ?」


 ついにこれを言う時が来たか、と思いながら、一星は頷く。特段、風太が昔のことを覚えていなくても、そのうち、なにかのタイミングで話せればいいとは思っていたが、それがこんな告白の真っ最中に話すことになるなんて、まったく想像していなかった。そもそも、告白するのだって、一星は間違いなく脈アリだと確信するまではできないと思っていたのだ。だが、ここまで来たら、話すほかない。


「お前は覚えてないだろうけど、俺たちは昔、会ってるんだ。公園で……」

「公園……?」

「よく遊んだろ。駅から真っすぐ行ったとこにある、海浜公園でさ。スーパーのちらし丸めたおもちゃの棒で、チャンバラ教えてくれたの。あれ、お前だったと思うんだけど……」


 そう言ったあと、風太はまた目を丸くする。だが、さっきとは違い、今度は瞳の奥をきらりと輝やかせた。


「うわぁーっ! イッちゃんか!」


 突然、幼い頃のあだ名で呼ばれるのは、ちょっとこそばゆい。声は変わってしまっているのに、不思議と昔、まだ幼かった風太の顔が、目の前で重なっていく。一星はどうしようもなく照れくさくなってきて、思わずそっぽを向いた。


「思い出したかよ……」

「うそ……、お前、あんときのイッちゃんなの……?」

「そうだよ。顔、おんなじだろ」

「全っ然、ちげえ! っていうか、なんでそんな大事なこと、さっさと言わねえんだよ! ――あ、っていうか、てめえ! それわかってて、あんときシカトしたのか!」

「そうじゃなくって、びっくりしたんだって言ってんだろーが! こっちだってなぁ、まさか、お前と再会するなんて思わなかったんだよ! お前は、すげえでっかくなってるし、全然覚えてねーし……」

「そりゃ、おれも悪かったけど……。さすがに高校生になってんだから……、でっかくはなるだろーがよ……」

「そうだけどさ……」


 一星がちら、と、隣にいる風太を見た瞬間。ドクン――と、心臓が跳ねる。風太は頬を耳まで真っ赤にして、ちょっと申し訳なさそうに、だが、照れくさそうに一星を見つめていた。


 彼のこんな表情を見るのは、はじめてだ。視線の向け方か、あるいは目つきのせいか。気の強そうな目と、明らかに恥じらうような彼の視線や表情は、言いようのない色気がある。一星は、急激に高鳴る心臓を落ち着かせようと、ワイシャツの胸の辺りを手で押さえ、顔をそむけた。


 まずい……。今の風太、すげえかわいかった……。


「そんで? でっかくなってるおれを見て、ビビッてシカトしたのかよ」


 風太がく。たしかに、ビビっていたのかとかれれば、それもあったのかもしれない。だが、なによりも一星は、見惚れたのだ。風太の均衡きんこうのとれた体つきや、気の強そうな視線、美しい顔立ちにも。だから、戸惑った。動揺した。再会できたことが猛烈嬉しいのに、それを表現できず、顔をそむけて、声すら出せなかった。


「いや。すごく……、きれいだと思ったよ……」

「は――……」

「俺、あのときに……、お前のこと、好きになったんだと思うんだ……」

「あ……、へえ……?」

「ただ、言っとくけどな、見た目はきっかけってだけだ。べつに、俺はそれだけが好きなわけじゃなくて、お前の……、すぐムキになるとことか、素直じゃないのに、顔にはちゃんと出るとことか、よく笑うとことか、案外ナイーブなとことか……。とにかく全部、すげえかわいいと思ってる……」


 もう、そこら辺に穴でも掘って埋まりたいほど恥ずかしい。だが、その恥じらいをこらえて、一星は言った。それが一星の正直な気持ちだったからだ。この感情を、風太にずっと伝えたいと思っていた。胸に秘めておくだけでは、とても苦しかった。特に風太と同居してからは、その苦しさを余計につのらせていた。一方で、風太はそれを聞くなり、途端に顔を手でおおい、うつむいてしまった。


「お前……、ほんと信じらんねぇ……。よくそういう恥ずかしいこと、涼しい顔で言えんな……」

「うん……。なんか……、限界値超えたのかもな……」

「え、なにそれ」

「なんかさ、一回、好きな子に裸見られたら、もうどこ見られても恥ずかしいのなくなるみたいな……、そういう感じ」

「いや、それ、お前だけだろ。なくなんねーわ、フツウ……」


 風太はなおも頬を赤らめながら、頬杖ほおづえをついて、海を見つめる。その横顔に、一星の胸は心地よく高鳴り続けた。一星の告白を受けてもなお、いつもと同じような憎まれ口を叩き、ちょっと照れくさそうに口を尖らせる彼の表情。それがどこか、まんざらでもなさそうに見えてしまう。想いが叶うなんてあり得ない――と思う一方で、漠然ばくぜんとした期待もさせられてしまう。


「あの……、それでさ、風太……」

「なに」

「白河先輩には、すぐ断ってきたのに、今、俺のそばにいてくれるっていうのは、それなりに期待していいってことで、合ってるか?」

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