テレビ画面の中では、今、高校の教諭が、呪われた井戸の
俺は恋愛映画のほうが、よかったなぁ……。
今夜、風太が「観よう」と言い出さなければ、一星はたぶん、一生この映画と巡り合わなかっただろう。それほど、縁遠く感じる作品だった。その一方で風太は、このB級ホラー映画をしっかり楽しんでいる。だが――。
「いや、ちょっ、ほんとそこ……、やべえからぁ……」
不意に。やたらと怖がる風太の声に、一星の心臓がドクン、と反応した。なんて声を出すのだろう。夜ふかしのせいか、あるいは
落ち着けよ……。余計なことを考えるな。いいか……、風太は今、ホラー映画を観て、怖がってるだけだ。
そう必死に自分に言い聞かせるが、体は正直に反応する。心臓がうるさく高鳴り、かあっと体が熱くなってくる。
普段、一星は日常の中で、風太の声を当たり前のように耳にしている。寝起きの声も、くたびれた声も、恥じらいながら文句を言う声も、剣道の稽古中の気合いの声も、すべてが魅力的だ。しかし、こんなにも色っぽい声を聞いたのは、はじめてだった。
「あっ、や……、ちょっ、ちょっと……」
「風太、ごめん。あのさ……」
「あぁ……、だから……、そこ……、触っちゃだめ、だめなんだって――」
どうでもいいけど、エロいし可愛いんだよ……ッ!
「……なんだよ」
「いや、お前がなんなんだよ。急に立って……。ビックリすんだろ」
「悪い……。俺、ちょっと飲み物足してくる。お前は――……全然飲んでねえみたいだけど、そのまんまでいい?」
「い、いい……。あ、映画停めとこっか?」
「いや、停めなくていい」
ふう、とため息を
だめだ……。俺には、まだ。そんな資格はないんだから。
風太にとって、一星は同居人。あるいは、家族、クラスメイト。
たしかに、彼との距離は近づいている感覚はある。以前よりも、ずっと風太は、一星に心を開いてくれている。それでも、もし。一星が自分勝手に風太に触れたら。彼はきっと、一星を拒絶するようになるに決まっている。
そうして、ひとまずは正気を保ち、一星は冷蔵庫を開けて、麦茶を取り出すと、それをカラになったグラスに注いだ。ところが、そのうちにまた、クセのように風太の後ろ姿を見つめてしまう。ビクビクと肩を震わせながら、それでも映画に没頭する風太が、途方もなく愛おしくてたまらない。すぐに駆け寄って、その背中を抱きしめたくなる。
白河先輩のしたことは許せないけど……、気持ちだけはわかるんだよな……。
以前、白河が風太を自宅に呼び、彼に強引に手を出したことを思い出す。一星はその現場を見たわけではないが、白河はきっとこんな気持ちだったのだろう。
どうしようもなく風太が好きで、可愛くて、彼への欲望を、抱きしめたい衝動を、どうにも抑えきれなかったのだ。無理もない。風太には、正気を失わせるほどの魅力があるし、まったく腹が立つほどに可愛い。しかし、そう思う一方で、その欲望や衝動を抑えて、あるいは殺して、相手を思いやることができないのであれば、風太の恋人にはなれない。絶対にふさわしくないのだ、とも思う。
俺はあの人とは違う。風太を本当に大切に想ってる。だから、強引に抱きしめたりなんか――。
そう思ったとき、風太が振り返った。
「おぉい、早くしろよ……。後ろで物音すると、気になるんだけど」
「あぁ、ごめん……」
風太はそう言うと、またテレビ画面に釘付けになってしまった。だが、一星はもう映画どころではない。心臓の鼓動がうるさく鳴り、今、風太が言ったセリフを
やっぱ、
もし、今、彼を抱きしめたら。風太は本当に受け入れてくれないのだろうか。可能性は、一星にはまだ、ないのだろうか。もし、受け入れてもらえたときには、風太はさっきみたいなかすれ声で、一星を呼ぶのかもしれない。まるで、一星を求めるように。この耳元で
――いいよ。好きなように抱けよ、一星……。
「……だぁあああああッ!」
「ぎゃあああッ! なになになに!」
少々、刺激の強い妄想に、思わず奇声を上げてしまった。だが、それにはさすがに、風太も驚いたのだろう。同じく奇声を発して、立ち上がった。その拍子にテレビのリモコンに触ってしまったのか。画面は今、民間放送に切り替わり、うんざりするほどムードのない、バラエティー番組が流れはじめている。
「……あ、悪い。Gかと思ったら違ったわ」
ひとまず、冷静になってそう誤魔化すと、絶妙なタイミングでバラエティー番組の笑い声が部屋に響いた。だが、風太はたぶん、ちょっと怒っている。彼は
「てめえ……、嘘だな。今のはわざとじゃねえのか、コラぁ……」
「わざとじゃない。本当に見間違えたんだ」
「ふうーん?」
風太は一星にしっかりメンチを切ると、またソファへ戻り、ドカッと腰を下ろした。そうして、背中を丸め、「ったく……、変なとこ触っちったじゃねえかよー」と文句を言いながら、リモコンをいじり始め、テレビ画面を元に戻した。
その後ろ姿を見つめながら、一星は頬を
可愛い……。やっぱり、すごく可愛い。どうしよう……。俺……、本当に、どうしようもないくらい、風太のことが好きだ……。