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屋上への階段を上っていくにつれ、空気は重く、蒸し暑くなっていく。だが、扉を開けると、途端に潮の香りが乗った、いい風が吹きぬけていった。屋上と言っても、この校舎は三階建てだ。たいした高さはないが、それでも、海が見えるロケーションの良さのせいか、普段は昼休みや放課後、誰かを内々で呼び出すときにも人気がある。ただ、期末テスト間近で、ここにたむろする人は、まずいなかった。
「言っとくけど、風太とはまだ付き合ってない」
屋上に出て、開口一番に一星は言う。まず先に、その誤解を解くべきだ、と思ったのだ。すると、一星の言葉に、太一は意外だというような顔をした。
「そうなの? なーんだ。そっちはハズレかぁ」
「なに……」
「いや。まだってことは、付き合う気は満々なんだなーって思ってさ」
やはり、太一には心の内側をしっかり
「まあ……、そうだな」
そう答えると、太一はちょっといたずらを思いついたような顔をした。そうして、まるで名探偵にでもなったかのように、
「オレ、思うんだけどさ、風太のヤツ、けっこう脈アリだと思うんだよねぇ」
「えッ……」
思わず、うわずった声が出てしまって、咳ばらいをする。もちろん、一星にとっても、風太との恋路はまずまずだ。以前より、うんと距離は近づいたし、あいかわらず、つまらないケンカもするが、その分、会話も多くなった。
先日はふたりで水族館デートをして、ふたりきりで夜ふかしをして、一星は眠った彼をお姫さま抱っこまでした。大きく言えば、これは脈アリだと、一星は思っている。それを第三者から言われると、余計に嬉しくて、不思議と根拠のない自信が湧いた。――とはいえ、ここで飛び上がって喜ぶには、ちょっとまだ早いような気もする。
「なんで、太一はそう思うんだ……?」
「だってさぁ、ここんとこ、風太がやたらイライラしてんの、あれって絶対ヤキモチっしょ」
「ヤキモチ……?」
「一星が残ってるからって、わざと一緒に残ってるっぽい女子グループ、いんじゃん。今日なんか、隣のクラスの子まで来ててさ。しょっちゅう一星にからんでくるし」
「あぁ……、そうか。ごめんな」
「いや、オレはべつに気にならないけど。たぶんさ、風太はあの子たちのこと、嫌なんだと思うんだよね」
「それ……、逆なんじゃないか。風太は俺なんかより、女子のほうがいいだろうから……、俺に当たってきてんだろ」
風太がイライラしているのも、やけに集中力が切れてしまうのも、一星に言い寄る女子に
「いーや、違うね。風太は一星じゃなくて、女子に
そう言うと、太一はくくく……っと笑った。一星は
「ほんとかよ……、それ……」
「まぁ、あくまでオレから見て、の話だけどね。だって、その証拠にさ、最近の風太、一星にほとんど突っかかってこないじゃん。勉強しろって言われても、前みたいにいちいち言い返さないし」
「たしかに……。たしかに!」
「ありゃ、もうほとんど落ちてるかもよ」
「落ちてる、かも……」
オウム返しをしながら、高鳴っていく心臓の鼓動を感じて、ため息を
風太がこの想いに
「ねぇ、一星」
不意に、太一に呼ばれた。――かと思うと、振り向くより早く、後ろから抱きつかれる。彼のこういうスキンシップは、風太にならともかく、一星に対しては、よくあることではない。
「な……、なんだよ、急に……」
一星が
「オレと一星が、屋上でふたりっきりでさ、こーんなふうにいちゃついてるとこなんか見たら、アイツ、怒り爆発させちゃうかもしんないね」
「いや……。さすがに、太一には
「甘い、甘い。風太、けっこう重めっぽいからなー」
けらけら笑う太一を、やや強引に振り放す。風太が重めなら、一星にとっては好都合だと思った。一星は、自分の執着心がどれほど強いか、それなりに自覚している。もし、風太が本当に
「おおぉい!」
イラついた声が、乱暴に一星と太一を呼んだ。振り返ると、屋上の入り口に風太が立っていた。
「おめーら、なーに、こんなとこでサボってんだよ!」
「うわ。やべえ、オレ怒られちゃうじゃん」
太一がおどけて言って、一星は肩をすくめる。それから、ふたり