そのあと、一星たちは三人で教室へ戻り、再びテスト勉強に勤しんだが、風太はそれから、ほとんど会話をしなかった。勉強会では珍しく大人しく、黙々と教科書や問題集に向かい、帰宅途中も、口数が少なかったのだ。太一は、さほど気にしていないようだったが、一星は不安でたまらなかった。
勉強会も、帰り道も、夕食のときも。風太は妙に大人しかったが、理由がわからない。もしかすると、勉強会の途中、一星と太一が風太を放って、油を売っていたことに
――オレと一星が、屋上でふたりっきりでさ、こーんなふうにいちゃついてるとこなんか見たら、アイツ、怒り爆発させちゃうかもね。
ふと、太一の言葉を思い出し、風太を、ちら、と見る。風太は今、夕飯を終えたばかりで、ソファに座り、テレビを観ながら食休み中だ。一方で、一星はダイニングの席に座ったまま、冷たい麦茶を飲みながら、風太の後ろ姿を眺めていた。
まさか……。まさか、そんなことあるわけないよな。
風太が、クラスメイトの女子に――あるいは太一に、ヤキモチを焼いていたとしたら。すでに一星と風太は両想いなのではないか、と思えてならない。しかし、一星には、今の彼がそうだとは、とても思えなかった。
基本的には、いつも通りだもんな……。
「なー、一星さんよー」
「なに」
「明日さぁ、太一うちに呼んで、勉強会しねえ?」
不意に。テレビを観ながら、風太が言った。太一と話をした手前、その提案には、密かにドキッとさせられる。
「なんだよ、急に……」
「だってさぁ、教室だとギャラリーうっせーじゃん。あいつら、どうせみんなお前目当てだろーよ」
風太が振り返り、ソファの背もたれに
「悪いとは思ってるけど……、気にしなきゃいいだろ」
「気になるんだよ。こっちは真剣に勉強しようとしてんのに、周りできゃっきゃ、きゃっきゃしやがって。全ッ然、集中できねえ!」
「そうか……」
不満げに文句をこぼす風太に、
そんな、まさかな……。
ヤキモチといっても、それが恋愛感情だとは限らないかもしれない。そう思いながらも、しっかり期待してしまう。風太にヤキモチを焼いてもらえるなんて、夢のようだ。そんなのは、まだまだ、うんと先の話だと思っていた。
あんまり、確信なしに期待したくないけど……、すげえドキドキする……。
一星はひとまず、うるさく高鳴る心臓をなんとか静めようと、深く息を吐き、グラスの中の麦茶を飲み干した。だが、その時だった。
「あと、お前さぁ……、最近もあいかわらずなの?」
「あいかわらず? なんの話?」
「だから……。ラブレターとかさぁ、もらってんの……」
「たまに、下駄箱に入ってたりするけど。なんで……?」
「べつに、気になっただけ。……おれ、そろそろ風呂行ってくるわ」
風太はそう言ってテレビを消し、乱暴にリモコンをソファに投げた。そうして立ち上がり、リビングを出て行こうとする。どこか、逃げるようなその様子に、一星は反射的に彼の手を取り、引き留めた。
「ちょっと待てよ……。お前、なんで急に、そんなこと
「なんでって……、理由なんかねえよ。ちょっと気になっただけだって」
「気になったって……、だから、どうして――」
「うるっせえな……。そんなの知るか!」
風太は声を荒らげ、強引に一星の手を振り払おうとするが、一星は、頑として離さない。ぐっと彼の手首を握り直し、逆に風太を引き寄せた。すると風太は、たちまち頬を赤らめ、それを隠すようにして、顔を
「離せよ……」
「離さない。お前、顔真っ赤だぞ」
「う、うるせえって……」
風太は顔を
「風太……、お前さ。ここ最近、やけにイライラしてるだろ。なんか理由があんなら話せよ。俺はそれを、ちゃんと取り除きたいと思ってるから」
「なんだ、それ……」
風太は、一星のセリフを鼻で笑い飛ばすようにそう返した。強気を通り越した、ややケンカ腰な物言いだ。以前なら、こんな言い合いはよくあることだったが、ここ最近――特に、インターハイ予選が終わってからは珍しかった。一星は続ける。
「前に、風太だって俺に、そう言ってくれたろ」
風太への想いと、白河への嫉妬心でイラつき、風太に当たりが強くなっていたとき、風太は一星にそう言ってくれた。その言葉を、一星は今もちゃんと覚えている。だが、風太はキッと一星を
「理由なんかねえって! ただ……、女子にまとわりつかれてんの見てんのは
「太一……?」
思わず、
「太一とは、お前の話をしてただけだよ。お前と付き合ってんのかって聞かれたから……。教室じゃないところで、話してただけ」
「え……、そうなの?」
「うん」
「なんだ、そっか……」
「風太……、もしかして、お前――……」
「風太ー、一星くーん! ごめーん、どっちかちょっと手伝ってー!」
不意に、雅が風太を呼ぶ。その途端、思わず一星が手を離すと、風太は無言で、リビングを出て行った。
***
その後、一星はいつも通り、風太のあとに風呂に入った。だが、風太は明らかに一星を
一星は複雑な気持ちで、自室に戻り、
あー……、もう……。風太のことしか考えられない……。
教科書とノートを開いて、頭を
「こりゃ重症だな……」
一星はそう呟き、ため息を
――だってさぁ、ここんとこ、風太がやたらイライラしてんの、あれって絶対、ヤキモチっしょ。
まさか……。本当に
「はー……、そんなの嬉しすぎんだろ……」
思わず、声に出てしまって、手で口元を
本当に、夢でも見てるみたいだ……。
とても信じられなかった。もちろん、いつかはきっと、風太と両想いになるつもりでいたが、それがこんなにも早く叶うなんて、想像できるはずもない。ただし、今、風太があの様子では、手放しで喜ぶわけにもいかなかった。
好きになってくれたとして、付き合うのは嫌かな……、やっぱり。
風太のイライラした表情や、言葉を思い出しながら、天を
風太と両想いになったら、猛さんと烏丸先生みたいになれるんじゃないかって、当たり前に思ってた。だけど、難しいな……。
何度目かのため息が出て、一星は教科書を閉じる。今夜、こんなに