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今、目の前にいる人は誰?


 う〜……むむむっ。


 どっからどう見てもジュエリーボックスだよね。


 私は今、ドレッサーにジュエリーボックスを置いて、あちこち見たり叩いたりしながら不自然なところがないか調べている。


 クラレンスさんには気をつけろってイアン様には忠告されたけど、どう気をつければいいの。


 私がこの屋敷に来る前から庭師として働いているし、なによりもよく話す。

 たまに実家に帰っているみたいだけど。


 イアン様に気をつけろと言われたからといっていきなり素っ気なくするのは失礼だ。


 調べてもわからないし、クラレンスさんに何気無く聞いてみようかな。

 いや、先にイアン様に相談してみようか。


 その方がいいかも。


 私はジュエリーボックスを抱えるようにして持ち、寝室の扉を開けると、寝室の外で待機していたオリヴァーさんと目が合った。


「ソフィア様、どこか行くんですか? お供しますよ」

「大丈夫! ちょっと……散歩するだけだから」

「ジュエリーボックスを持って……?」


 オリヴァーさんの目線は私が大事そうに抱えてるジュエリーボックス。


 おかしいよね。うん、私もそう思うよ。


 散歩なんて嘘。

 イアン様との会話の内容を話してもいいんだけど、イアン様の勘違いだったら……。

 でも、オリヴァーさんもクラレンスさんを気にしてるみたいだけど、


 余計な心配はさせちゃいけないし、させたくもない。


 そもそもオリヴァーさんは私の護衛騎士ではない。

 アレン殿下……、いいや国王陛下の部下だ。


 なんとかして誤魔化さないと。


「これ! ジュエリーボックスみたいな花瓶なんです!!」


 って、一秒でバレるでしょ〜〜。

 何言っちゃってんの、私!!


「……へぇ、花瓶ですか。ならばお持ちしますよ。散歩なら、私もお供します。ね?」


 そう言ってにこやかに微笑むオリヴァーさん。


 絶対に嘘だって一瞬で気付いてたよね!?

 お願い、気付いたなら嘘だよねって、言って!!


 めっちゃ恥ずかしいから!!!

 そんな優しい声で言わないで、お願いだから!!


 なにもあげるものがないけど、否定して!!


「……で、では、お願いします」

「はい」


 ーーーーーーーーーーーー


 庭に出て、散歩しながら周りを見渡しているとオリヴァーさんが不思議そうに声をかけてきた。


「落ち着かないようですが、どうしました?」

「え!? 落ち着いてるよ!」


 挙動不審すぎた。

 自分から隠し事がありますと言ってるようなものなのに……。


 イアン様の元に行きたかったのに、散歩をすることになるとは。


 悲しい。心を無にしたい。いや、行動や顔に出さないようにしたい。



 庭に出てからオリヴァーさんはピリピリしている。

 顔に出さなくても周りの空気が違う。

 これが殺気というやつなんだろうな。


 でも、クラレンスさんは殺気なんて感じないのに……。

 もしかして、オリヴァーさんとイアン様が屋敷に来た時にはクラレンスさんが実家に帰っていたから?


 なんて、そんなことじゃないよね。二人の性格を考えれば。


「……はぁ」


 思わずため息を零す。


「おや、どうかしましたかな? ソフィア様」


 低い声がする方を振り向くと丁度休憩に入ろうとしていた庭師とクラレンスさんがいた。

 オリヴァーさんは私を庇うように一歩、前に出たが私はオリヴァーさんの裾を掴んでフルフルと首を横に振った。


 納得出来ないという表情を浮かべながらもオリヴァーさんが私の後ろまで下がる。


 さて、どうしようか。


「クラレンスさん。体調の方はどうですか? その……お子さん」

「少しずつですが回復してますよ」

「それは良かった!!」

「それよりもそのジュエリーボックスは……?」

「あっ、本当に貰っていいのかなって。だって、ジュエリーボックスは高級品。安くなっていたとしても平民が買えるような品物じゃない」

「そうですねぇ。確かにそうですが、これは娘からソフィア様に。買ったのではなく、作ったんですよ。娘は器用な方でして、要らなくなった木箱を加工したんです」


 娘……?


 クラレンスさんの子供は息子が一人。娘なんていないはず。


 なら、今目の前にいる人は誰?


「そうだったんですね。とても素敵です」

「はい。ソフィア様が喜んでいたと知ったら娘も喜ぶことでしょう」


 ……目の前にいる人が何者なのかわからない以上、刺激する訳にはいかない。


 慎重に言葉を選ばないと。心理戦は苦手なのに……。


 なぜこうなった。


「白い薔薇っていいですよね」

「白薔薇? 確かに、そうですね」


 白薔薇に視線を向けたクラレンスさんにつられて私も視線を向ける。


「白薔薇の花言葉は『純潔』『深い尊敬』なんですよ」


 クラレンスさんは白薔薇を一輪取って私に差し出した。


「では、これは私からソフィア様に。心から尊敬してますので」

「……冗談が上手いですね。クラレンスさんは」


 この薔薇を受け取ってはいけないと、直感がそう言っている。


「お気持ちだけ受け取ります。それに、せっかく綺麗に咲いているのに取ってしまっては可哀想です」


 クラレンスさんは、落ち込んで下を向いた。


「……申し訳ありません」

「取ってしまったものは仕方ありませんよね。素手で薔薇の茎を持つと怪我しそうなので一旦、ジュエリーボックスに保管しましょう」


 私の提案にクラレンスさんは驚いたように目を丸くしたあと、ボソッとなにかを呟いた。

 その呟いた言葉が聞き取れなかったのが残念だ。


 そのジュエリーボックスは薔薇一輪入れるぐらいの大きさで、丁度いい。


 持ってきて正解だったかも。


 クラレンスさんはオリヴァーさんが持っているジュエリーボックスに薔薇を置くとほのかに薔薇の香りが鼻孔をくすぐった。


 さっきから黙っていたオリヴァーさんは「この香りを嗅いではいけない!!」と切羽詰まった声で言っているが、多分もう遅い。


 視界が歪み、世界が回る……。


 薄れゆく意識の中、クラレンスさんが不気味な笑みを浮かべていたのを最後に私は深い眠りへと堕ちていった。





 ーー次に目を覚ませば、そこは白い天蓋付きのベッドだった。


 ふかふかしてて、とても気持ちいいけど……。


「ここ、どこ?」


 デメトリアス家の屋敷じゃない。というのはすぐに理解出来た。



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