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第六章 皇帝陛下の思惑

ハンモックを作りたい!

「ん~……」

「ソフィア様。やはりこちらの木にしてみては?」

「それはダメ!! こんな細い木に取り付けたら乗った時に落ちちゃう」

「そういうもの……なのか?」

「そういうものです!」


 カースさんの事件から二年の月日が流れている。


 私はあの日から悪夢を見始めるようになり、眠れない日が続いていた。


 二年も経つのにあの恐怖からは立ち直れてないのか、決まってあの日の夢を見る。


 カースさんとみんなが戦った日のことを。


 そこで私は考えた。夜に眠れないなら昼間に寝てしまおうと。


 それがなぜ二年越しに行動しようとしたかには理由がある。


 今まで動くことが出来なかったから。立つことも歩くことも出来なかった。

 普段魔力を一度に大量に使わなかったせいなのか、魔力を使った反動らしい。

 ノア先生が言っていたから、そうなのだろう。


 この二年間はずっとベッドでゴロゴロしてました。


 至福の時だったけど、寝れないのが辛かった。

 寝たら寝たで悪夢にうなされるし……。


 でもね、不思議なことに私の体重と体型が変わってないの!!

 太らない体質じゃないはずなのに、だ。

 殿下から貰った糖質高めなクッキー(殿下が言っていた)を食べてたのに。


 食べて、寝ての繰り返しなのに……。


 どうしてぇ〜〜???


 太れば殿下が愛想を尽かすだろうという下心があったのに。


 また失敗した……。


 やっと自由に歩けるようになった私は、必死に前世の記憶から『ハンモック』という寝床を思い出した。


 二年近くも悩まされた悪夢よ。

 日向ぼっこしながら寝れば、きっと気持ち良く寝れるはず!!


 そう思った私は、現在滞在中のマテオ様と一緒にハンモックを作っている。


 あんなことがあったのに、無防備だと思うよね。

 私も思ったけど、トラウマと向き合うって決めたのは私自身だし。


 ずっと引き篭っていると病んじゃうのよ。たまには外の空気を吸わないと。


 少しでも前に進まなくちゃ。


 気をしっかり持つんだ! 私。


 頑張れ、私。


 太くてじょうぶな紐を粗目に編み、立ち木や柱などに両端を吊るすのだが……。


 屋敷内には立ち木はない。細い木はあるのに、なぜ太めの木はないのだろう。


「はんもっく……? というのは、想像出来ない。そんなもの本当に出来る?」

「出来ます!! 私が保証しますので」

「あなたが保証するから余計に不安」

「そ、それ、どういう意味ですか?」

「そのままの意味です。大体、悪夢を見ないために外で寝るって、ソフィア様は令嬢という自覚がないのか?」


 ……ああ、また始まった。


 マテオ様は二年の間に変わっていた。


 細くガリガリだった身体はふっくらとしてるが太ったわけではなく、筋肉がついて体格が良くなっている。


 運動神経はかなり良いし、動体視力も良い。


 攻略対象者だけあって、かっこいい顔立ち。

 最初こそはぎこちなかったけど今ではこうして仲良く(?)話が出来るようになった。


 毒を吐くけどね。ちょっと毒舌よね。マテオ様……。


 たまに傷つく時あるから、優しくしてほしいと思うけど、難しそうね。


 同じ魔術士の子供で、貴族からの扱いが違った私とマテオ様。

 きっと、マテオ様は私が嫌いなはず。それなのに滞在してるのは皇帝の命令だからなのもあるだろうけど……。


 そもそもマテオ様は私を殺そうとしてたのよね。

 そのことを皇帝は知ってるはずなのに、滞在させるなんて。


 なにを考えてるんだろう。


「ソフィア様は、二年前に誘拐されています。この庭で、それなのに警戒なく寝ようだなんて……なに考えてんだが。それに行儀が悪い。って聞いてる?」

「聞いてる。聞いてます」


 丈夫そうな木に紐を結んでるマテオ様を見て、私は深くため息をついた。


 文句言ってても、なんだかんだ手伝ってくれるんだから。


「なら、悪夢を見ない方法あります?」

「それは……ない、けど」

「なら、これを試すしかないですね」

「お願いだから、危機感を持って」

「でも、危険は屋敷内にだってあるでしょう? 今は結界だって張り直しが終わってる。それに、私の護衛はオリヴァーさんがしてくれてるんだから、心配ないです」

「そのオリヴァーさんは、失態を晒してる。ソフィア様を目の前で誘拐されるというね」


 そう、オリヴァーさんは今も(なぜか)私の護衛をしてくれている。


 公爵令嬢なのに。殿下とは婚約していないのに。

 殿下の命令らしいから、仕方ないとは思うけど。


 殿下は、大切な護衛騎士を自分よりも身分が下の者に預けるのはどうかと思う。


 大切にされてる証拠だとアイリスは言っていたけど、その大切にされてるというのがよく分からない。


 だって、好意を持つところなんて一つもないし。


「ソフィア様」

「ふえ!?」


 考え事をしていたらマテオ様が顔を覗き込んできた。


 ちょっ……顔、近っ!!?


 いきなりのことで戸惑っているとマテオ様は呆れていた。


「……ボーッとしてるとまた誘拐されるから」


 マテオ様は、早く作業を続けるよと言わんばかりにせっせと手を動かす。


 オリヴァーさんは、少し距離を取って私とマテオ様を見守っていた。

 私とマテオ様の会話が聞こえたのか、間に入ってきた。


「マテオ様! 今の態度はなんですか? それに失態はもう二度としません」

「あっ、師匠。あなたの話ではないですよ」

「いや、確実にそうだったでしょ。名前も出してたでしょ!?」

「気のせいでは?」

「そんなことはありません。ちゃんと、この耳で聞きましたので」

「ああ……、耳が腐ってるんですね。お可哀想に」


 オリヴァーさんは、剣術をマテオ様に教えている。

 マテオ様は魔法も中級まで出せるらしい。(もちろん、魔導具を使って)


 私はまだ初級だというのに……。


 そもそも私は、防御魔法しか使えないらしいけど。


 攻撃魔法を使えたところで私には使いこなせなかっただろうし、防御魔法しか使えなくて良かったのかもしれない。


 マテオ様の嫌味にオリヴァーさんは必死に怒りを堪えている。

 笑ってるのに、目が笑っていない。


「あははははっ。どうやらマテオ様は、今日の訓練、やる気MAXみたいなので俺も気合いを入れていきます」

「は!? 誰もそんなこと言ってないんだけど」

「いやいや。そんな謙遜しなくてもよろしいんですよ。あなたのお気持ちは十分伝わってますので」

「なにも伝わってないでしょ!?」


 二人のやり取りが面白くてついクスッと笑ってしまう。


「ああ、良かった。ここにいらしたんですね」

「ノア先生」


 ノア先生は必死に探していたのか、若干息を切らしていた。

 屋敷内と庭も広いからね。


「ソフィア様。皇帝陛下がお呼びです」

「……。わ、わかりました」


 皇帝陛下が?


 なんで?

 私、何かしたっけ?


 皇帝陛下と会うのは、卒業パーティの一度だけ。


 こんなに早く会うなんて……。


『死亡フラグ』を出さないように気を付けないと。


 今のうちにマナーを復習しとかないと。

 失礼がないように……。



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