「――らっしゃいませっ!」
「もぉ、エリーちゃん遅い! 麺が伸びちゃうでしょ」
「ルー姉さん、うちの麺は、そう簡単にゃ伸びやせんよ」
「あ、そうだったわね、大将。ごめんなさい」
「いやいやっ! あのルー姉さんがうちに来てくれるなんて、うれしいですわー。写真、いいっすかね?」
「ちゃんと『プライベート』タグ、付けといてね」
「そりゃ、もちろん!」
目の前で繰り広げられている、理解が追いつかないやり取り。おそるおそる暖簾をくぐって入店してみれば、ルヴリエイトが店主と思しい男性と気さくに言葉を交わしていて、おまけに写真撮影を求められている。その光景は、さながら
「……なにやってんの、ルー」
「エリーちゃんのお夜食をオーダーして、大将と写真を撮ってるところ。……あ、大将。デコレは控えめでお願い」
「何言ってんすか。ルー姉さんにデコレーションなんて不要ですって」
「まぁ、嬉しいわ! 今度、
「ご贔屓にどうも!」
「これ、利益相反なんじゃ……痛っ!?」
頭に浮かんだ疑問を正直に口にした途端、ルヴリエイトの
「けど、ルーのハンバーグが……」
「エリーちゃんの分は焼いてないわよ。それに、一晩寝かせたほうがお肉の熟成が進んで、もっと美味しくなるわ」
「さっすがルー姉さん! 料理のプロですな!」
「もぅ、お上手なんだから、大将ってば」
「……この店、あたし初めてなんだけど、ルーは来たことあるの?」
このまま突っ立っていても埒が明かない。もはや諦めの境地でカウンターチェアに腰掛けたリエリーは、素直に割り箸を受け取ると「いただきます」と合掌した。
「お! お嬢さん、礼儀がしっかりしてるねー!」
「ども。まあ、よく躾けられるんで」
「はは! なるほど! そりゃそうだ!」
「ん。スープが思ったよりしつこくない。固ゆでの麺とよく絡まるし、チャーシューがアクセントになってる。このチャーシュー、けっこう煮込んであるんじゃない?」
「……こりゃあ、参った。お嬢さん、詮索するわけじゃないが、グルメリポーターか何かやってるかい?」
「ううん。家でルーが料理の感想をしつこく訊くから、言えないと殴られる」
「ちょっとエリーちゃん!? ワタシをバグった
「さっきのお返し」
「いやはや! 道理だ! 気に入ってもらえてうれしいよ! いつでも食べに来てくれ! サービスするから」
「サービスするなら、もう来ない」
「おっと失敬。じゃあ、お代はきちんといただくよ」
「うん、わかった」
久しぶりのラーメンに、気付けばドンブリを傾けていた。実際、バランスの取れた味わいで、スープを飲み干しても喉の渇きはほとんど感じられなかった。
「ここのお店はね、チーム日誌No.3421-Bのお友達が開いた店なの」
ルヴリエイトの
「それでか」
これまで〈ドレスコード〉した涙幽者を、リエリーは全員、覚えている。
どういう状況下だったのかはもちろん、涙幽者の外見や
(あたしにできるのは、それくらいだから)
〈ドレスコード〉した涙幽者が、再び目を覚ます確率は約30%。涙幽者化が回復する可能性に至っては、約1%にも満たない。
つまり、10人のうち7人は、生涯を眠ったまま終えるか、涙幽者化の負荷に耐えられずに命を失う。
ルヴリエイトが口にした涙幽者も、搬送してまもなく息を引き取った一人だった。
そしてルヴリエイトは、
非公開が原則である救命活動において、随行支援機であるルヴリエイトの存在が知られることはまずない。
そのことと、巧みな話術を駆使し、これまでルヴリエイトは多くの家族たちに会ってきた。当然、素性は明かさない。ただ、“偶然に現れた個性的な機械”として振る舞い、彼らの話を聞いたり、間接的な助力を続けている。
ルヴリエイトはこの活動を「ただの自己満足よ」と言うが、本当は自分のためにやっていることくらい、リエリーも理解していた。
威療助手とはいえ、救命活動に直接関わる以上、涙幽者の情報は最小限しか得られない。
が、リエリーは彼らの生き様を知りたかった。――否、知らなければならないと思った。
命を救っているという自信は当然、持っている。だが、現実は、その自信を容易く否定する。
それならせめて、
(ラコのこと、あたしはなにも知らなかった。もうあんなのは、嫌)
「ごちそうさま。おいしかったよ、店長」
「こちらこそ感謝だ! またいつでも来てくれよな! ルー姉さんもだ」
「ええ、ワタシより食べられる人をつれてくるから」
店を出ると、火照った体に夜気が心地よく、腹が膨れたおかげか、上った血の気も収まっていた。
何か言わなければ、と思い、だが横に並んだルヴリエイトが先を越す。
「ねえ、エリーちゃん。リバーワークも近いし、ちょっと散歩していかない?」
「いいよ。背中につかまってて」
「あ、でも、徐行厳守ですからね?」
「わぁってるって」
グライダーに飛び乗ると、肩に程よい重みが乗っかってきた。
「いくよ」
「ええ、お願い」
ゆっくりとアクセルダイヤルを回し、西の方角へ進路を取る。
先までは聞こえなかった街の喧騒が、耳に心地よかった。