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コア・エモにはコア・エモの

「久しぶりかも。〈恍惚エクスタシア〉の“腹ぺこレベネス”」

「そうだな。珍しいタイプだ。その出現率は?」

「十数年前までは一桁前半、ここ数年は二桁に迫るってとこ」

「ふむ。ならば、その特徴は覚えているな?」

「もち」

「よし。とにかく孤立させるんだ。彼らエクスタシアにとっちゃ、共感がエネルギー源に等しいからな。 ……皆さん、落ち着いてくれ。まずは深呼吸をしよう」


 船室の中央、彫刻さながら天を仰いだ姿勢のまま、呼吸以外、微動だにしない漆黒灰の巨躯。

 冗談かと見紛うような黄金色の燐光を、全身の獣毛から放っている涙幽者スペクターから目を離さず、マロカが両手を掲げて冷静な声で呼びかける。

 そうして、涙幽者を中心に、時計回りにゆっくり歩き出すチームリーダー。その意図を察したリエリーは、逆方向へと足を動かす。ちょうど、涙幽者を中心にして二人で挟み込む構図だ。


「お、落ちつけったって、あ、あそこに“染まった”やつがいるんじゃ……!」

「確かに。目の前にスペクターがいる状況で、平気なわけがない。しかしだ、皆さん。ここにいるのは、スペクターだけじゃない。俺たち、威療士レンジャーもいる」

「わたし、見たことあるわ。あなたって確か、〈黒きレンジャー〉の……」

「――黒じゃない。ロカ……レンジャー・セオークの異名は、〈戦錠〉だよ。それに、カラーリングはコフチャだし」


 つい、反射的に訂正の言葉を口にしていた。そんなリエリーへ、マロカはチラッと諫める目を向けてくる。

 これが救命活動中でなければ、変顔を返すところだが、さすがに場は弁えているつもりだった。


「コフチャってなんだ?」と、乗客の一人が疑問を呈し、他の乗客が「あれじゃない、ティーとカフェを混ぜたドリンク」と答えを返す。「飲みもんか、それ?」という露骨な反応に返したい言葉はあるが、少なくとも話題が逸れているのは良い傾向だった。


(〈恍惚エクスタシア〉は、周りの感情によって形態を変えてく。“腹ぺこ”以外は、船から降ろしたいんだけど)


「知ってもらえて光栄だ。改めて、俺はカシーゴレンジャーのマロカ。彼女は相棒バディ威療助手レジデント、リエリー。レジデント・リエリー、ここを任せていいな? 俺は、船長と話をしてくる」

「りょーかい」

「よし。皆さん、レジデント・リエリーは俺以上にこの街に詳しい。せっかくのクルーズだ。彼女に案内してもらうといい」

「ちょ?!」


 マロカの言葉に誘われ、乗客たちの視線が一斉にこちらへ向けられる。

 場の緊張を解すための、マロカの策なのはわかるが、それにしてもとんだ無茶ぶりだった。

 何を言うべきか迷っていると、乗客たちの後ろのほうにいた、若い女性が手を挙げた。そのまま集団を掻き分け、最前列まで進み出る。鮮血のような赤い生地に、螺旋を模したらしいとぐろを巻いた蛇のティーシャツが目立った。


「螺旋の聖地――ヘリックス・メディカルセンターにも詳しいんですか?」

「うん。あたしたちカシーゴレンジャーの第一搬送先だから――」

「――教えてください!」

「……えっと、HMCのなにが知りたいの?」

「全部です。人類ホモ・ルプスの遺伝子解析は、半世紀も前に完了しています。なのに、三重螺旋構造をモチーフにした建築物の建設は長く認められなかった。なぜ、聖地は認められたのですか? なぜ、そんなにも精密な螺旋が描けるんですか!」

「え、そこ?」

「はい、そこです。……もしかして、知らないんですか。カシーゴレンジャーなのに」


 よく動く女性の眉がクイッと吊り上がり、疑念を呈してくる。明確な失望の色を浮かべたその表情を向けられては、リエリーの中の対抗心が黙っていられるはずもなかった。


カシーゴレンジャーなら、知らないかもね。けど、あたしはちがう。あたしが居合わせたこと、後悔させないから。HMCの建設には、さまざまなエピソードがある。最初は……」

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